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6話 ミヒアノカナシミ

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 イールズ男爵家では男爵夫人ミヒアがため息をついていた。

 それも当然だ。
 手塩にかけ育ててきた嫡男ディルーストを亡くしただけでなく、本来自分が行くべきところを自分の代理で寄合に行かせた夫シェードが激しく自分を責め、それが元で倒れてしまったのだ。

 ディルーストには年の離れた弟がおり、今後は彼をイールズ商会の跡取りに育てねばならなくなった。
 そして何より男爵を陞爵するほどの商会の経営を、倒れた夫の代わりに差配せねばならず、ディルーストを思って泣きたくてもその余裕はミヒアにはなかった。

 とにかくクタクタだった。

 それでも一月経とうという頃、もう一つ。
先送りにしてきたナミリアのことに、嫌嫌ながら目を向ける。

 ミヒアは、シェードがディルーストに政略的結婚をさせると言い出した時、複雑な気分になった。
 自分たちは元は平民、何に縛られることもなく自由に恋愛し、結婚と同時にふたりで商売を始めた。
商才に恵まれたふたりは、小さな商会をみるみる大きく育て上げ、貴族の端くれにまで成り上がったが、ミヒアは平民の頃の自由な心を失ってはいなかった。
 だが気が進まないままディルーストと共にナミリアに会うと、それはそれは素敵な令嬢で、彼女とディルーストはあっと言う間に恋に落ち、幸せな結婚間違いなしだとミヒアの心も満たされたのだ。

 ミヒアもディルーストと同じようにナミリアを大切に思い、彼女が嫁いでくれることを心から待ちわびていたというのに。

「ナミリアさん・・・」

 ディルーストを亡くしたショックから、倒れたまま葬儀にも参列できず、気持ちの整理もつかずにいるだろうナミリアを思い、また深いため息をついた。







「ナミリアさんが来てくださるの?」

 婚約の話に決着をつけねばならないと、一度会いたいとレンラ子爵に申入れていた返事が漸く返って来た。

 動けないと聞いていたのだが、多少は回復したのだろうか?
それならいいのだがと、胸を撫で下ろす。

 ミヒアはナミリアとの婚約を解消することが辛くてならない。
 しかしディルースト亡き今、ナミリアの未来をイールズ商会に縛り付けるわけにはいかないと、自分の個人資産のほとんどをナミリアへの補償代わりに贈与することを決め、病床のシェードにも納得させた。

 貴族の令嬢たちは二十歳を迎えると続々と結婚する。
年頃の良き相手となりそうな令息たちは、皆すでに結婚を控えた相手がいるものだ。これから新たに年齢も家格も釣り合う婚約者を探すことの難しさは、ミヒアもよくわかっていたので、万一ナミリアがこの先結婚しなかったとしても、自由に生きられるよう財産を渡してやりたいと考えた。

 未だ何一つ片付けることなど出来ないディルーストの部屋を訪れては、壁に吊るされた、ナミリアのために一緒に選んだウェディングドレスを撫でる。
 ナミリアがこれを着ることも、息子とふたり揃って立つことも二度とないと思うと、ミヒアの瞳からはらはらと涙が流れ出て、止まることはなかった。
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