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しおりを挟む長かった検査を終え帰って来てからの事だ。
「んあれ、お母さん、は?」
母親が居ない。既に日は暮れて、病室は妙に鎮まり返っている。その中で、隣の老婆が誰も居ない自分のベッドの方を向いたまま上の空でぼーっとしていた。
「っ、あの」
声をかけた。しかし、返事が無い。もう一度「あの」と、最初よりハッキリと話し掛けると漸く反応する。
「あっ? ……ああ、あんたか」
「すみません、此処に居た母は何処に?」
「…………知らんよ」
「そうですか……」
黙って帰るとは考え難い。トイレだろうか。
「…………」
逡巡していると、じーっと、老婆が視線を向けて来る。
「……? 何でしょう?」
自分の顔に何か付いているのだろうか。なんて思った所で、母親が帰ってくる。
「あぁ、ミナミちゃん。ごめんね、ちょっと先生とお話してて……検査終わったの?」
「は、うん……」
「そう。じゃあ後はご飯食べてお薬飲んだらすぐ寝なさい。早く怪我、治して元気にならないとね」
「うん……」
母親と話している最中も何か妙な視線を感じ、少し気味が悪くなって老婆のベッドの方を見た。が、既にカーテンは閉められていて、彼女の姿は見えない。
……? 何だったんだろう。
その後は食事と寝る前の用事を済ませ、早めの消灯。同時に母親は家事の為家に帰らなければと自分に告げ、心細いが別れる事に。
「…………っ」
当たり前だが眠くは無い為中々寝付けない。院内の消灯時間にはまだ余裕がある為、他のベッドの灯はまだ付いている。隣も、まだ明るい。
「っ!」
不意に確認して悪寒が走った。老婆がカーテンの隙間から此方を覗いていて、目が合ってしまったのだ。
その目はフレンドリーに話して居た時とは全く異質で、暗く、敵意や害意と言ったものが感じられとても恐ろしかった。自分は直ぐに背を向けて、震えながら目を瞑る。
なんで? 検査前まで和かに話してた相手なのに……なんなんだよ? 知らないうちに気に障る事でもしたか?
「…………シテ」
何か囁き声が聴こえる。老婆の方からだ。
「……エ……テ……」
あれ、なんか、近づいて
「カエシテ……」
今度ははっきりと聴き取る事が出来た。かえして、と。
かえして? 返して? 何を?
「ウウウ……アアア……カエシテ、カエシテカエシテカエシテカエセカエセカエセカエセ」
狂気じみた呻き声の羅列と共にベッドが揺れる。自分はもう怖くて、布団を被って耳を塞ぎ、小さく丸まる事しか出来なかった。
____っ、あ、れっ。
そうやって耐え忍んでいるうちに意識を失った様だ。それまでしていなかった窓を打つ雨の音ではっと気が付いた。
恐る恐る布団から外の様子を伺う。すると早速、身構える自分に、
「あ……おはようございます」
とナースが挨拶。驚いて跳ね上がってしまい、怪我をしている箇所が痛んだ。
「ああっ、すみません……」
「いえ……」
いつの間にか朝を迎えた様だ。丁度検温の時間だった様で、起こしに来たらしい。
もうそんな時間か、寝た気がしない。渡された体温計を脇に挟み背後の隣のベッドを意識する。まだ目を向けられずにいると、ナースは不可解な事を尋ねた。
「……っ、あの、昨日の夜、ナースコール、押しましたか?」
「いっ、いいえ……」
「…………そう、ですか」
曰く昨夜、自分が眠っている間頻繁にナースコールが作動したらしく、悪戯を疑っているとの事。勿論自分では無いし、作動したとかそんな記憶も無い。
身に覚えはあるかと聞かれ、隣のベッドを見る。が、既に不在だった。
「……どうしました?」
「っ、いえ、なんでもありません……」
更に朝食の後、見舞いに来た母親まで妙な事を言う。
「ミナミちゃん……スマホ、今は持ってないよね……?」
「は、うん……」
「そうよね…………」
何でも昨晩、家に自分のスマホの電話番号で電話がかかってきたんだとか。聞くところによれば、一応事故後は紛失状態であり、壊れた可能性が高いものの誰かが持っていても不思議では無い。
とは言え、掛かってきた電話は出ても無音で、少々気味が悪かったと母親。
「なんか悪いことに使われて無いと良いけど……」
「そう、だね……」
嫌な予感がして仕方が無かった。雨のせいか薄暗い病室は非常に雰囲気が悪くて、自分は母親に「ここに居たく無い、帰りたい」と懇願するも聞き入れて貰えず。それでも廊下のベンチで読書する事は許されたので、そこで小説を読みながらあの学友達と老婆の襲来に備えた。
しかし、昼を過ぎてもどちらも来なかった。何事も無く夕方まであっという間に時間は経っていく。
眠気を感じ、もう此処で寝てしまいそうになったその時だ。
「ミナミン!」
丁度放課後の時間、三人が来てくれた。思った以上に歓喜する自分に恥ずかしくなる。
しかし、それも束の間。内容はまたも薄気味悪いものだった。
「ミナミンすげえ顔してんよ⁉︎ 大丈夫? 昨日なんかあったの? すっごい夜遅くにラ○ンに助けてってメッセ入ってたけど」
「えっ……」
「私も見たよー……けど、なんか変なんだよね……ほら……」
差し出されたデコ盛りスマホの画面を確認したところ、昨日の深夜の時間、実際に自分の名前でメッセージが。しかしアイコンが黒塗りな上メッセージは何故か残っておらず、不自然な空欄がやり取りの中に出来てしまっていた。
勿論自分にこの投稿は不可能だ。そもそも今はスマホを持ってない。それを伝えると彼女らは一斉に総毛立つ。
「えっバグ? つーか心霊現象じゃねこれ? なんかめっちゃこわいんですけどー⁉︎」
「おばけはムリだよぉ」
「……一応他人に勝手に使われてるとしたら、ちゃんとした所に相談した方が良いかもね」
終始その話に時間を取られ、その会話もナースの夕食の合図によって終わりを迎える。
「…………っ」
「ミナミ、大丈夫?」
不安げな表情を悟られたか、ギャルが自分を心配してくれた。辛かったらいつでもメッセージして、と。スマホ無いんだってば。
「…………」
別れの間際、お団子が何か言いたげな表情で此方を見ていた。目を合わせ小首を傾げたが、結局、そのままにっこり笑って手を振り、二人と共に去って行った。
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