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恋と仕事と
第6話
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ノアランとカーラは、トューリス家の店とタウンハウス、店内に残されていた物もジューモの希望価格で買い取ることを決めた。
しかしふたりで決めていた予算を少々こえている。
「店は私が主たる持ち主、ノアラン様と共同所有でよろしいですわね。
ノアラン様にご相談なのですか、タウンハウスのほうは私が個人的に買い求めたいと思っておりますの。本当は『カーラ・シーズン』の上階に住む予定だったのですけど、ご覧になった通り店舗部分を広げすぎ、住むには手狭になってしまったのです。
だからどちらにしてもどこか買うつもりでしたのよ。他に気になる物件もあるのですけど、トューリス家のタウンハウスのほうがコンディションも立地もいいですし、資産価値から考えてもお買い得だと思います」
「そうでしたか。私も拠点がいりますので、個人で購入してもよいと考えていたんですが」
そう言ってみたノアランだが、慰謝料と賠償金で懐タプタプのカーラとは違い、予算はキツキツだったので、あくまでも言ってみただけである。
「王都内の建物は、他国の方が購入されるときは許可がいりますから、私が購入し、ノアラン様やキャメイリア様がいらっしゃる際はお泊まり頂けるよう、専用の客間をご準備致しますわ」
そう、コーテズ王国では王都の土地建物を買えるのは原則王国人のみ、他国の者は城に申請と保証金を出さねば許可が下りないのだ。
カーラの手前、見栄を張ったノアランだが、国の施策にも助けられていた。
「え?こちらの希望価格でよろしいのですか」
ふっかけた金額のつもりだったジューモは、カーラの満面の笑みにむしろ驚愕した。
「ええ。今後この場所で生み出される利益を考えたら、多少高くても買いたいと思いますわ。それでよろしくて?」
「は、はい。ありがとうございます」
契約書は改めて法務官に作成してもらい、双方合意のもとで成立となる二軒目の購入なので、カーラも手慣れたものだ。
「ところでトューリス卿は今後どうされるおつもりですか?」
「どうとは?」
ノアランが訊ねた。
「領地も商会も手放して、何か新しいことでも始められるのですか?」
「いえ特には考えていません。いろいろ大変なことが続きましたからね、爵位も返上して自由に旅にでも出ようかなんて」
ハハハと力なく笑うジューモを見て、ノアランは思いついた。
「よかったらシルベスに来ませんか?我が家に友人としてお招きしてもいい」
「え?そんな、仲ではございませんし」
狼狽えるジューモ。
しかしノアランは朗らかに言った。
「もう友人だと思ってますが、トューリス卿はそうは思って下さらない?」
「いや、おも、思っておりますが」
ジューモは家族の醜聞のせいで、少なくない友人を失った。
僅かに残った友は、去った者たちをそんな奴らと呼び、気にするなと言っているが、ジューモは友人の手のひら返しに、深く傷ついていた。
今もトューリス家と聞くと眉を顰める者も多い中、胸襟を開いて迎えようとノアランに言われ、信じていいものかと躊躇うのは当然とも言えた。
店と屋敷の購入話が、何故か友達だと思う思わないという話にすり替わり、戸惑ったのはカーラも同じ。
「いきなり言われても、トューリス様もお困りになりますわよ」
カーラが救いの手を差し伸べてやると、ホッとしたような顔でジューモが頷くのだった。
しゅんと萎れた顔をするノアランに、胸がキュンとしたカーラだが、いやいやと平静を取り戻す。
「先程の友達の件は!これからなればよろしいと思います。トューリス様もよろしくて?」
「は、はあ、しかし私のような没落子爵が公爵家や侯爵家の方々と友人なんて」
「友情を結ぶのに爵位など関係ございませんわ。互いの心根次第でありませんこと?それに、思うのですが、トューリス様にとってはノアラン様の申し出は悪いものではないと思いますの。私も噂の的になりましたけど、シルベスへの旅は良い気分転換になりましたもの」
カーラの言葉は、いくつもの裏切りに傷ついていたジューモの心を穏やかに解してあたため、希望となった。
「では契約の締結と、私たちの末永い友情を祝って」
秘蔵のワインが運ばれると、カーラの音頭取りで三人はグラスをカチリと合わせ、飲み干した。
(ん?私たちの友情?えっ!じゃあ私はカーラ様と友人にしかなれないってことか?)
気づいて狼狽えるノアランの胸中も知らずに。
しかしふたりで決めていた予算を少々こえている。
「店は私が主たる持ち主、ノアラン様と共同所有でよろしいですわね。
ノアラン様にご相談なのですか、タウンハウスのほうは私が個人的に買い求めたいと思っておりますの。本当は『カーラ・シーズン』の上階に住む予定だったのですけど、ご覧になった通り店舗部分を広げすぎ、住むには手狭になってしまったのです。
だからどちらにしてもどこか買うつもりでしたのよ。他に気になる物件もあるのですけど、トューリス家のタウンハウスのほうがコンディションも立地もいいですし、資産価値から考えてもお買い得だと思います」
「そうでしたか。私も拠点がいりますので、個人で購入してもよいと考えていたんですが」
そう言ってみたノアランだが、慰謝料と賠償金で懐タプタプのカーラとは違い、予算はキツキツだったので、あくまでも言ってみただけである。
「王都内の建物は、他国の方が購入されるときは許可がいりますから、私が購入し、ノアラン様やキャメイリア様がいらっしゃる際はお泊まり頂けるよう、専用の客間をご準備致しますわ」
そう、コーテズ王国では王都の土地建物を買えるのは原則王国人のみ、他国の者は城に申請と保証金を出さねば許可が下りないのだ。
カーラの手前、見栄を張ったノアランだが、国の施策にも助けられていた。
「え?こちらの希望価格でよろしいのですか」
ふっかけた金額のつもりだったジューモは、カーラの満面の笑みにむしろ驚愕した。
「ええ。今後この場所で生み出される利益を考えたら、多少高くても買いたいと思いますわ。それでよろしくて?」
「は、はい。ありがとうございます」
契約書は改めて法務官に作成してもらい、双方合意のもとで成立となる二軒目の購入なので、カーラも手慣れたものだ。
「ところでトューリス卿は今後どうされるおつもりですか?」
「どうとは?」
ノアランが訊ねた。
「領地も商会も手放して、何か新しいことでも始められるのですか?」
「いえ特には考えていません。いろいろ大変なことが続きましたからね、爵位も返上して自由に旅にでも出ようかなんて」
ハハハと力なく笑うジューモを見て、ノアランは思いついた。
「よかったらシルベスに来ませんか?我が家に友人としてお招きしてもいい」
「え?そんな、仲ではございませんし」
狼狽えるジューモ。
しかしノアランは朗らかに言った。
「もう友人だと思ってますが、トューリス卿はそうは思って下さらない?」
「いや、おも、思っておりますが」
ジューモは家族の醜聞のせいで、少なくない友人を失った。
僅かに残った友は、去った者たちをそんな奴らと呼び、気にするなと言っているが、ジューモは友人の手のひら返しに、深く傷ついていた。
今もトューリス家と聞くと眉を顰める者も多い中、胸襟を開いて迎えようとノアランに言われ、信じていいものかと躊躇うのは当然とも言えた。
店と屋敷の購入話が、何故か友達だと思う思わないという話にすり替わり、戸惑ったのはカーラも同じ。
「いきなり言われても、トューリス様もお困りになりますわよ」
カーラが救いの手を差し伸べてやると、ホッとしたような顔でジューモが頷くのだった。
しゅんと萎れた顔をするノアランに、胸がキュンとしたカーラだが、いやいやと平静を取り戻す。
「先程の友達の件は!これからなればよろしいと思います。トューリス様もよろしくて?」
「は、はあ、しかし私のような没落子爵が公爵家や侯爵家の方々と友人なんて」
「友情を結ぶのに爵位など関係ございませんわ。互いの心根次第でありませんこと?それに、思うのですが、トューリス様にとってはノアラン様の申し出は悪いものではないと思いますの。私も噂の的になりましたけど、シルベスへの旅は良い気分転換になりましたもの」
カーラの言葉は、いくつもの裏切りに傷ついていたジューモの心を穏やかに解してあたため、希望となった。
「では契約の締結と、私たちの末永い友情を祝って」
秘蔵のワインが運ばれると、カーラの音頭取りで三人はグラスをカチリと合わせ、飲み干した。
(ん?私たちの友情?えっ!じゃあ私はカーラ様と友人にしかなれないってことか?)
気づいて狼狽えるノアランの胸中も知らずに。
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