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66話 ドレインの罠
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「いい仕事になりそうだ」
貴族相手の仕事はしないと言っていたトリュースが、急に乗り気になったのでドレインは疑いを持った。
そして最後の彼の言葉が気になる。
「引き受けてくれるのはうれしいが、いい仕事って?君はアレンのことを知っているのかい」
トリュースは美しい顔を歪め、ニヤリとわらう。美麗はどこまでも美麗である。ただ美しい分、迫力が倍増しされていた。
「ええ知ってますよ。あいつは女性を金儲けと享楽の道具としか思っていないということを。この仕事に俺を呼んでくださり感謝します」
「何か因縁でもあるのか」
僅かに口元を上げ、微笑んだように見えた。多くは語らない謎多き男。
ドレインはトリュースの顔立ちから、自身が連想したことが事実なのか調べてみようと思い立ったが。
「ああそうだ。私の出自はお調べになりませんようお願いします。ロワー様のご様子からこの顔立ちに何か思われたことがあると推測しますが、既に縁はございませんから。下手に突くと藪から蛇が飛び出てしまうかもしれません」
にこりと笑いながら吐き出された脅し文句に、ドレインはふんふんと頷いて応える。
触れてはいけないものを感じたのだ。
「ところでロワー様。ご友人のためとはいえ安くはない代金を用意されるのです。
貴方様がこの件にどのように関係があるのか伺ってもよろしいですか?」
「ああ。どうせ調べればすぐにわかってしまうから白状するが、友人のローズリー・ワンド子爵はエランディアと学生時代から付き合っていた。今はエランディアを別邸のメイドとして雇っていてね、彼女は平民だがイールズ商会長の姪で、夫人の好意で学院にも通わせてもらっていた。
・・・・・ワンドを庇ってつまらぬ嘘をついたために、職場からも知人からも信頼を失い、私は立場が悪くなってしまったんだ」
と言ったところで、またつまらぬ嘘をついたことに気づく。
暫し考え込んだあと。
「・・・すまない。私はロワーではない、ドレイン・トロワーだ。つい偽名を名乗ってしまったが許してもらえるだろうか?」
素直に詫びたドレインに、ほんの少し目を瞠ったあと、トリュースは微笑みかけた。
「これは・・・私如きに。頭を上げてください。気にしておりませんよ、よくあることですから」
「しかし大切な依頼を頼むというのに私は誠実ではなかった」
「いえ、貴方様は近年のどのお客様よりも誠実な方ですよ。私が保証します!さあ顔をあげて」
促されておずおずとトリュースを見ると、美しい微笑みは崩れ、楽しげに笑いながら言った。
「本当に楽しい仕事になりそうな予感がしてきましたよ」
ドレインは結局すべてをトリュースに打ち明けることになった。
自分の立場を明かして、隙を見せないエランディアとアレンの繋がりを揺さぶりたいのだと。
探しものを密かに見つけ出し、ナミリア・レンラの財産を奪う計画を表沙汰にして、奴らを裁きたいと。
余罪も白日の下に晒し、自分の信用を取り戻したいと。
トリュースの瞳がギラリと輝いた。
「正直なところ、エランディアとアレンを別れさせなくともいいんだ。奴らはこのところ特に慎重でね、証拠も残さないしそもそもふたりでいる姿を見せない。考えあぐね、貴殿を紹介してもらったんだ。例えばエランディアに取り入って、計画の一端を聞き出してくれるとか」
怪訝そうに右の眉尻をあげたトリュースは、即座に疑問を口にした。
「証拠を残さない?」
「ああ。アレンは個室のあるところでしか女と会わず、出入りも別と徹底している」
「そうですか・・・」
トリュースの知るアレン・ジメンクスは、そこまで神経質ではなかったので違和感を感じる。
実は度重なる女性問題で、父に強く叱られたアレンは格段に慎重になったのだ。
勿論そうとは誰も知らないが。
「なるほど、理解しました」
うんうんと意味ありげに頷いたと思うと。
「ではまず依頼内容を調べた上で私から連絡を差し上げますが、このふたりのことは暫く私にお任せ頂けないでしょうか」
「逃げられなければ別に構わんが」
探るようなドレインの視線に、トリュースは少しだけ手の内を見せることにしたようだ。
「もうお気づきかもしれませんが、私はずっと奴を狙っていたんです。家族が酷い目に合わされたのに証拠をうまく隠され、国の治安部は立件しなかった」
「酷い目?」
苦々しい顔で吐露されたと思うと急に真顔になり、ふるふると首を振る。
「申し訳ない、今のは忘れてください」
「いやトリュース、よかったら私に話してみてくれないか。今日でなくとも構わないから。私達はジメンクス伯爵家丸ごと潰すつもりで動いている。味方はひとりでも多いほうがいい」
「私達?」
「ああ。アレンにはイールズ商会も目をつけている。アレンとエランディアが狙ったナミリア・レンラは、イールズと共同事業を営んでいてな。
そうだ!イールズ商会の代表に君のことを知らせておくから、必要なものなどがあったら頼むといい。まあ困ってはいないだろうが」
ミヒアたちに、挽回するところを見せねばならないのだ。
ドレインがトリュースを動かしているところをイールズ商会に見せ、成果を上げればミヒアの自分を見る目も多少は和らぐことだろう。
「いえ、助かります。トロワー様のお名前で買えるということですか?」
「ああ、あまり馬鹿高いものはダメだが、私が必要だと納得できるものなら構わない」
四の五の言っている場合ではない。
ドレインはトリュースに「よろしく頼む」と頭を下げた。
商談成立ののち、指先まで整った男は美しい仕草でティーカップを持ち、優雅に茶を口にする。
どう見ても、ドレインも見知った今は亡き貴族にそっくりの麗しさ。
間違いなくエランディアも気に入る。
ドレインは光明が見えた気がした。
貴族相手の仕事はしないと言っていたトリュースが、急に乗り気になったのでドレインは疑いを持った。
そして最後の彼の言葉が気になる。
「引き受けてくれるのはうれしいが、いい仕事って?君はアレンのことを知っているのかい」
トリュースは美しい顔を歪め、ニヤリとわらう。美麗はどこまでも美麗である。ただ美しい分、迫力が倍増しされていた。
「ええ知ってますよ。あいつは女性を金儲けと享楽の道具としか思っていないということを。この仕事に俺を呼んでくださり感謝します」
「何か因縁でもあるのか」
僅かに口元を上げ、微笑んだように見えた。多くは語らない謎多き男。
ドレインはトリュースの顔立ちから、自身が連想したことが事実なのか調べてみようと思い立ったが。
「ああそうだ。私の出自はお調べになりませんようお願いします。ロワー様のご様子からこの顔立ちに何か思われたことがあると推測しますが、既に縁はございませんから。下手に突くと藪から蛇が飛び出てしまうかもしれません」
にこりと笑いながら吐き出された脅し文句に、ドレインはふんふんと頷いて応える。
触れてはいけないものを感じたのだ。
「ところでロワー様。ご友人のためとはいえ安くはない代金を用意されるのです。
貴方様がこの件にどのように関係があるのか伺ってもよろしいですか?」
「ああ。どうせ調べればすぐにわかってしまうから白状するが、友人のローズリー・ワンド子爵はエランディアと学生時代から付き合っていた。今はエランディアを別邸のメイドとして雇っていてね、彼女は平民だがイールズ商会長の姪で、夫人の好意で学院にも通わせてもらっていた。
・・・・・ワンドを庇ってつまらぬ嘘をついたために、職場からも知人からも信頼を失い、私は立場が悪くなってしまったんだ」
と言ったところで、またつまらぬ嘘をついたことに気づく。
暫し考え込んだあと。
「・・・すまない。私はロワーではない、ドレイン・トロワーだ。つい偽名を名乗ってしまったが許してもらえるだろうか?」
素直に詫びたドレインに、ほんの少し目を瞠ったあと、トリュースは微笑みかけた。
「これは・・・私如きに。頭を上げてください。気にしておりませんよ、よくあることですから」
「しかし大切な依頼を頼むというのに私は誠実ではなかった」
「いえ、貴方様は近年のどのお客様よりも誠実な方ですよ。私が保証します!さあ顔をあげて」
促されておずおずとトリュースを見ると、美しい微笑みは崩れ、楽しげに笑いながら言った。
「本当に楽しい仕事になりそうな予感がしてきましたよ」
ドレインは結局すべてをトリュースに打ち明けることになった。
自分の立場を明かして、隙を見せないエランディアとアレンの繋がりを揺さぶりたいのだと。
探しものを密かに見つけ出し、ナミリア・レンラの財産を奪う計画を表沙汰にして、奴らを裁きたいと。
余罪も白日の下に晒し、自分の信用を取り戻したいと。
トリュースの瞳がギラリと輝いた。
「正直なところ、エランディアとアレンを別れさせなくともいいんだ。奴らはこのところ特に慎重でね、証拠も残さないしそもそもふたりでいる姿を見せない。考えあぐね、貴殿を紹介してもらったんだ。例えばエランディアに取り入って、計画の一端を聞き出してくれるとか」
怪訝そうに右の眉尻をあげたトリュースは、即座に疑問を口にした。
「証拠を残さない?」
「ああ。アレンは個室のあるところでしか女と会わず、出入りも別と徹底している」
「そうですか・・・」
トリュースの知るアレン・ジメンクスは、そこまで神経質ではなかったので違和感を感じる。
実は度重なる女性問題で、父に強く叱られたアレンは格段に慎重になったのだ。
勿論そうとは誰も知らないが。
「なるほど、理解しました」
うんうんと意味ありげに頷いたと思うと。
「ではまず依頼内容を調べた上で私から連絡を差し上げますが、このふたりのことは暫く私にお任せ頂けないでしょうか」
「逃げられなければ別に構わんが」
探るようなドレインの視線に、トリュースは少しだけ手の内を見せることにしたようだ。
「もうお気づきかもしれませんが、私はずっと奴を狙っていたんです。家族が酷い目に合わされたのに証拠をうまく隠され、国の治安部は立件しなかった」
「酷い目?」
苦々しい顔で吐露されたと思うと急に真顔になり、ふるふると首を振る。
「申し訳ない、今のは忘れてください」
「いやトリュース、よかったら私に話してみてくれないか。今日でなくとも構わないから。私達はジメンクス伯爵家丸ごと潰すつもりで動いている。味方はひとりでも多いほうがいい」
「私達?」
「ああ。アレンにはイールズ商会も目をつけている。アレンとエランディアが狙ったナミリア・レンラは、イールズと共同事業を営んでいてな。
そうだ!イールズ商会の代表に君のことを知らせておくから、必要なものなどがあったら頼むといい。まあ困ってはいないだろうが」
ミヒアたちに、挽回するところを見せねばならないのだ。
ドレインがトリュースを動かしているところをイールズ商会に見せ、成果を上げればミヒアの自分を見る目も多少は和らぐことだろう。
「いえ、助かります。トロワー様のお名前で買えるということですか?」
「ああ、あまり馬鹿高いものはダメだが、私が必要だと納得できるものなら構わない」
四の五の言っている場合ではない。
ドレインはトリュースに「よろしく頼む」と頭を下げた。
商談成立ののち、指先まで整った男は美しい仕草でティーカップを持ち、優雅に茶を口にする。
どう見ても、ドレインも見知った今は亡き貴族にそっくりの麗しさ。
間違いなくエランディアも気に入る。
ドレインは光明が見えた気がした。
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