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83話
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ルージクが写し紙が写し取った文字や数字を、読みやすい濃さに修整し、ドミーのもとへ持ってきたのは二時間ほど経った頃で、予定よりだいぶ早かった。
「さすがルーだ!あんなにあったのに早かったな」
「簡単だよ」
フフンと鼻を鳴らすルージクはドヤ顔で胸を反らす。
「ありがとう!おまえも昼はまだだろう?せっかく作業場から出てきたんだから、食堂で何か食べて行けよ」
ドミーの言葉から、ルージクは熱中すると食事も忘れがちなのだとわかる。
トリュースとは似たような気質らしい。
親近感が湧いた。
渡された薄紙の束に改めて目を通すと、やはり間違いない。
「ここ、両親たちが亡くなった事件の前後にジメンクスから金を・・・・」
覗き込むドミーも、それが何を意味するかわかる。
どう声をかけたものか迷ううち、どちらも暗く沈み込んでしまった。
「親方!」
一度部屋を出ていたルージクが戻ってきた。
「一枚忘れた!」
そう言って最後の一枚を渡すと、また出て行った。
「とりあえずミヒア様の所に行かないか?ここで二人で話しても、なあ」
「そうですね」
空気の重さに耐えかねてドミーが提案すると、トリュースも同意する。
「ちょっと待てよ」
ドミーは帽子をトリュースの頭に被せてやる。
自分でも気づいていなかったが、トリュースの目は真っ赤に染まっていたのだ。
「少し休んでいてくれ。馬車を手配させるからな」
ヘルムズ商会の馬車では目立つので、念のために貸切馬車を呼びにやったドミーは、トリュースの様子を気にしていた。
ともに仕事を担うため、自分でもホングレイブ伯爵家の悲劇は調べている。
報告書を読んで、ドミー自身のプライドを傷つけられたとか金を騙し取られたという恨みなど、トリュースのそれに比べたらちっぽけだと身の縮む思いだった。
だからといって自分の恨みを捨て去る気はない。
必ず自分とトリュースの恨みを晴らし、ひとりの若者の心からの笑みを取り戻してやりたいと心底から思っていた。
「これ、ありがとうございました」
馬車に乗り込んだあと、丁寧に礼を言って帽子を返そうとしたトリュースに、ドミーは手を振る。
「ミヒア様のところに入ってからでいい」
「はい」
ジメンクス伯爵家から出たあと、なんとなく気落ちしたようなトリュースだが、理由はわかっているのだ。
ドミーは余計なことは言わず、ただ見守るに徹する。
「すぐ着くから休んでいたらいい」
ドミーは少しだけ窓を開け、ひんやりした風を中に引き込んだ。
イールズ商会には道さえ空いていれば二十分ほど。
本当にあっという間に着いてしまう。
商会の車置き場てはなく、少し先の馬車屋まで行ってもらい、そこから少し歩いて戻ってくることにした。
「ケーキ屋から入るか?」
ドミーが訊ねるとトリュースが頷く。
イールズ商会の隣りの店はミヒアの持ち物で、彼女が気に入っている菓子が並んでいる。その地下がイールズ商会の倉庫になっていて、隣りにいても地下通路で行き来ができるようになっていた。
「ああ。赤毛のメルサに声をかけて、「マロリードエッカーはあるか」と聞いてください」
「マロリードエッカー?それは何だ?」
クスッと笑ってから、トリュースが答える。
「意味はないそうです。ただの合言葉ですよ」
「なんだそうか。じゃあ先に行くぞ」
早足で目的地を目指すドミーに対し、トリュースはあえてゆっくりと歩いていく。
時折ショーウィンドウを覗いたりして、意識的にドミーと離れていくのだ。
ドミーが店に入ったのを遠目に確認したあとも、ぶらぶらと町を歩き、怪しい者がイールズ商会の周囲にいないことを確認して、漸くドミーの後を追った。
「さすがルーだ!あんなにあったのに早かったな」
「簡単だよ」
フフンと鼻を鳴らすルージクはドヤ顔で胸を反らす。
「ありがとう!おまえも昼はまだだろう?せっかく作業場から出てきたんだから、食堂で何か食べて行けよ」
ドミーの言葉から、ルージクは熱中すると食事も忘れがちなのだとわかる。
トリュースとは似たような気質らしい。
親近感が湧いた。
渡された薄紙の束に改めて目を通すと、やはり間違いない。
「ここ、両親たちが亡くなった事件の前後にジメンクスから金を・・・・」
覗き込むドミーも、それが何を意味するかわかる。
どう声をかけたものか迷ううち、どちらも暗く沈み込んでしまった。
「親方!」
一度部屋を出ていたルージクが戻ってきた。
「一枚忘れた!」
そう言って最後の一枚を渡すと、また出て行った。
「とりあえずミヒア様の所に行かないか?ここで二人で話しても、なあ」
「そうですね」
空気の重さに耐えかねてドミーが提案すると、トリュースも同意する。
「ちょっと待てよ」
ドミーは帽子をトリュースの頭に被せてやる。
自分でも気づいていなかったが、トリュースの目は真っ赤に染まっていたのだ。
「少し休んでいてくれ。馬車を手配させるからな」
ヘルムズ商会の馬車では目立つので、念のために貸切馬車を呼びにやったドミーは、トリュースの様子を気にしていた。
ともに仕事を担うため、自分でもホングレイブ伯爵家の悲劇は調べている。
報告書を読んで、ドミー自身のプライドを傷つけられたとか金を騙し取られたという恨みなど、トリュースのそれに比べたらちっぽけだと身の縮む思いだった。
だからといって自分の恨みを捨て去る気はない。
必ず自分とトリュースの恨みを晴らし、ひとりの若者の心からの笑みを取り戻してやりたいと心底から思っていた。
「これ、ありがとうございました」
馬車に乗り込んだあと、丁寧に礼を言って帽子を返そうとしたトリュースに、ドミーは手を振る。
「ミヒア様のところに入ってからでいい」
「はい」
ジメンクス伯爵家から出たあと、なんとなく気落ちしたようなトリュースだが、理由はわかっているのだ。
ドミーは余計なことは言わず、ただ見守るに徹する。
「すぐ着くから休んでいたらいい」
ドミーは少しだけ窓を開け、ひんやりした風を中に引き込んだ。
イールズ商会には道さえ空いていれば二十分ほど。
本当にあっという間に着いてしまう。
商会の車置き場てはなく、少し先の馬車屋まで行ってもらい、そこから少し歩いて戻ってくることにした。
「ケーキ屋から入るか?」
ドミーが訊ねるとトリュースが頷く。
イールズ商会の隣りの店はミヒアの持ち物で、彼女が気に入っている菓子が並んでいる。その地下がイールズ商会の倉庫になっていて、隣りにいても地下通路で行き来ができるようになっていた。
「ああ。赤毛のメルサに声をかけて、「マロリードエッカーはあるか」と聞いてください」
「マロリードエッカー?それは何だ?」
クスッと笑ってから、トリュースが答える。
「意味はないそうです。ただの合言葉ですよ」
「なんだそうか。じゃあ先に行くぞ」
早足で目的地を目指すドミーに対し、トリュースはあえてゆっくりと歩いていく。
時折ショーウィンドウを覗いたりして、意識的にドミーと離れていくのだ。
ドミーが店に入ったのを遠目に確認したあとも、ぶらぶらと町を歩き、怪しい者がイールズ商会の周囲にいないことを確認して、漸くドミーの後を追った。
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