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第29話

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 さて。
 憧れのエリーシャと無事結婚したトルソーは、ストーカー夫と化していた。


 毒殺未遂事件が色濃く影響しているため、まわりも仕方ないと諦めているが。
 とにかく心配性で、3日先までのエリーシャの予定も完璧に頭に叩き込み、自ら警備計画を立てて万全を期さねばエリーシャの外出を認めることができない困ったちゃんである。

 ベレルも折りに触れ、トルソーに注意を与えているのだが、それでも安心できなければ無理だと譲らない。

 エリーシャが懐妊してからはますます悪化し、今は護衛騎士四人に自分もくっついて歩いているほどだ。

 しかし内心エリーシャはこれも悪くないと思っている。
トルソーが調子に乗るといけないので、けして口にはしないが。

 ジャブジャブの愛に浸かり、甘々に甘やかされ、守られている心地よさ。
まあちょっとうざいときもあるが。

「んっ、お、おなかが、いたっっ」

 エリーシャが産気づいたらしい。

「エリーシャっ大丈夫か?動かなくていい、じっとして!」

 担架を持ってくるよう護衛騎士に言いつけ、自分はエリーシャの背中をさすりながら手を握って声をかけ続ける。

「頑張れ頑張れ!私もずっとついてるからね」

 ─うん、まだそこまで大袈裟にしなくても、全然動けるんだけど、まあいいか─

 まるで重病人のように、そぉっと担架に乗せられ、逞しい騎士たちが四隅を持って、ザッザッと規則正しい足音とともにエリーシャを運んでいく。


「先生!エリーシャが、妻がうまれそうなんですっ」

 ─いや、だからまだだって─

と、エリーシャが言ってもたぶん信じないのだ。トルソーは、エリーシャが我慢しているに違いないとまず疑うから。

 兄アレンソアにずっと我慢していた姿を見ていたから、これも仕方ないのだろう。





 時間が経つにつれ、痛みが増してくる。
エリーシャもうんうんと唸り、歯を食いしばり始めた。

「ああ、愛しいエリーシャ!どんなときも一緒にいるから!
つらいね、頑張れ頑張れ」

 泣きそうな顔でそばで応援しているトルソーが、エリーシャは段々と鬱陶しくなり、痛みが限界を超えた瞬間。

「っうーるっさいんだよ、こっちは痛いのがまんしてるんだ、黙っとけーっ!」

 耳元でザワザワ囁かれることに我慢できなくなり、エリーシャの怒鳴り声がトルソーを直撃した。

「うっうっわーっいったーい!」





 呆然としたトルソーは、赤ん坊の泣き声にハッとして。

「いつ?いつ生まれた?」
「3分前ですよ」
「うそ・・・」

 怒鳴られたショックで呆然としているうちに、出産を見逃してしまったのだ。

 しかしトルソーはめげなかった。

「やっぱり母は強しっていうのは本当だったんだな!あの淑やかなエリーシャが怒鳴るなんて!なんて新鮮な体験なんだ!
あっ!赤ちゃーん、私がパパでちゅよ~かわいいでちゅね~」

 疲れてウトウトし始めたエリーシャだったが、トルソーのその声はしっかりと聴こえていた。

 ─はあ、過保護で先が思いやられるけど、きっといいパパになってくれそう。つかれたぁ、寝よう─






「ねえ、知ってるかい?ツィージャー伯爵家には社交界で月夜の妖精と呼ばれている、とびきり美しいけどすっごく厳しい鬼嫁がいるそうでね、心やさしい心配性の伯爵をビシビシしごいているという噂だよ」

 町外れの人気の食堂で、亜麻色の髪をひっつめ、眼鏡の奥に緑の瞳を持つ女将は「へええ、そうなんだ」と客の話に耳を傾けている。

 その時女将は何故か、懐かしそうなうれしそうな顔をしていた。







最後までご愛読頂きありがとうございました。
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