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59話
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屋敷の一角で、両親とミヒアたちが喧々囂々の舌戦を交わしているとは知らないナミリアは、バルコニーに出て、ぼんやりと庭園を眺めていた。
その庭は、ローズリーと何度も茶会し、散策した思い出の場所。
白い四阿の中で雨宿りしたことや、花の香りを嗅ごうとローズリーが鼻を近づけたら、中から蜂が出てきて大騒ぎになったことなど、たくさんの甘い記憶が脳裏をかすめては消えていく。
「・・・・っくっ」
ナミリアの嗚咽が小さく漏れた。
部屋の隅に控えていた侍女エーラはハッとしたが、頬を伝う涙すら気づかず、じっと庭を見つめるナミリアに近づくことは躊躇われて。
空気が動いたら即駆け寄れるようにと、一瞬も見逃さぬほどに目を凝らし、ナミリアを見守り続けた。
このようにナミリアを悲しませたローズリーに怒りを覚えながら。
どれほどの時間が経っただろう。
ナミリアが大きくため息を吐いた。
聞きつけたエーラはハンカチを持ってかけつけ、そっと頬を流れた涙の跡を拭ってやる。
「ナミリア様、あちらでお目々を冷やしましょう」
こどもに話しかけるようにやさしく語りかけると、ナミリアはこくんと頷いた。
ソファに座らせ靴を脱がせると、両足をオットマンに乗せてやる。
こんな時までピンと背筋を伸ばして行儀良く座るナミリアがかわいそうになり、エーラはクッションを腰の位置に挟んでソファの背面から肩を掴んでやさしく引いた。自然とナミリアはリラックスできる姿勢になり、ホゥっと息が漏れる。
「冷やしたタオルをお持ちするので、少々お待ち下さい」
窓からまた庭を眺めてみると、日が少し傾いたようだ。
木の影が一層長くなり、庭の繁みの花も暗闇に姿を隠していく。
なんとも言えない寂寥感に苛まれ、ナミリアは一度は止まった涙をまた流し始めるのだった。
「ローズリー様が私を騙すつもりだったなんて」
騙すだけではなく、身包み剥がされ、命を失ったかもしれないのだ。手を下すのはローズリーではないにせよ、それを知りながら近づいてきたのを許せるのだろうか?
─否。
頭はそう言う。
しかし心はそんなに簡単には割り切れない。
どこかでまだローズリーを信じたい気持ちがあり、思い切ることなどできそうになかった。
「ナミリア様、どうぞこれを」
エーラが冷やしたタオルを目に当ててくれる。
火照った顔から熱が奪われると、ローズリーへの想いも吸い取られていくような気がして。
心にぽかりと大きな穴が開き、それを埋めるかの如く悲しみがこみ上げるのだった。
その庭は、ローズリーと何度も茶会し、散策した思い出の場所。
白い四阿の中で雨宿りしたことや、花の香りを嗅ごうとローズリーが鼻を近づけたら、中から蜂が出てきて大騒ぎになったことなど、たくさんの甘い記憶が脳裏をかすめては消えていく。
「・・・・っくっ」
ナミリアの嗚咽が小さく漏れた。
部屋の隅に控えていた侍女エーラはハッとしたが、頬を伝う涙すら気づかず、じっと庭を見つめるナミリアに近づくことは躊躇われて。
空気が動いたら即駆け寄れるようにと、一瞬も見逃さぬほどに目を凝らし、ナミリアを見守り続けた。
このようにナミリアを悲しませたローズリーに怒りを覚えながら。
どれほどの時間が経っただろう。
ナミリアが大きくため息を吐いた。
聞きつけたエーラはハンカチを持ってかけつけ、そっと頬を流れた涙の跡を拭ってやる。
「ナミリア様、あちらでお目々を冷やしましょう」
こどもに話しかけるようにやさしく語りかけると、ナミリアはこくんと頷いた。
ソファに座らせ靴を脱がせると、両足をオットマンに乗せてやる。
こんな時までピンと背筋を伸ばして行儀良く座るナミリアがかわいそうになり、エーラはクッションを腰の位置に挟んでソファの背面から肩を掴んでやさしく引いた。自然とナミリアはリラックスできる姿勢になり、ホゥっと息が漏れる。
「冷やしたタオルをお持ちするので、少々お待ち下さい」
窓からまた庭を眺めてみると、日が少し傾いたようだ。
木の影が一層長くなり、庭の繁みの花も暗闇に姿を隠していく。
なんとも言えない寂寥感に苛まれ、ナミリアは一度は止まった涙をまた流し始めるのだった。
「ローズリー様が私を騙すつもりだったなんて」
騙すだけではなく、身包み剥がされ、命を失ったかもしれないのだ。手を下すのはローズリーではないにせよ、それを知りながら近づいてきたのを許せるのだろうか?
─否。
頭はそう言う。
しかし心はそんなに簡単には割り切れない。
どこかでまだローズリーを信じたい気持ちがあり、思い切ることなどできそうになかった。
「ナミリア様、どうぞこれを」
エーラが冷やしたタオルを目に当ててくれる。
火照った顔から熱が奪われると、ローズリーへの想いも吸い取られていくような気がして。
心にぽかりと大きな穴が開き、それを埋めるかの如く悲しみがこみ上げるのだった。
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