【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる

文字の大きさ
上 下
85 / 100

84話

しおりを挟む
 トリュースがメルサに断って地下道から隣りの建物に入ると、イールズ商会のバッグヤードはいつもと何ら変わらぬバタバタした慌ただしさで、思わずホッと息を吐いた。

 まだ僅かな付き合いだが、表面を取り繕った貴族とは違い、実に家族的で、その中にいるだけで胸があたたまるのだ。

「ただいま」

 思わず声をかけると、動きを止めた使用人たちが口々に「おかえり」と応えてくれる。

 家族を亡くしたトリュースは、縁あって知り合うことができたミヒアと彼女に仕える使用人たちと出会えた幸運に感謝した。

「ミヒア様がお待ちだよ」

 息子のようだと何くれと世話を焼く年嵩のアリラが、二階を指差して教えてくれる。

「ありがとう」

 疲れているはずなのに、軽い足取りで階段をのぼっていった。
コンコンとノックすると、中から「どうぞ」と声がする。

 扉を開けると室内では既にテーブル一面に広げられた写し紙を、ミヒアが覗き込んでいた

「やっと来たな」
「おかえりなさい。すごい成果だけど・・・トリュースあなた大丈夫?」

 ミヒアのそれは、ゲイザードの所業に気づいたにほかならない心からの労り。

「大丈夫です、もしかしてと疑ってはいたので・・・」

 慰めたものか、励ましたものか悩ましく、二人の年長者は暫し黙りこくった。
 しかしトリュースはその沈黙を破り、晴れやかに笑ってみせたのだ。

「本当に大丈夫です!兄の言動に違和感を覚え、家を出てホングレイブの名を捨てた時から、いろいろと覚悟はしていました。血を分けた兄ですから、そうでなければいいと願っていましたが、はっきりと両親の仇だとわかって、今はスッキリしています。私への気遣いも兄への手心も一切不要です」

 毅然と言い放つトリュースの心からの言葉。
それが二人にも伝わった。



「やはりトルグス子爵家にも金が渡されていたんだな」
「・・・その件なのだけど、実はお客様の中でトルグス家の令息をご存知の方がいらして教えてくれたのだけど。ちょうどアレンの奥様が亡くなられた頃に賭博でかなり負けがこんでいたそうなのよ。その返済に追われてあちらこちらに借金を申し込んでいたのに、ぴたりと来なくなったって」
「なんか繋がってきましたね」

 頷いて、ペンと紙を取って何か書き留めたあとに、ミヒアがベルを鳴らす。
すぐに足音が聞こえ、使用人のひとりが顔を出した。

「これ、誰か使いを出して」
「城ですか?」
「渡せば飛んで来るだろうけど、急ぎだと言うようにね」

「「城ですか?」」

 使用人が姿を消すと、ドミーたちが声を揃えて訊ねた。

「ええ、ドレインをね。きっと飛んで来る。
これが何処に隠されているかわかったのだから、ここから先は権限のある人たちにやってもらいましょう」
「っ!でもっ」

 トリュースが食い下がるが。

「正直、この証拠でホングレイブ伯爵夫妻とトリュースの妹さんへの危害を断罪するのは難しいと思うの。一応あちらは伯爵だし、私たちが踏み込みすぎるのは危険だけど、でもやりようはある。
これを美味しい証拠だと喜ぶ役人を動かすのよ。いい?トリュース。なんでも自分でやらなくてはいけないわけではないわ。適材適所、その時にもっとも力や立場を発揮する者を使うのは、悪いことではないのよ。むしろその方が早く目的に辿り着けるのだから、使わなければ損!」

 ニッと笑うミヒアだが、その顔に疲れが見え、トリュースは言葉を飲み込んで頷いてみせたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

私の夫は愛した人の仇だったのです。

豆狸
恋愛
……さて、私が蒔いたこの復讐の種は、どんな花を咲かせてくれることでしょう。

【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。

Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。 休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。 てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。 互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。 仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。 しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった─── ※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』 の、主人公達の前世の物語となります。 こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。 ❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。

酷いことをしたのはあなたの方です

風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。 あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。 ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。 聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。 ※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。 ※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。 ※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

処理中です...