カエシテ

あかん子をセッ法

文字の大きさ
上 下
3 / 4

3

しおりを挟む

 長かった検査を終え帰って来てからの事だ。

 「んあれ、お母さん、は?」

 母親が居ない。既に日は暮れて、病室は妙に鎮まり返っている。その中で、隣の老婆が誰も居ない自分のベッドの方を向いたまま上の空でぼーっとしていた。

 「っ、あの」

 声をかけた。しかし、返事が無い。もう一度「あの」と、最初よりハッキリと話し掛けると漸く反応する。

 「あっ? ……ああ、あんたか」
 「すみません、此処に居た母は何処に?」
 「…………知らんよ」
 「そうですか……」

 黙って帰るとは考え難い。トイレだろうか。

 「…………」

 逡巡していると、じーっと、老婆が視線を向けて来る。

 「……? 何でしょう?」

 自分の顔に何か付いているのだろうか。なんて思った所で、母親が帰ってくる。

 「あぁ、ミナミちゃん。ごめんね、ちょっと先生とお話してて……検査終わったの?」
 「は、うん……」
 「そう。じゃあ後はご飯食べてお薬飲んだらすぐ寝なさい。早く怪我、治して元気にならないとね」
 「うん……」

 母親と話している最中も何か妙な視線を感じ、少し気味が悪くなって老婆のベッドの方を見た。が、既にカーテンは閉められていて、彼女の姿は見えない。

 ……? 何だったんだろう。

 その後は食事と寝る前の用事を済ませ、早めの消灯。同時に母親は家事の為家に帰らなければと自分に告げ、心細いが別れる事に。

 「…………っ」

 当たり前だが眠くは無い為中々寝付けない。院内の消灯時間にはまだ余裕がある為、他のベッドの灯はまだ付いている。隣も、まだ明るい。

 「っ!」

 不意に確認して悪寒が走った。老婆がカーテンの隙間から此方を覗いていて、目が合ってしまったのだ。
 その目はフレンドリーに話して居た時とは全く異質で、暗く、敵意や害意と言ったものが感じられとても恐ろしかった。自分は直ぐに背を向けて、震えながら目を瞑る。

 なんで? 検査前まで和かに話してた相手なのに……なんなんだよ? 知らないうちに気に障る事でもしたか?

 「…………シテ」

 何か囁き声が聴こえる。老婆の方からだ。

 「……エ……テ……」

 あれ、なんか、近づいて

 「カエシテ……」

 今度ははっきりと聴き取る事が出来た。かえして、と。
 
 かえして? 返して? 何を?

 「ウウウ……アアア……カエシテ、カエシテカエシテカエシテカエセカエセカエセカエセ」

 狂気じみた呻き声の羅列と共にベッドが揺れる。自分はもう怖くて、布団を被って耳を塞ぎ、小さく丸まる事しか出来なかった。

 ____っ、あ、れっ。

 そうやって耐え忍んでいるうちに意識を失った様だ。それまでしていなかった窓を打つ雨の音ではっと気が付いた。
 
 恐る恐る布団から外の様子を伺う。すると早速、身構える自分に、

 「あ……おはようございます」

 とナースが挨拶。驚いて跳ね上がってしまい、怪我をしている箇所が痛んだ。

 「ああっ、すみません……」
 「いえ……」

 いつの間にか朝を迎えた様だ。丁度検温の時間だった様で、起こしに来たらしい。
 もうそんな時間か、寝た気がしない。渡された体温計を脇に挟み背後の隣のベッドを意識する。まだ目を向けられずにいると、ナースは不可解な事を尋ねた。

 「……っ、あの、昨日の夜、ナースコール、押しましたか?」
 「いっ、いいえ……」
 「…………そう、ですか」

 曰く昨夜、自分が眠っている間頻繁にナースコールが作動したらしく、悪戯を疑っているとの事。勿論自分では無いし、作動したとかそんな記憶も無い。

 身に覚えはあるかと聞かれ、隣のベッドを見る。が、既に不在だった。

 「……どうしました?」
 「っ、いえ、なんでもありません……」

 更に朝食の後、見舞いに来た母親まで妙な事を言う。

 「ミナミちゃん……スマホ、今は持ってないよね……?」
 「は、うん……」
 「そうよね…………」

 何でも昨晩、家に自分のスマホの電話番号で電話がかかってきたんだとか。聞くところによれば、一応事故後は紛失状態であり、壊れた可能性が高いものの誰かが持っていても不思議では無い。
 とは言え、掛かってきた電話は出ても無音で、少々気味が悪かったと母親。

 「なんか悪いことに使われて無いと良いけど……」
 「そう、だね……」

 嫌な予感がして仕方が無かった。雨のせいか薄暗い病室は非常に雰囲気が悪くて、自分は母親に「ここに居たく無い、帰りたい」と懇願するも聞き入れて貰えず。それでも廊下のベンチで読書する事は許されたので、そこで小説を読みながらあの学友達と老婆の襲来に備えた。

 しかし、昼を過ぎてもどちらも来なかった。何事も無く夕方まであっという間に時間は経っていく。
 
 眠気を感じ、もう此処で寝てしまいそうになったその時だ。

 「ミナミン!」

 丁度放課後の時間、三人が来てくれた。思った以上に歓喜する自分に恥ずかしくなる。

 しかし、それも束の間。内容はまたも薄気味悪いものだった。

 「ミナミンすげえ顔してんよ⁉︎ 大丈夫? 昨日なんかあったの? すっごい夜遅くにラ○ンに助けてってメッセ入ってたけど」
 「えっ……」
 「私も見たよー……けど、なんか変なんだよね……ほら……」

 差し出されたデコ盛りスマホの画面を確認したところ、昨日の深夜の時間、実際に自分の名前でメッセージが。しかしアイコンが黒塗りな上メッセージは何故か残っておらず、不自然な空欄がやり取りの中に出来てしまっていた。

 勿論自分にこの投稿は不可能だ。そもそも今はスマホを持ってない。それを伝えると彼女らは一斉に総毛立つ。

 「えっバグ? つーか心霊現象じゃねこれ? なんかめっちゃこわいんですけどー⁉︎」
 「おばけはムリだよぉ」
 「……一応他人に勝手に使われてるとしたら、ちゃんとした所に相談した方が良いかもね」

 終始その話に時間を取られ、その会話もナースの夕食の合図によって終わりを迎える。

 「…………っ」
 「ミナミ、大丈夫?」
 
 不安げな表情を悟られたか、ギャルが自分を心配してくれた。辛かったらいつでもメッセージして、と。スマホ無いんだってば。

 「…………」

 別れの間際、お団子が何か言いたげな表情で此方を見ていた。目を合わせ小首を傾げたが、結局、そのままにっこり笑って手を振り、二人と共に去って行った。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とあるバイト

玉響なつめ
ホラー
『俺』がそのバイトを始めたのは、学校の先輩の紹介だった。 それは特定の人に定期的に連絡を取り、そしてその人の要望に応えて『お守り』を届けるバイト。 何度目かのバイトで届けに行った先のアパートで『俺』はおかしなことを目の当たりにするのだった。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

忘れられた墓場

なりみつ ちから
ホラー
暗闇に包まれた墓地の一角で、かつて名も知れぬ者たちが眠り続けていた。 荒れ果てた墓石は蔦に絡みつき、そのかすかな輝きを失っていた。 長い年月が経ち、この場所は人々の記憶から消え去った。響が忘れ去られた墓場を訪れた。

死の残像

ツヨシ
ホラー
新居に入った私だが、そこで不思議な声を聴いた。

都合のいい友だち

ことは
ホラー
「あなたは、わたしの都合のいい友だち。だから、いらなくなったら消えてくれるよね? だってその方が、都合がいいんだもの」 …………………………………………………………………… 中学1年生の矢井田さゆりは、家では普通に話せるが、学校では全く声を出すことができない。それに加え、身体が硬直して思うように動かせなくなってしまう。 医師には、特定の場所や状況によって話せなくなる場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)と診断されていた。 2か月ぶりに登校した早朝の教室。これまで1度も学校に来たことのない生徒の席に、見知らぬ少女が座っていた。 少女は一体、誰なのか。 【表紙イラスト】 こゆき Twitte ID ⇒ @KY_FoxoF ( https://twitter.com/KY_FoxoF )

閲覧禁止

ホラー
”それ”を送られたら終わり。 呪われたそれにより次々と人間が殺されていく。それは何なのか、何のために――。 村木は知り合いの女子高生である相園が殺されたことから事件に巻き込まれる。彼女はある写真を送られたことで殺されたらしい。その事件を皮切りに、次々と写真を送られた人間が殺されることとなる。二人目の現場で写真を託された村木は、事件を解決することを決意する。

すぐ読める短篇怪談集

能井しずえ
ホラー
日常に潜むこの世ならざる物事との出会いをサクッと綴ります。

10秒でゾクッとするホラーショート・ショート

奏音 美都
ホラー
10秒でサクッと読めるホラーのショート・ショートです。

実話怪談 死相他

ホラー
 筆者が蒐集した怪談やネットで実しやかに囁かれる噂や体験談を基にした怪談短編集です。  なろう、アルファポリス、カクヨムで同時掲載。

処理中です...