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ドーラスが。
侯爵や公爵といった位の高い貴族にうけのよい、ジメンクス伯爵家に目をつけたのは些細な噂がきっかけだった。
初めて聞いた噂はこうだ。
ソルムク男爵家の令嬢がアレンに付き纏い、ジメンクス伯爵家が撥ねつけて慰謝料を払わせたと聞いた。
この時点ではたいして興味をひかれることはなく、よくある恋のもつれくらいに思っていた。
そののち、今度はホングレイブ伯爵家がジメンクス伯爵家を訴えていると耳にした。
だが一月も経たぬうちに夫妻と令嬢が横死したと聞き、遅まきながら事件の匂いを感じたのだが、その時の上司は興味を持たず、ドーラスは自身の考えで動くことができなかった。
アレンの妻が急死した時は、長期間出張していて話自体を知らず、今回ドレインからの相談で調べ直し、愕然としたほど。
健康な若い女性の突然死だというのに、たいした検査もせず実にあっさり病死としていること。
一旦は訴えた実家族が時を置かずして取り下げていること。
どちらも確証がないが、訴えが取り下げられる経緯が不明瞭で、ドーラスは違和感は間違いではなかったと感じた。
そしてホングレイブの事件の際、上司にもっと食い下がるべきだったと悔やんだ。
今回、変装したトリュースと出会い、彼がホングレイブ伯爵家の次男トリスタンだと知って、物事はすべて繋がっているのだと巡り合わせに驚愕する。
そのトリスタンもといトリュースが美貌を隠し、ジメンクス伯爵家に潜入したと聞いて胆力に驚かされたが、自分が権限を持った今、念願の確証を得たのも神の采配と考え、実物の帳簿を見た彼を案内役として取り込むことにしたのだ。
「え?私が?査察官に混じってですか?」
「ああ。・・・希望があればだが、ジメンクス父子が断罪されたらその捕縛に協力した功績で、端役ではあるが私の部下として採用もできる。いつまでも平民相手の別れさせ屋などやっているわけにはいくまい?」
確かな出自のトリュースなら一も二もない。
家を出てからの素行は調査済だ。別れさせた女性たちとは、誰一人として深入りもしていなかった。
ドーラスに許された権限で採用できると伝えると、トリュースはドーラスを眩しげに見上げ、ゆっくりと頷いた。
「よし決まりだ。手柄を立てるぞ!」
今回の査察は虚偽の財産報告の疑いだ。
謀反の意がなくとも、一定以上の隠し財産が見つかれば国家安全法により重い処断がくだされる。
前ホングレイブ伯爵夫妻やアレンの妻の死について直接的な確証が出れば、最早生きて屋敷に戻ることは叶わないだろう。
いくつもの家門の恨みを晴らすだろう大切な査察。
仲間に引き込んでくれたドーラスにトリュースは深く感謝し、開かれたジメンクス伯爵家のエントランスを武者震いしながら潜り抜けて行った。
「これですよね?う・ら・ちょ・う・ぼ?」
グルプを妨害したトリュースは満面の笑みで、ドーラスに帳簿を渡す。
それはジメンクス伯爵父子の、終わりの始まりの瞬間であった。
侯爵や公爵といった位の高い貴族にうけのよい、ジメンクス伯爵家に目をつけたのは些細な噂がきっかけだった。
初めて聞いた噂はこうだ。
ソルムク男爵家の令嬢がアレンに付き纏い、ジメンクス伯爵家が撥ねつけて慰謝料を払わせたと聞いた。
この時点ではたいして興味をひかれることはなく、よくある恋のもつれくらいに思っていた。
そののち、今度はホングレイブ伯爵家がジメンクス伯爵家を訴えていると耳にした。
だが一月も経たぬうちに夫妻と令嬢が横死したと聞き、遅まきながら事件の匂いを感じたのだが、その時の上司は興味を持たず、ドーラスは自身の考えで動くことができなかった。
アレンの妻が急死した時は、長期間出張していて話自体を知らず、今回ドレインからの相談で調べ直し、愕然としたほど。
健康な若い女性の突然死だというのに、たいした検査もせず実にあっさり病死としていること。
一旦は訴えた実家族が時を置かずして取り下げていること。
どちらも確証がないが、訴えが取り下げられる経緯が不明瞭で、ドーラスは違和感は間違いではなかったと感じた。
そしてホングレイブの事件の際、上司にもっと食い下がるべきだったと悔やんだ。
今回、変装したトリュースと出会い、彼がホングレイブ伯爵家の次男トリスタンだと知って、物事はすべて繋がっているのだと巡り合わせに驚愕する。
そのトリスタンもといトリュースが美貌を隠し、ジメンクス伯爵家に潜入したと聞いて胆力に驚かされたが、自分が権限を持った今、念願の確証を得たのも神の采配と考え、実物の帳簿を見た彼を案内役として取り込むことにしたのだ。
「え?私が?査察官に混じってですか?」
「ああ。・・・希望があればだが、ジメンクス父子が断罪されたらその捕縛に協力した功績で、端役ではあるが私の部下として採用もできる。いつまでも平民相手の別れさせ屋などやっているわけにはいくまい?」
確かな出自のトリュースなら一も二もない。
家を出てからの素行は調査済だ。別れさせた女性たちとは、誰一人として深入りもしていなかった。
ドーラスに許された権限で採用できると伝えると、トリュースはドーラスを眩しげに見上げ、ゆっくりと頷いた。
「よし決まりだ。手柄を立てるぞ!」
今回の査察は虚偽の財産報告の疑いだ。
謀反の意がなくとも、一定以上の隠し財産が見つかれば国家安全法により重い処断がくだされる。
前ホングレイブ伯爵夫妻やアレンの妻の死について直接的な確証が出れば、最早生きて屋敷に戻ることは叶わないだろう。
いくつもの家門の恨みを晴らすだろう大切な査察。
仲間に引き込んでくれたドーラスにトリュースは深く感謝し、開かれたジメンクス伯爵家のエントランスを武者震いしながら潜り抜けて行った。
「これですよね?う・ら・ちょ・う・ぼ?」
グルプを妨害したトリュースは満面の笑みで、ドーラスに帳簿を渡す。
それはジメンクス伯爵父子の、終わりの始まりの瞬間であった。
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