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89話
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ドミーが不法侵入した執務室から裏帳簿の写しを作成し、盗み出したことに気づかなかったジメンクス伯爵家に、貴族財産管理部の調査官たちが乗り込んだのはその二日後のこと。
「な、何を!ここがジメンクス伯爵家だと知ってのことか」
怒鳴るグルプに、淡々とドーラスが告げた。
「勿論存じております。これここに、貴族裁判所が交付した査察許可がございますので、どうぞお検めください」
ぱっと許可証をグルプに見せつけると、逃げ場のなくなったグルプは青褪めながら渋々道を開けた。
─何故だ、何の査察だ─
頭の中に湧いてでた疑問。
貴族社会の中では、清廉潔白を装い暮らしてきた。
その鬱憤は、声をあげられても伯爵家の権力で簡単に捻り潰せる男爵や子爵、貴族より金を持つような平民たちを嬲り、その財を奪うことで晴らしていた。
その証拠は残すべきではなかったが、奪い取ったものは自分や息子の勲章でもある。
そう思うと手放せず、その代わりに証拠を隠す屋敷は厳重に守らせて、外では身辺や言動に徹底的に注意を払った。
特に、ホングレイブの事件のあと、暫く大人しくしていたアレンが政略結婚の新妻を煙たがり、毒を盛って儚くしてからは、アレンの言動に口を酸っぱくして注意した。
歯向かう者がいればその関係者の弱味を掴み、ある時は金を握らせ、ある時は脅して口を封じた。それでも負けず、裁判の証人になると言った平民の命を奪ったこともある。
そうまでして奪い取った金や宝石の出入の記録だけは捨てられなかったのだ。
─あれを見られたらおしまいだ!しかし、こいつらは帳簿があることは知らないはず。隙をついて隠せば何とかなる!─
執務室に連れて行くよう求められた執事が歩き出した。査察官たちが向かう先には間違いなくそれがあるというのに。
─まず探すだろう書棚には、大量に並ぶ改竄された帳簿の山。机の隠し引き出しにある一冊を探し出すには、相当な時間がかかるはずだ!─
グルプが勝機を見出した時、執務室の扉が開けられ、前を歩いていた査察官たちが雪崩込んでいくのが見えた。
急いでグルプも入り込む。
─あの帳簿をなんとか抜き出して隠すんだ!─
足音を忍ばせて机に一歩近づいたとき、グルプの前に身体を滑り込ませた男がひとり。
「動いてはなりませんよ伯爵。指一本、何にもふれてはなりません」
何処かで見たことのある男だった。
黒髪の男は視線を逸らさず、躊躇うことなく机の引き出しを引き抜いた。
「あっ!」
思わずグルブの口から声が漏れ出てしまうが、気にとめることもなく、奥に入れられた手が探るように動いたと思うと、一冊の帳簿が引き出された。
「おや。何故かこんなところに帳簿がありましたよ。ああ!これを探していたのですね」
態とゆっくりと引き出しから持ち上げた帳簿を、グルプの目に晒してやる。
「あ、いや」
それが探し物だと知っているような態度にカッとなったグルプに、見せびらかしたのはトリュースだった。
「これ、う・ら・ちょ・う・ぼですよね?」
楽しそうに一言づつはっきりと区切って発音してやると、トリュースはひょいと帳簿をドーラスに手渡した。
「ま、待て違うんだ!」
手を伸ばしたが、既にドーラスは帳簿を捲り、内容の確認を始めている。
「うむ、これは・・・ジメンクス伯爵、これほどの財産をお持ちだと、一度たりとも報告されていませんね?伯爵家当主であれば、それがどう見られるのかおわかりのはずですが?」
「そ、それはあの、違うんだ」
「違う?何がです?この収入は一体どこから?あ、ああ、あったぞ!これは・・・」
既に書かれた内容を知っているので、探すのも早い。
「これは!ジメンクス伯爵、貴方はその地位を利用して弱い者の財産を奪っていたのですか?」
ドーラスの声に、他の表の帳簿を開いていた調査官たちは目を見開いてグルプを睨みつける。
「初めて金を奪ったのは・・八年前?ソルムク男爵家から毟り取ったのか?次はヨージャ商会、息子にギャンブルをさせろ?そうか突然潰れたのはそういうことだったのか!おや?これは何だ?ホングレイブ伯爵家には何故か金を払っているぞ?弱味でも握られましたか?」
クスッとドーラスが笑ってみせる。
無数の疑惑の視線がグルプに突き刺さった。
その罪が紛れもないものだとグルプに知らしめた査察官たちは、遠慮なく屋敷中を荒らしていった。
「な、何を!ここがジメンクス伯爵家だと知ってのことか」
怒鳴るグルプに、淡々とドーラスが告げた。
「勿論存じております。これここに、貴族裁判所が交付した査察許可がございますので、どうぞお検めください」
ぱっと許可証をグルプに見せつけると、逃げ場のなくなったグルプは青褪めながら渋々道を開けた。
─何故だ、何の査察だ─
頭の中に湧いてでた疑問。
貴族社会の中では、清廉潔白を装い暮らしてきた。
その鬱憤は、声をあげられても伯爵家の権力で簡単に捻り潰せる男爵や子爵、貴族より金を持つような平民たちを嬲り、その財を奪うことで晴らしていた。
その証拠は残すべきではなかったが、奪い取ったものは自分や息子の勲章でもある。
そう思うと手放せず、その代わりに証拠を隠す屋敷は厳重に守らせて、外では身辺や言動に徹底的に注意を払った。
特に、ホングレイブの事件のあと、暫く大人しくしていたアレンが政略結婚の新妻を煙たがり、毒を盛って儚くしてからは、アレンの言動に口を酸っぱくして注意した。
歯向かう者がいればその関係者の弱味を掴み、ある時は金を握らせ、ある時は脅して口を封じた。それでも負けず、裁判の証人になると言った平民の命を奪ったこともある。
そうまでして奪い取った金や宝石の出入の記録だけは捨てられなかったのだ。
─あれを見られたらおしまいだ!しかし、こいつらは帳簿があることは知らないはず。隙をついて隠せば何とかなる!─
執務室に連れて行くよう求められた執事が歩き出した。査察官たちが向かう先には間違いなくそれがあるというのに。
─まず探すだろう書棚には、大量に並ぶ改竄された帳簿の山。机の隠し引き出しにある一冊を探し出すには、相当な時間がかかるはずだ!─
グルプが勝機を見出した時、執務室の扉が開けられ、前を歩いていた査察官たちが雪崩込んでいくのが見えた。
急いでグルプも入り込む。
─あの帳簿をなんとか抜き出して隠すんだ!─
足音を忍ばせて机に一歩近づいたとき、グルプの前に身体を滑り込ませた男がひとり。
「動いてはなりませんよ伯爵。指一本、何にもふれてはなりません」
何処かで見たことのある男だった。
黒髪の男は視線を逸らさず、躊躇うことなく机の引き出しを引き抜いた。
「あっ!」
思わずグルブの口から声が漏れ出てしまうが、気にとめることもなく、奥に入れられた手が探るように動いたと思うと、一冊の帳簿が引き出された。
「おや。何故かこんなところに帳簿がありましたよ。ああ!これを探していたのですね」
態とゆっくりと引き出しから持ち上げた帳簿を、グルプの目に晒してやる。
「あ、いや」
それが探し物だと知っているような態度にカッとなったグルプに、見せびらかしたのはトリュースだった。
「これ、う・ら・ちょ・う・ぼですよね?」
楽しそうに一言づつはっきりと区切って発音してやると、トリュースはひょいと帳簿をドーラスに手渡した。
「ま、待て違うんだ!」
手を伸ばしたが、既にドーラスは帳簿を捲り、内容の確認を始めている。
「うむ、これは・・・ジメンクス伯爵、これほどの財産をお持ちだと、一度たりとも報告されていませんね?伯爵家当主であれば、それがどう見られるのかおわかりのはずですが?」
「そ、それはあの、違うんだ」
「違う?何がです?この収入は一体どこから?あ、ああ、あったぞ!これは・・・」
既に書かれた内容を知っているので、探すのも早い。
「これは!ジメンクス伯爵、貴方はその地位を利用して弱い者の財産を奪っていたのですか?」
ドーラスの声に、他の表の帳簿を開いていた調査官たちは目を見開いてグルプを睨みつける。
「初めて金を奪ったのは・・八年前?ソルムク男爵家から毟り取ったのか?次はヨージャ商会、息子にギャンブルをさせろ?そうか突然潰れたのはそういうことだったのか!おや?これは何だ?ホングレイブ伯爵家には何故か金を払っているぞ?弱味でも握られましたか?」
クスッとドーラスが笑ってみせる。
無数の疑惑の視線がグルプに突き刺さった。
その罪が紛れもないものだとグルプに知らしめた査察官たちは、遠慮なく屋敷中を荒らしていった。
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