上 下
42 / 44

42話

しおりを挟む
 チルディはすぐ、近くの馬房で待機していたメーリア家の御者エイジャのところに走り、イーデス子爵家に使いに行くよう頼んだ。
最低限のことのみ聞いたエイジャが馬を駆る。

「メーリア伯爵家御者頭エイジャ・ロリンドルと申します」

 その一言でイーデス子爵家の皆は、青天の霹靂とも言える出来事が起きたことを知る。

「なんだと?フェルナンドがサラ様に!?も、申し訳ない、あの野郎!」

 ブルワリー・イーデス子爵は口汚く勘当した息子を罵った。
嫡男バローも怒りで真っ赤な顔をして怒鳴る。

「なんでいまさらあいつが戻ってくるんだ!」
「知らん!役所の仕事を辞めさせてからはずっと姿を消していたんだ」

 興奮した親子にエイジャが割って入り、話を引き戻す。 

「今、メーメの店で捉えておりますので、取り急ぎイーデス子爵家で引き取って頂けないでしょうか?サラ様に危害を与えられることがあれば大変な事態になりますぞ」

 エイジャの言葉にブルワリーとバローは震え上がり、速攻で箱馬車を用意して飛び乗った。


 メーメの店の裏口に転がされた男が一人、うるさいので猿轡をされ、モガモガ言っている。

「だからとっとと帰ればよかったのに」

 モニカに鼻をつままれて苦しさにじたばたと暴れるフェルナンドだった。

「馬鹿な男だわ、サラ様には相応しくない」
 
 凍りつくような視線をフェルナンドに向けたモニカは立ち上がると、靴の爪先でぎゅうっとフェルナンドを踏みつけながら続けた。

「ねえ、婚約解消されたサラ様がどうやってここまでになったか知ってるかしら」

 傷つけられた伯爵令嬢に向けられる視線、相応しくないとしか言いようのないほど歳の離れた者や訳あり貴族からの婚姻申込みが続き、結婚を諦めてこの店と出会ったこと。
 伯爵令嬢でありながら手をあかぎれだらけにして日々修業に励み、ようやく人気パティシエールとして認められたサラと、奇しくもサラが初めて商品として作った菓子を購入して以来、ずっとサラを見守ってきたザイアとの婚約が決まったこと。

「お優しく頼りがいのある方と婚約を決められたときのサラ様の、本当に幸せそうなお顔が忘れられませんわ。
いいですか?いまさらイーデス様の出番など、ほんのこれっぽっちもございませんのよ。サラ様を裏切って傷つけたくせに厚かましいにもほどがあるわ」

 二本の指先で隙間を作って見せると、フェルナンドの目の前で隙間をギュッと潰して見せた。

「おい、モニカ。イーデス子爵家から馬車が着いたぞ」

 チルディが知らせると。

「そう!早かったわね。ではこれを運びましょう!」

 靴の爪先でもう一度ぎゅうっと踏みつけたモニカのことは見て見ぬふりをし、チルディがフェルナンドを拘束している縄を掴んでぐいっと引き上げ立たせてやる。

「これで自分で歩けるだろう?」

 巻きつけられた縄に余裕がないため、よちよちと小股で歩くしかないフェルナンドを、モニカとチルディは忌々しげに見ながら外へと連れ出した。

「フェルナンド、おまえはよくも」

 いきなりブルワリーの拳がフェルナンドの顔面を張り飛ばした。

「ぐっふ」

 まだ猿轡をしており、痛いとも何とも言うことができないため、くぐもった声だけが漏れる。

「この恥晒しが!どれほどの迷惑をかけたら気が済むんだ!」

 バローが綱を掴み、フェルナンドを馬車へと引きずるとその速さについていけずに転んでしまったが、面倒くさくなったらしいバローに肩に担がれ、ドスンと音を立てて馬車に放り込まれた。

「ぐぅ」

 痛みにもがいているフェルナンドが外から見えないよう、素早く馬車の扉を閉めると、イーデス子爵父子は腰を折るように深々と頭を下げた。

「重ね重ね大変なご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。サラ様とメーリア伯爵家、こちらの店にはまた日を改めて謝罪にお伺いいたしますので」



 馬車に乗り込んだイーデス子爵ブルワリーと息子バローは、かつて子爵家嫡男だったフェルナンドを足蹴にしていた。

「おまえというやつは、どれほど家族やメーリア伯爵家に迷惑をかけたら気が済むのだ!」

 フェルナンドは何か言いたそうな目を向けたが、ブルワリーもバローも猿轡を外そうとはしない。

「こいつをどうしてやろうか」
「鉱山に閉じ込めましょう」

 バローの言葉に、カッと目を見開いたフェルナンドがモガモガと暴れるが、

「やはりそれしかないな。または隣国あたりの未亡人に売るか。またメーリア伯爵家に慰謝料を払うことになるかもしれんぞ」

 絶望的な目に変わるフェルナンドに、ブルワリーはさらに冷酷な言葉を投げる。

「どちらが金になるだろうな?」
「一時金なら未亡人かと・・・」

 ブルワリーは、髪と髭を伸び放題にした汚らしいかつての息子をじっと眺めると

「愛人より鉱山のほうが大変だな。うん、鉱山にしよう!」
「体が保たなかったらそれほど稼げないかもしれないですよ」
「それでもよい。楽に女に囲われるこいつを想像したら胸糞悪くなった」



 そうしてイーデス子爵は一言の弁明も聞かずに、過重就労を課されると有名な鉱山にフェルナンドを向かわせた。給料はすべてイーデス子爵家が差し押さえるというフェルナンドには逃げることも、またせめてもの気晴らしさえも許されない厳しい条件で。
 フェルナンドはブルワリーから何度もかけられた温情をことごとく裏切り、最後にはその父に厳しい処断をされたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

【完結】婚約者様。今、貴方が愛を囁いているのは、貴方が無下に扱っている貴方の婚約者ですわよ

兎卜 羊
恋愛
「お願いです、私の月光の君。美しい貴女のお名前を教えては頂けませんでしょうか?」 とある公爵家での夜会。一人テラスに出て綺麗な夜空を眺めていた所に一人の男性が現れ、大層仰々しく私の手を取り先程の様な事をツラツラと述べられたのですが…… 私、貴方の婚約者のマリサですけれども? 服装や髪型にまで口を出し、私を地味で面白味の無い女に仕立てるだけでは飽き足らず、夜会のエスコートも誕生日の贈り物すらしない婚約者。そんな婚約者が私に愛を囁き、私の為に婚約破棄をして来ると仰ってますけれど……。宜しい、その投げられた白い手袋。しかと受け取りましたわ。◆◆ 売られた喧嘩は買う令嬢。一見、大人しくしている人ほどキレたら怖い。 ◆◆ 緩いお話なので緩いお気持ちでお読み頂けましたら幸いです。 誤字脱字の報告ありがとうございます。随時、修正させて頂いております。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

わたしはお払い箱なのですね? でしたら好きにさせていただきます

柚木ゆず
恋愛
「聖女シュザンヌ。本日を以て聖女の任を解く」  異世界から現れた『2人目の聖女』佐々岡春奈様が、現聖女であるわたしの存在を快く思わなかったこと。アントナン王太子殿下が佐々岡様に恋をされ、2人目ではなく唯一無二の聖女になりたがった佐々岡様の味方をしたこと。  それらによってわたしは神殿を追い出され、聖女解任による悪影響――聖女の恩恵を得られなくなったことにより、家族の怒りを買って実家も追い出されることとなりました。  そうしてわたしはあっという間にあらゆるものを失ってしまいましたが、それによって得られるものもありました。  聖女の頃はできなかった、国外への移動。そちらを行い、これから3年越しの約束を果たしに行きたいと思います。  初恋の人に――今でも大好きな方に、会いに行きたいと思います。  ※体調の影響で以前のようなペースでお礼(お返事)ができないため、5月28日より一旦(体調がある程度回復するまで)感想欄を閉じさせていただきます。  申し訳ございません。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

処理中です...