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ヴァーミル侯爵家の秘密

第3話

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 ガタッと音を立て、母キャメイリアが立ち上がった。

「だ、だめっ!コーテズの貴族なんて、シーズン公爵家だなんて、絶対にだめよ!許さないわ」

 真っ青な顔でそう叫ぶと、走るように屋敷の中に戻ってしまう。
男三人は、キャメイリアの剣幕にぼう然と残された。

「な、なんだ?何か気に触るようなことがさっきの話にあったか?」

 キーシュが首を傾げて父に訊ねると、ヤーリッツは深いため息を吐き出し、何か気持ちを固めたような表情をみせる。
 もう一度大きく息を吐くと暫く黙り込んで、それからふたりの息子に語りかけた。



「キーシュ、おまえはキャメイリアが来た日のことを覚えているか?」



 長男キーシュはまだ2歳だった。
実母を病で亡くし乳母に育てられていたが、情緒が不安定でよく泣くこどもであった。
 そんな時、キャメイリアが生まれたての赤子を胸に抱いてヴァーミル領に現れた。

 ヤーリッツとキャメイリアは同じ学院に在席していたが、顔を見知る程度。
 実はシルベス王国では政略的結婚は一般的ではなく、それが国王夫妻であっても自由恋愛で結ばれている。
 キャメイリアがコーテズ王国の貴族と恋に落ちて嫁いでいった話は耳にしていたのだが、偶然街で見かけたキャメイリアは窶れ、何かに追われるように怯えていた。
 その姿に違和感を覚えたヤーリッツは、キャメイリアを追って声をかけ、事情を聞いたのだ。

「こどもを取り上げられ、キャメイリア様だけを国に帰すだと?」

 ぎゅっと赤子を抱き締めて、小さく震えていたキャメイリアを自分が保護し守ってやろうと、何故かそれが自分のやるべきことだと自然に心に湧き上がった。

 それからのヤーリッツは素早かった。
キャメイリアとノアランの移動の痕跡を消し、ヴァーミル侯爵家の敷地奥にある離れに二人を匿う。
 執事とメイド長に口の固い者を選ばせ、それ以外の使用人には紹介状ごと暇を出した。
 さらに。
それから三年もの間、キャメイリアとそのこどもはヤーリッツ・ヴァーミルの庇護のもとでその姿を完全に隠して過ごしたため、マトウ・ローリスは辺境伯領ローリスと目と鼻の先ヴァーミルに潜伏する我が子を見つけることは出来なかったのだ。
 妻を亡くして幼い子を育てるヤーリッツと、身勝手な元夫から逃げ出して、心細いキャメイリアが自然に心を寄せ、目立たぬよう再婚したのはそれから暫くしてからのこと。

 キャメイリア・ヴァーミル侯爵夫人ともなれば、もうマトウにも探しようがなかったが、他に二つ、マトウが見落とした理由があった。

 一つはコーテズでは珍しい美しい銀髪が、シルベスではごくありがちな髪色だということ。

 そしてもう一つは名前だ。
 コーテズ読みではカメリアとノーランだが、シルベスではキャメイリアとノアランと発音する。
 マトウの追手がどれほど探しても「カメリア」と呼ぶ限り、キャメイリアだとは思わない。シルベスに「カメリア」という名の女性はいないのだ。

「銀髪のカメリアなんて知らない」

 マトウの追手が耳にタコができるほど聞かされたこの答えは、ヤーリッツが箝口令を敷いたからでも、また嘘でも匿ったのでもなく、ヴァーミルの人々が本当に知らなかっただけだった。
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