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70話
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トリュースことトリスタンが、下調べが終わったとドレインを呼び出したのは、ホングレイブ伯爵家から戻った翌朝。
ドレインは仕事を抜けて、待ち合わせのカフェに現れた。
「こんにちは」
「ああこんにちは」
気の抜けたような普通の挨拶に面食らったドレインだが、トリュースが差し出した報告書は自分たち専門の調査官も舌を巻く詳細なものだった。
「すごいな・・・」
「この結果を元に、女に接触し、揺さぶりをかけるつもりです」
「ああ任せるよ」
そう言いながら、書面から目を離さない。
僅かな間にこれだけのことができるトリュースには、多くの仲間がおり、それぞれが手練れなのだと推測しながら。
「ありがとうございます。ご期待にお応えできるよう努力します。ところで一つお願いがございまして」
「うん?」
ドレインは漸く顔を上げた。
「アレン・ジメンクスの亡くなられた奥様、ソーリャ様とおっしゃいましたね」
「ああ、ソーリャ・ジメンクス」
「旧姓はトルグス子爵、実はそのトルグス子爵家を調べたいのですが」
眉が上がるドレインにトリュースが怯むことはない。
「私の出自は調べてくれるなと申しましたが」
「・・・・まあ、一応推測はついているよ。ホングレイブ伯爵家だろう」
「流石ですね」
「ご両親を夜会で見かけたことがあってね、人の顔を覚えるのは得意なんだ。君はお母上似だね」
「ありがとうございます」
意外なほど素直に、うれしそうな顔をしたトリュースが眩しい。
「それで頼みとは?」
「両親をご存知なら、両親と妹に起きた事件もご存知でしょうか」
「野盗に襲われたことか?その時はまだ見習いで、私は調査には当たれなかったが、話は聞きかじった」
それを聞いたトリュースは、深く息を吸い込んでゆっくりゆっくりと吐き出し、呼吸を整え、感情を抑えた低い声で話し始めた。
「妹ルシーラはアレン・ジメンクスに弄ばれ、心を病みました」
「なっ」というドレインの声が聞こえたが、トリュースは構わず続ける。
「両親は激怒してジメンクス伯爵に申し入れましたが、アレンは婚約者がおり、互いに結婚までの割り切った付き合いだといなされたのです」
「酷いな」
寄せられた労りに謝意を示すよう、トリュースが頷いた。
「両親たちは貴族裁判所に訴えましたが、そんな状態の妹はとても裁判には耐えられないだろうと、暫く静養に出すことにしたのです。あの事件は、両親が妹を静養所に送る途中の出来事でした。野盗は誰かに雇われたと証言したと聞きましたが」
「ああ、確かその雇い主はわからなか・・・え?まさか」
ドレインの目が大きく開かれていく。
「葬儀の後、爵位を継いだ兄はすぐ訴えを取り下げました。私に相談もなく。そしてこれを見て下さい」
収支が合わない帳簿の写しだった。
「これは?」
「ホングレイブ家を兄が継いでからの帳簿の写しです。この収入を上回る支出、どう思いますか?」
ドレインは随分と話が大きくなったが、しかしこれが解決できたら間違いなく自分の株は爆上がりだと瞬時に計算した。
考えを切り替え、帳簿に目を走らせていく。
「うん?」
指先でいくつかの数字に触れていくドレインは、顔を上げると気の毒そうにトリュースを見た。
「君の兄上かその奥方は、何か副業をしているのかな」
「いえ、私の知る限り何も」
「奥方の持参金の収支は?」
「家令に聞いたところ、持参金からの買物は交ざらないよう義姉専用の帳簿で管理しているそうです」
「そうか・・・・」
合わない額が大きすぎる。
そして随分と気前よく散財している。
「この頃に何らかの収入があったのは間違いない。
少なくともこの合計以上の収入があったということだが、申告があったか税務部で調べてみよう」
「お願いします。それとさっきの話しですが、トルグス子爵家でもホングレイブと同じことがあったのではないかと思うんです。
アレンの奥方が亡くなられた直後、トルグス子爵家も裁判所に訴えを起こしているんです。それなのに暫くして取り下げている・・・」
「アレンに関係のあった二人の女性が亡くなり、訴えた二つの家族はそれを取り下げた?」
「そうです。おかしいと思いませんか?しかしトルグス子爵家の人間を調べたくともツテがないので」
悔しそうな顔をしていても美麗なままのトリュースを癪に思いながら、聞いた情報を頭で整理していく。
「接触してどうするんだ?」
「トルグス家は誰が裏切り者か、確認します」
「できるのか?」
「やってみますよ、だから接触できるよう手を貸してくれませんか」
「それは構わないがエランディアはどうする?」
ドレインは困惑した顔をトリュースに向けた。
ドレインは仕事を抜けて、待ち合わせのカフェに現れた。
「こんにちは」
「ああこんにちは」
気の抜けたような普通の挨拶に面食らったドレインだが、トリュースが差し出した報告書は自分たち専門の調査官も舌を巻く詳細なものだった。
「すごいな・・・」
「この結果を元に、女に接触し、揺さぶりをかけるつもりです」
「ああ任せるよ」
そう言いながら、書面から目を離さない。
僅かな間にこれだけのことができるトリュースには、多くの仲間がおり、それぞれが手練れなのだと推測しながら。
「ありがとうございます。ご期待にお応えできるよう努力します。ところで一つお願いがございまして」
「うん?」
ドレインは漸く顔を上げた。
「アレン・ジメンクスの亡くなられた奥様、ソーリャ様とおっしゃいましたね」
「ああ、ソーリャ・ジメンクス」
「旧姓はトルグス子爵、実はそのトルグス子爵家を調べたいのですが」
眉が上がるドレインにトリュースが怯むことはない。
「私の出自は調べてくれるなと申しましたが」
「・・・・まあ、一応推測はついているよ。ホングレイブ伯爵家だろう」
「流石ですね」
「ご両親を夜会で見かけたことがあってね、人の顔を覚えるのは得意なんだ。君はお母上似だね」
「ありがとうございます」
意外なほど素直に、うれしそうな顔をしたトリュースが眩しい。
「それで頼みとは?」
「両親をご存知なら、両親と妹に起きた事件もご存知でしょうか」
「野盗に襲われたことか?その時はまだ見習いで、私は調査には当たれなかったが、話は聞きかじった」
それを聞いたトリュースは、深く息を吸い込んでゆっくりゆっくりと吐き出し、呼吸を整え、感情を抑えた低い声で話し始めた。
「妹ルシーラはアレン・ジメンクスに弄ばれ、心を病みました」
「なっ」というドレインの声が聞こえたが、トリュースは構わず続ける。
「両親は激怒してジメンクス伯爵に申し入れましたが、アレンは婚約者がおり、互いに結婚までの割り切った付き合いだといなされたのです」
「酷いな」
寄せられた労りに謝意を示すよう、トリュースが頷いた。
「両親たちは貴族裁判所に訴えましたが、そんな状態の妹はとても裁判には耐えられないだろうと、暫く静養に出すことにしたのです。あの事件は、両親が妹を静養所に送る途中の出来事でした。野盗は誰かに雇われたと証言したと聞きましたが」
「ああ、確かその雇い主はわからなか・・・え?まさか」
ドレインの目が大きく開かれていく。
「葬儀の後、爵位を継いだ兄はすぐ訴えを取り下げました。私に相談もなく。そしてこれを見て下さい」
収支が合わない帳簿の写しだった。
「これは?」
「ホングレイブ家を兄が継いでからの帳簿の写しです。この収入を上回る支出、どう思いますか?」
ドレインは随分と話が大きくなったが、しかしこれが解決できたら間違いなく自分の株は爆上がりだと瞬時に計算した。
考えを切り替え、帳簿に目を走らせていく。
「うん?」
指先でいくつかの数字に触れていくドレインは、顔を上げると気の毒そうにトリュースを見た。
「君の兄上かその奥方は、何か副業をしているのかな」
「いえ、私の知る限り何も」
「奥方の持参金の収支は?」
「家令に聞いたところ、持参金からの買物は交ざらないよう義姉専用の帳簿で管理しているそうです」
「そうか・・・・」
合わない額が大きすぎる。
そして随分と気前よく散財している。
「この頃に何らかの収入があったのは間違いない。
少なくともこの合計以上の収入があったということだが、申告があったか税務部で調べてみよう」
「お願いします。それとさっきの話しですが、トルグス子爵家でもホングレイブと同じことがあったのではないかと思うんです。
アレンの奥方が亡くなられた直後、トルグス子爵家も裁判所に訴えを起こしているんです。それなのに暫くして取り下げている・・・」
「アレンに関係のあった二人の女性が亡くなり、訴えた二つの家族はそれを取り下げた?」
「そうです。おかしいと思いませんか?しかしトルグス子爵家の人間を調べたくともツテがないので」
悔しそうな顔をしていても美麗なままのトリュースを癪に思いながら、聞いた情報を頭で整理していく。
「接触してどうするんだ?」
「トルグス家は誰が裏切り者か、確認します」
「できるのか?」
「やってみますよ、だから接触できるよう手を貸してくれませんか」
「それは構わないがエランディアはどうする?」
ドレインは困惑した顔をトリュースに向けた。
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