60 / 100
59話
しおりを挟む
屋敷の一角で、両親とミヒアたちが喧々囂々の舌戦を交わしているとは知らないナミリアは、バルコニーに出て、ぼんやりと庭園を眺めていた。
その庭は、ローズリーと何度も茶会し、散策した思い出の場所。
白い四阿の中で雨宿りしたことや、花の香りを嗅ごうとローズリーが鼻を近づけたら、中から蜂が出てきて大騒ぎになったことなど、たくさんの甘い記憶が脳裏をかすめては消えていく。
「・・・・っくっ」
ナミリアの嗚咽が小さく漏れた。
部屋の隅に控えていた侍女エーラはハッとしたが、頬を伝う涙すら気づかず、じっと庭を見つめるナミリアに近づくことは躊躇われて。
空気が動いたら即駆け寄れるようにと、一瞬も見逃さぬほどに目を凝らし、ナミリアを見守り続けた。
このようにナミリアを悲しませたローズリーに怒りを覚えながら。
どれほどの時間が経っただろう。
ナミリアが大きくため息を吐いた。
聞きつけたエーラはハンカチを持ってかけつけ、そっと頬を流れた涙の跡を拭ってやる。
「ナミリア様、あちらでお目々を冷やしましょう」
こどもに話しかけるようにやさしく語りかけると、ナミリアはこくんと頷いた。
ソファに座らせ靴を脱がせると、両足をオットマンに乗せてやる。
こんな時までピンと背筋を伸ばして行儀良く座るナミリアがかわいそうになり、エーラはクッションを腰の位置に挟んでソファの背面から肩を掴んでやさしく引いた。自然とナミリアはリラックスできる姿勢になり、ホゥっと息が漏れる。
「冷やしたタオルをお持ちするので、少々お待ち下さい」
窓からまた庭を眺めてみると、日が少し傾いたようだ。
木の影が一層長くなり、庭の繁みの花も暗闇に姿を隠していく。
なんとも言えない寂寥感に苛まれ、ナミリアは一度は止まった涙をまた流し始めるのだった。
「ローズリー様が私を騙すつもりだったなんて」
騙すだけではなく、身包み剥がされ、命を失ったかもしれないのだ。手を下すのはローズリーではないにせよ、それを知りながら近づいてきたのを許せるのだろうか?
─否。
頭はそう言う。
しかし心はそんなに簡単には割り切れない。
どこかでまだローズリーを信じたい気持ちがあり、思い切ることなどできそうになかった。
「ナミリア様、どうぞこれを」
エーラが冷やしたタオルを目に当ててくれる。
火照った顔から熱が奪われると、ローズリーへの想いも吸い取られていくような気がして。
心にぽかりと大きな穴が開き、それを埋めるかの如く悲しみがこみ上げるのだった。
その庭は、ローズリーと何度も茶会し、散策した思い出の場所。
白い四阿の中で雨宿りしたことや、花の香りを嗅ごうとローズリーが鼻を近づけたら、中から蜂が出てきて大騒ぎになったことなど、たくさんの甘い記憶が脳裏をかすめては消えていく。
「・・・・っくっ」
ナミリアの嗚咽が小さく漏れた。
部屋の隅に控えていた侍女エーラはハッとしたが、頬を伝う涙すら気づかず、じっと庭を見つめるナミリアに近づくことは躊躇われて。
空気が動いたら即駆け寄れるようにと、一瞬も見逃さぬほどに目を凝らし、ナミリアを見守り続けた。
このようにナミリアを悲しませたローズリーに怒りを覚えながら。
どれほどの時間が経っただろう。
ナミリアが大きくため息を吐いた。
聞きつけたエーラはハンカチを持ってかけつけ、そっと頬を流れた涙の跡を拭ってやる。
「ナミリア様、あちらでお目々を冷やしましょう」
こどもに話しかけるようにやさしく語りかけると、ナミリアはこくんと頷いた。
ソファに座らせ靴を脱がせると、両足をオットマンに乗せてやる。
こんな時までピンと背筋を伸ばして行儀良く座るナミリアがかわいそうになり、エーラはクッションを腰の位置に挟んでソファの背面から肩を掴んでやさしく引いた。自然とナミリアはリラックスできる姿勢になり、ホゥっと息が漏れる。
「冷やしたタオルをお持ちするので、少々お待ち下さい」
窓からまた庭を眺めてみると、日が少し傾いたようだ。
木の影が一層長くなり、庭の繁みの花も暗闇に姿を隠していく。
なんとも言えない寂寥感に苛まれ、ナミリアは一度は止まった涙をまた流し始めるのだった。
「ローズリー様が私を騙すつもりだったなんて」
騙すだけではなく、身包み剥がされ、命を失ったかもしれないのだ。手を下すのはローズリーではないにせよ、それを知りながら近づいてきたのを許せるのだろうか?
─否。
頭はそう言う。
しかし心はそんなに簡単には割り切れない。
どこかでまだローズリーを信じたい気持ちがあり、思い切ることなどできそうになかった。
「ナミリア様、どうぞこれを」
エーラが冷やしたタオルを目に当ててくれる。
火照った顔から熱が奪われると、ローズリーへの想いも吸い取られていくような気がして。
心にぽかりと大きな穴が開き、それを埋めるかの如く悲しみがこみ上げるのだった。
7
お気に入りに追加
219
あなたにおすすめの小説
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。


【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)


【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中


王子様、あなたの不貞を私は知っております
岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。
「私は知っております。王子様の不貞を……」
場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で?
本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる