29 / 29
第29話
しおりを挟む
さて。
憧れのエリーシャと無事結婚したトルソーは、ストーカー夫と化していた。
毒殺未遂事件が色濃く影響しているため、まわりも仕方ないと諦めているが。
とにかく心配性で、3日先までのエリーシャの予定も完璧に頭に叩き込み、自ら警備計画を立てて万全を期さねばエリーシャの外出を認めることができない困ったちゃんである。
ベレルも折りに触れ、トルソーに注意を与えているのだが、それでも安心できなければ無理だと譲らない。
エリーシャが懐妊してからはますます悪化し、今は護衛騎士四人に自分もくっついて歩いているほどだ。
しかし内心エリーシャはこれも悪くないと思っている。
トルソーが調子に乗るといけないので、けして口にはしないが。
ジャブジャブの愛に浸かり、甘々に甘やかされ、守られている心地よさ。
まあちょっとうざいときもあるが。
「んっ、お、おなかが、いたっっ」
エリーシャが産気づいたらしい。
「エリーシャっ大丈夫か?動かなくていい、じっとして!」
担架を持ってくるよう護衛騎士に言いつけ、自分はエリーシャの背中をさすりながら手を握って声をかけ続ける。
「頑張れ頑張れ!私もずっとついてるからね」
─うん、まだそこまで大袈裟にしなくても、全然動けるんだけど、まあいいか─
まるで重病人のように、そぉっと担架に乗せられ、逞しい騎士たちが四隅を持って、ザッザッと規則正しい足音とともにエリーシャを運んでいく。
「先生!エリーシャが、妻がうまれそうなんですっ」
─いや、だからまだだって─
と、エリーシャが言ってもたぶん信じないのだ。トルソーは、エリーシャが我慢しているに違いないとまず疑うから。
兄アレンソアにずっと我慢していた姿を見ていたから、これも仕方ないのだろう。
時間が経つにつれ、痛みが増してくる。
エリーシャもうんうんと唸り、歯を食いしばり始めた。
「ああ、愛しいエリーシャ!どんなときも一緒にいるから!
つらいね、頑張れ頑張れ」
泣きそうな顔でそばで応援しているトルソーが、エリーシャは段々と鬱陶しくなり、痛みが限界を超えた瞬間。
「っうーるっさいんだよ、こっちは痛いのがまんしてるんだ、黙っとけーっ!」
耳元でザワザワ囁かれることに我慢できなくなり、エリーシャの怒鳴り声がトルソーを直撃した。
「うっうっわーっいったーい!」
呆然としたトルソーは、赤ん坊の泣き声にハッとして。
「いつ?いつ生まれた?」
「3分前ですよ」
「うそ・・・」
怒鳴られたショックで呆然としているうちに、出産を見逃してしまったのだ。
しかしトルソーはめげなかった。
「やっぱり母は強しっていうのは本当だったんだな!あの淑やかなエリーシャが怒鳴るなんて!なんて新鮮な体験なんだ!
あっ!赤ちゃーん、私がパパでちゅよ~かわいいでちゅね~」
疲れてウトウトし始めたエリーシャだったが、トルソーのその声はしっかりと聴こえていた。
─はあ、過保護で先が思いやられるけど、きっといいパパになってくれそう。つかれたぁ、寝よう─
「ねえ、知ってるかい?ツィージャー伯爵家には社交界で月夜の妖精と呼ばれている、とびきり美しいけどすっごく厳しい鬼嫁がいるそうでね、心やさしい心配性の伯爵をビシビシしごいているという噂だよ」
町外れの人気の食堂で、亜麻色の髪をひっつめ、眼鏡の奥に緑の瞳を持つ女将は「へええ、そうなんだ」と客の話に耳を傾けている。
その時女将は何故か、懐かしそうなうれしそうな顔をしていた。
完
最後までご愛読頂きありがとうございました。
憧れのエリーシャと無事結婚したトルソーは、ストーカー夫と化していた。
毒殺未遂事件が色濃く影響しているため、まわりも仕方ないと諦めているが。
とにかく心配性で、3日先までのエリーシャの予定も完璧に頭に叩き込み、自ら警備計画を立てて万全を期さねばエリーシャの外出を認めることができない困ったちゃんである。
ベレルも折りに触れ、トルソーに注意を与えているのだが、それでも安心できなければ無理だと譲らない。
エリーシャが懐妊してからはますます悪化し、今は護衛騎士四人に自分もくっついて歩いているほどだ。
しかし内心エリーシャはこれも悪くないと思っている。
トルソーが調子に乗るといけないので、けして口にはしないが。
ジャブジャブの愛に浸かり、甘々に甘やかされ、守られている心地よさ。
まあちょっとうざいときもあるが。
「んっ、お、おなかが、いたっっ」
エリーシャが産気づいたらしい。
「エリーシャっ大丈夫か?動かなくていい、じっとして!」
担架を持ってくるよう護衛騎士に言いつけ、自分はエリーシャの背中をさすりながら手を握って声をかけ続ける。
「頑張れ頑張れ!私もずっとついてるからね」
─うん、まだそこまで大袈裟にしなくても、全然動けるんだけど、まあいいか─
まるで重病人のように、そぉっと担架に乗せられ、逞しい騎士たちが四隅を持って、ザッザッと規則正しい足音とともにエリーシャを運んでいく。
「先生!エリーシャが、妻がうまれそうなんですっ」
─いや、だからまだだって─
と、エリーシャが言ってもたぶん信じないのだ。トルソーは、エリーシャが我慢しているに違いないとまず疑うから。
兄アレンソアにずっと我慢していた姿を見ていたから、これも仕方ないのだろう。
時間が経つにつれ、痛みが増してくる。
エリーシャもうんうんと唸り、歯を食いしばり始めた。
「ああ、愛しいエリーシャ!どんなときも一緒にいるから!
つらいね、頑張れ頑張れ」
泣きそうな顔でそばで応援しているトルソーが、エリーシャは段々と鬱陶しくなり、痛みが限界を超えた瞬間。
「っうーるっさいんだよ、こっちは痛いのがまんしてるんだ、黙っとけーっ!」
耳元でザワザワ囁かれることに我慢できなくなり、エリーシャの怒鳴り声がトルソーを直撃した。
「うっうっわーっいったーい!」
呆然としたトルソーは、赤ん坊の泣き声にハッとして。
「いつ?いつ生まれた?」
「3分前ですよ」
「うそ・・・」
怒鳴られたショックで呆然としているうちに、出産を見逃してしまったのだ。
しかしトルソーはめげなかった。
「やっぱり母は強しっていうのは本当だったんだな!あの淑やかなエリーシャが怒鳴るなんて!なんて新鮮な体験なんだ!
あっ!赤ちゃーん、私がパパでちゅよ~かわいいでちゅね~」
疲れてウトウトし始めたエリーシャだったが、トルソーのその声はしっかりと聴こえていた。
─はあ、過保護で先が思いやられるけど、きっといいパパになってくれそう。つかれたぁ、寝よう─
「ねえ、知ってるかい?ツィージャー伯爵家には社交界で月夜の妖精と呼ばれている、とびきり美しいけどすっごく厳しい鬼嫁がいるそうでね、心やさしい心配性の伯爵をビシビシしごいているという噂だよ」
町外れの人気の食堂で、亜麻色の髪をひっつめ、眼鏡の奥に緑の瞳を持つ女将は「へええ、そうなんだ」と客の話に耳を傾けている。
その時女将は何故か、懐かしそうなうれしそうな顔をしていた。
完
最後までご愛読頂きありがとうございました。
44
お気に入りに追加
255
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間
田尾風香
恋愛
婚姻式の当日に出会った侍女を、俺は側に置いていた。浮気と言われても仕方がない。ズレてしまった何かを、どう戻していいかが分からない。声には出せず「助けてくれ」と願う日々。
そんな中、風邪を引いたことがきっかけで、俺は自分が掴むべき手を見つけた。その掴むべき手……王太子妃であり妻であるマルティエナに、謝罪をした俺に許す条件として突きつけられたのは「十日間、マルティエナの好きなものを贈ること」だった。
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
【完結】浮気などしません、愛しているのは貴方だけです
たろ
恋愛
愛しているのはヴィオラだけなのに、王女セシリアの所為で、婚約破棄されそうになっている。
なんとか回避したい。
なのに手紙を書いても返事がこない。会うことも出来なくなって…….
セシリアと浮気をしていると噂されなんとかセシリアの護衛を辞めてヴィオラの愛を取り戻したい近衛騎士のお話です。
短編で書いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる