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プロローグ 美女シスターと美少年(?)司教は廃都で躍る
廃都蟒蛇騒動顛末
しおりを挟む清々しい朝。数日間の休養を経て出発の日を迎えた私は、支給された軽装甲機動車に多くの荷物を詰め込んでいた。
「んーしょっ……と」
「…………」
後からついてきたゼタが眠そうな目を擦った後、何やら怪訝な顔で眺めている。「あら、おはようございます」と軽く挨拶しても暫く動きが無かったので「ちょっと、眺めているなら手伝って下さい」と口を尖らせると、彼は呆れた様に言う。
「かなり巻き上げたな……」
「まあっ、人聞きの悪い。正当な対価ですよ」
「何処がだ。そんな仰々しい車まで貰って」
「あった方が便利でしょう? 取れる時には取れるだけ取る、この世の中で生き残るには大事な事ですよ」
「むぅ、正論だが……チョイスがおかしいだろう。食糧なら兎も角、ダブつきそうな物が多過ぎるし、第一燃料が無いと動かない車を貰ってどうするんだ? 荷馬車の方が……」
「あら? 男の子ならこういう物の方が喜びそうなものですが、まさか……!」
「現実的な指摘だ、ふざけず答えてくれ」
「あはは、お堅いなぁ……」
幾ら隠匿があるとはいえ、人、人外問わず襲撃のリスクや道の悪状況等偶発的トラブルがある事を考えれば、荷馬車と車、どちらが長く使えるかなんてどっこいどっこいの賭けてしかない。そもそも支援物資なんて大抵使い切りなのだから……等々、丁寧に説いてはみた。しかし、彼は解せない顔のままである。
「大体何だかんだで貴女はいつも大荷物じゃないか。僕に頼れると思って気が緩んでないか?」
「そんな事ありませんよぉ」
「ホントか……?」
まあ、彼の基準からしたら物を持ち過ぎなんだろう。確かに身軽な事のメリットは大きいけれど、私は君と違って一見必要無さそうな物も含めありとあらゆる手を使わないと生き残れないんだ。付き合いも長くなってきたしそろそろ分かってくれ。
────さておき、何故これだけ報酬以上の支援が頂けたのか。簡単な事だ。今回の一件に、案の定廃都支部が一枚噛んでいたからだ。
数日前の騒動解決からゼタがある程度回復した後、彼と共に行った支部長らへの成果報告の一幕にて。粗方話が済んだ折、私は彼らに指摘した。
「あの蟒蛇、あなた方が使役しようと試みていたモノですよね?」
「……なんのことだ?」
支部の責任者の癖に、小太りの髭面司教はピクリと眉を動かし、無責任なすっとぼけた態度を取る。続けて隣の人相の悪い司教補佐も「証拠があっての物言いか?」と手を組み威圧して来た。が、私は「あら、そんな風に言える立場ですか?」と微笑み皮肉っぽく言う。
「使役には適さない怪異です。とはいえ禁止はされていない為、試みる分には咎めはしません……が、だとしても本来あそこまで大きくなって手が付けられなくなる前に適切に対処しなければならない筈。それを理由は知りませんがあろう事か放置し、その上で立て篭もり我関せず、ですからね。証拠のある無し以前にこの事を本部に報告すれば一発アウトですよ。よくいけしゃあしゃあと話が出来たものです」
「それは先程緊急事態につき対応していたとっ」
「その言い訳を通すのでしたらもう少しやり様があったでしょうに……後ろめたくて出来ませんでしたか?」
教会のシャットアウトなど、本来であればもっと厄介な怪異相手に相対して初めて選択肢に入る最終手段だ。そうする前に騎士団等、一定の規模の武力を行使出来る外部組織に報告し助けを求めるのが段取りというものである。
しかし、彼らは偶然通りかかった救世主という個人に都合良く縋り失敗を隠匿。バレずに済ませようとした。体質的にかなり致命的な問題があると言わざるを得ない。
「アレ、悪い噂を立てられた対象を好き好んで喰らう様躾けていたのでしょう? 目的は自治的な手段としてか、もしくは何者かの暗殺か……いずれにせよ馬鹿でしたねぇ。自分達がその対象になる可能性を考慮しないだなんて」
「なっ、何を言っている?」
司教は瞳を泳がせまだすっとぼけようとする。往生際が悪い。大きく嘆息して怪訝に言葉を吐き捨てる。
「いい加減にして下さい。周辺住民の殆どが気付いているのに我々が気付かないなど、流石に無理があると分かっているでしょう?」
悪い噂の立った人間が次々と消えれば、住民は当然察する。ついては酒場の主人。彼が特に賢かった。蟒蛇の存在に気付き、懸命に制御を試みていたのだから。
あの溜まり場の酒樽。後から聞いた話、置いたのは彼だったとか。何でも住民から蟒蛇を遠ざける為に手を打っていたというのだ。結果として輩が住み着いてしまったが、お陰で悪い気は全てそこに集中。殆どが蟒蛇の餌となり、皮肉にも一時的に居住地の平和を守る状態を生んだ。
「だとしてどうする?」
丁寧に説き伏せた結果、遂に腹を括ったというか、何度かしれっと毒も盛られたし、元からそうするつもりだったのだろう。彼らは殺意を隠さず構える。対し隣のゼタも身構えたが、私はあっけらかんと言う。
「別に私からはどうもしませんよ。結果的には何も起きていないのですから…………勿論、あなた方の態度次第ですが」
「……そんな言葉を信じるとでも?」
「あら、信じるしか無いでしょう? いい加減立場を弁えて下さいよ。私は救世主と共に任務を遂行する身。つまりは本部を後ろ盾に動いています。それが悪い様にはしないと言っているのですから、素直にきいておくのが懸命だと思いませんか?」
この場で私を殺せば救世主、ひいては本部を敵に回す事になる。虎の威を借る狐の様で悪いが、そうでなくとも弱小支部が実力行使に出て良い事など一つもない。それくらいはどんな馬鹿でも分かる事だろう。
……尤も、先の事態の性質上、まだ気付かれない様に立ち回れるとか思ってもおかしくない連中だ。更なる面倒も想定してはいたが。
「っ……では、どうしろと」
幸いにして今回はそうはならなかった。
「あら、話が早いですね。助かります」
そうして私は物分かり及第点の司教に感謝しつつ心の底からにっこり微笑んで、次々と現実的な範囲内で最大限の要求を突き付けてやった。その結果がこの物資をある程度積めるそこそこ頑丈そうな車と、術具やその素材、ちょっとした対人用の武器等々の物資の山である。
「これで次の仕事は楽が出来ますよぉ~うっへっへっへっへ」
「……しかしいいのか? 廃都支部はこのままでは幾らなんでもまずいぞ。何か沙汰を下すべきでは」
「んふふっ、そう思うならゼタ、貴方が下して良いんですよ?」
「えっ」
「思い出して下さい、別に私は、私からは何も下さないと言っただけなんですから。貴方はどう本部に報告しても問題ありません」
「そう、なのか……?」
「まあどんなに重く見ても支部長は追放、側近は資格剥奪程度で済むでしょうけどね。それだけに気に病む必要はありませんから、その目で見たままを報告してあげて下さい」
「う、うーん……ではそう、するが……」
彼は煮え切らない態度で俯く。まったくもう、なんでそんな頭が硬いんだか。その為の権限なんだから、好き勝手すれば良いのに。
柔らかそうなぷにっとした頬を突いて揶揄おうとしたその時、別の方向から私にふと、「もう行かれるんですかい?」と声が掛かった。かの酒場の主人の声だ。振り向くと、彼とその娘である店員の女性が居たので、私はええ、と会釈を返す。
「少しの間でしたけど、寂しくなりますね……」
「良くして頂き感謝しています」
「当然の事をしたまでですよ。お二人は我々の居住地を救って下さったのですから」
「いえいえ。居住地がこれだけ無事なのはご主人のお陰ですよ」
現地住民の自衛意識は最も大事だ。その点に於いて、彼はお世辞抜きに本当に素晴らしい貢献をしていると思う。
長らしい長の居ない廃都居住区だが、実質彼が長と言っていい立場にある。支援するべき所があるとすればここだろう。
「まだまだこれからです。オネスト様、貴女の授けて下さった資料を、皆に広めていかねば」
「広めるだけでなく、それを元にぜひ対策を更新し続けて下さいね。怪異は人と同様、日々変化しますから」
「肝に銘じます」
私とオネストは車両に乗り込み、最後に別れの挨拶をして旅立った。「良ければまた来て下さいねー! その時はもっといいお酒と良い料理でおもてなししますからー!」という娘店員の別れ際の声に若干後ろ髪を引かれた後、私はゼタと話す。
「はぁ、お酒もうちょっと飲みたかったなぁ」
「十分飲んだだろ。もう少し摂生しろ、身体を壊すぞ」
「あらー気遣ってくれるんですかぁ?」
「新しい付き添い人を探すのは面倒だからな。それに酔った貴女は酒臭いし絡みがしつこくて嫌だ」
「冷たいなぁ……」
「ふんっ。あんな臭いものの何が良いんだか……」
「大人になれば、良さが分かりますよ」
「…………」
物憂げな沈黙に、私はあくまで明るく話を振る。
「……あっ、でも酒と女には気をつけて下さいね? 時と場合によっては怪異より遥かに怖くて危険なんですから」
「……それは貴女を見ていれば骨身に染みて分かる」
「そんな! 私は別ですよ! コワクナイヨー」
「ふんっ」
「鼻で笑うものでも無いですよ! もうっ!」
退廃した世界にあってなお、人々を救わんと二人は進む。救世主ゼタ、付き人オネスト。この物語は────
「……んふふっ」
この物語は、世界を救う彼を、私が救う物語である。
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