上 下
30 / 44

30話

しおりを挟む
 メーリア伯爵家のパーティーは恙無つつがなく終わった。

「そういえばイーデス子爵ご夫妻とは会えなかったわ」

 ネル夫人が言うと、デードが事情を教えてやる。

「祝い金だけ持ってきて、すぐに帰ったんだ」
「まあ、居辛いでしょうからね」

 うんうんとデードが首を縦に振る。

「ところでサラたちはどうだった?」

 夫は期待に満ちた目をしている。
褒めるのはしゃくだがしかたないと、ネルも認めた。

「そうね。想像以上かしら。サラと話しているのが聞こえたけれど、会話は途切れることもなく、内容も落ち着いていて、普段もああして話しているんだろうと目に浮かぶほどだったわ。それから彼はサラを大切に想ってくれていると感じたわね。サラのケーキもね」
「だろう?そうなんだよ!なんかあのふたり、雰囲気がいいと思ったんだよな。お似合い、だよな?」
「そうね。でもサラの気持ちが一番大切よ。もうあの子を傷つけたくないもの」
「じゃあお互いがよければ、ネルは反対はしない?」
「ええ、もちろん。彼なら賛成するわ」

 サラのケーキを褒めながら何口も食べていたザイアと、ザイアに褒められる度にうれしそうに微笑むサラ。
サラを幸せそうに微笑ませ、それを優しく見つめる青年にネルは感謝した。
 メーリアとはいろいろ経緯いきさつのある家とはいえ、青年は当事者ではないので、それに彼が紐付けられていることは同情できなくもない。
 それにサラに良い縁談がない以上、裕福な子爵家のしっかり者の嫡男と婚姻が結べるなら、こんなに素晴らしいことはない。
 ただそうなった時、タイリユ子爵家はサラがこれから先もスイーツの仕事を持つことを許すだろうか?
 ネルは、サラにも青年へのほのかな想いを感じたが、サラがここまで頑張ってきた仕事と次期子爵夫人の座のどちらを選ぶかはわからない。結婚させたい親の気持ちを無理強いすることはしないと決めていた。


「サラ様!今日あの方とずっとご一緒されたのですね!」
「ええ、驚いたわ。タイリユ子爵家のザイア様と、御母堂様がエラ様とおっしゃるそうよ」
「タイリユ子爵家って、それもしかして!」
「・・・ええ。あのときのよ」
「やっぱり!でもあの彼女、本当は子爵家の娘ではなかったのでしょう?タイリユ様はお気の毒に、赤の他人を育てさせられていたのですよね?」

 モニカが興味津々でザイアやタイリユ家のことを訊ねてくるが、サラは今日ものすごく働いたため瞼がくっつきそうだ。

「ごめんなさい、もに・・・か。ねむ・・」



 眠り込んだサラにモニカが毛布を掛けていた頃、タイリユ家では。

 エラ夫人が今日のパーティーの総括を家族を集めて行っていた。

「えっ!スイーツ屋のパティシエールがメーリア伯爵家のご令嬢だった?嘘だろう、そんなことあるのか?だってあんなしょぼい店だぞ!伯爵令嬢が?あんなところで働くわけがない!」

 パーティーに行かなかったゲールは、頑として信じようとしない。
 しかしゲールの反応が普通なのだ。
そもそも伯爵令嬢が働くなら侍女や家庭教師だろう。手を傷だらけにしてスイーツを作り、平民も相手にする店員をこなすなど聞いたことがない。

「あのときサラ様は世間から隠れるように目立たぬところを選ばれたに違いないわ、お可哀そうに」

 心からのエラの言葉に、さすがのゲールも頷いた。

「だがサラ様はそれを挽回の機会とされ、今では味にうるさい貴族たちの舌を唸らせるパティシエールとなった。たった数年ほどだぞ、どれほど努力されたことだろう。なんてすごい人なんだろうと尊敬するよ」

 ザイアは心から褒め称えた。

 ─尊敬ね・・・
尊敬から生まれる愛もあるわ─

 エラは笑い声こそ立てなかったが、俯いて口角を上げ、目だけで笑った。



 母に言った自分の言葉が、ザイアの耳の中でこだましている。

 ─どれほど努力されたことだろう。なんてすごい人なんだろうと尊敬する─

 そうだ、尊敬しているのだ。
それは間違いない。
しかしザイアの胸はなぜかもやもやした。
素直にサラを褒めただけなのに、もっと違う言葉を贈りたくなった。

 いつも一つにまとめられている柔らかそうな亜麻色の髪、聡明な緑の瞳、あたたかみのある笑い声。
 どれ一つを思い出しても、胸の奥がきゅっと摘まれるような軽い痛みを覚える。

 いやいや、それはきっと憐憫に違いない・・・。

 ため息をつくほどに切ない気持ちが湧き上がり、サラを傷つけたタイリユ家の自分はそれを認めてはいけないのだと思いながら、認めざるを得ない甘い感情に満たされていた。




「ザイアは?」

 翌朝、いつもなら時間通りにダイニングにやって来る長男が来ないことをエラが問うと、使用人がそう聞かれることを予測していたという顔で求められた答えを提供する。

「ザイア様は食欲がないとおっしゃられて、既に出立されております」
「まあ珍しいこと」
「なにか思い悩まれていらっしゃるようでございました」

 使用人の言葉に今度はエラが、わかったような顔で頷いた。

「悩み焦れる戀心かな。若いってすてきね!」

 うふうふと笑う母をゲールが諌める。

「母上!兄上が帰ってきてもからかうなよ。ムキになって反発しかねないからな」
「もちろんわかっているわ、何年あの子の親をやっていると思っているの?ひとりで想像するくらいいいでしょ」

 エラもゲールもわかっていた。
サラがメーリア伯爵令嬢と知った今、ただ想いあって云々だけでは進めそうにないことを。
 タイリユ子爵家は、皆がサラに後ろめたさを感じている。ソイラはタイリユ子爵の娘ではなかったと証明されたが、あのとき子爵家の一員だったことは紛れもない事実。
まして真面目なザイアのことだ、気にしないわけがない。

 エラ夫人は嫡男の秘めた恋路を思い、溜息をもらしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

独り立ちしたい姉は、令嬢ながらにお金を稼いでた

子猫文学
恋愛
 オルヴィス侯爵家が暮らすフィナデレ・カテドラルは、個性あふれる使用人が階下にいながら、階上の出来事に噂話を咲かせている。  一方階上では、婚期真っ只中の姉セラフィーヌに対して、彼女への求婚者はあとを絶たなかった。    そんな中長い寄宿学校生活を終えて、フィナデレ・カテドラルに帰宅した妹ウィレミナは、姉セラフィーヌから衝撃の告白をされた。  「ウィレミナ、その本の作者、実は私よ」  その『アイリス』という本の作者が実は姉だと知った妹はその時代の貴族の風習に疑問を持ちながらも、デビュタントへ向けて準備を始めるのだった。    姉の生き様から、生き方を考え始める妹と、世の中で進んで逆流する姉。  姉妹の恋と未来は、ウィレミナの帰宅によって始まった。 ※ところどころ、矛盾があるところ、都度治しています ※② また、完結した時は、誤字脱字などを直して、上げ直すつもりです。その時は本編に加えなかったエピソードや、新たなエピソード、別視点のものなど、執筆する予定です。 ※③ 不定期更新。学生なので、試験期間は更新止まります。

ニセ公女と皇帝陛下の三男坊

真黒豆
恋愛
舞台は15世紀後半の西ヨーロッパ。王国のアンジュ公爵領の片隅の村に住んでいた元孤児のアネット。 傭兵の義父が死亡して家を出た彼女は、傭兵になろうとやって来たモンスの街でアンジュ公爵令嬢の替え玉として雇われる。 アンジュ公爵令嬢マリーにそっくりなアネットは替え玉として皇帝の宮廷に向かうが…… 小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+と重複投稿です。 注意:本作品は完全なフィクションです。アンジュ公爵は実在のアンジュー公爵ではありませんし、モンスは実際のモンスではありません。これらは名前を借りているだけです。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

燃費が悪いと神殿から厄介払いされた聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです(ごはん的に!)

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
 わたし、スカーレットは燃費が悪い神殿暮らしの聖女である。  ご飯は人の何倍も食べるし、なんなら食後二時間もすれば空腹で我慢できなくなって、おやつももりもり食べる。というか、食べないと倒れるので食べざるを得ない。  この調子で人の何倍ももりもり食べ続けたわたしはついに、神殿から「お前がいたら神殿の食糧庫が空になるから出て行け」と追い出されてしまった。  もともと孤児であるわたしは、神殿を追い出されると行くところがない。  聖女仲間が選別にくれたお菓子を食べながら、何とか近くの町を目指して歩いていたわたしはついに行き倒れてしまったのだが、捨てる神あれば拾う神あり。わたしを拾ってご飯を与えてくださった神様のような公爵様がいた!  神殿暮らしで常識知らずの、しかも超燃費の悪いわたしを見捨てられなかった、二十一歳の若き公爵様リヒャルト・ヴァイアーライヒ様(しかも王弟殿下)は、当面の間わたしの面倒を見てくださるという。  三食もりもりのご飯におやつに…とすっかり胃袋を掴まれてしまったわたしは、なんとかしてリヒャルト様のお家の子にしてもらおうと画策する。  しかもリヒャルト様の考察では、わたしのこの燃費の悪さには理由がありそうだとのこと。  ふむふむふむ、もぐもぐもぐ……まあ理由はどうでもいいや。  とにかくわたしは、この素敵な(ごはん的に!)環境を手放したくないから、なにが何でもリヒャルト様に使える子認定してもらって、養女にしてもらいたい。願いはただそれだけなのだから!  そんなある日、リヒャルト様の元に王太子殿下の婚約者だという女性がやってくる。  え? わたしが王太子殿下の新しい婚約候補⁉  ないないない!あり得ませんから――!  どうやらわたしの、「リヒャルト様のおうちの子にしてほしい」と言う願望が、おかしな方向へ転がっていますよ⁉  わたしはただ、リヒャルト様の側で、美味しいご飯をお腹いっぱい食べたいだけなんですからねー!    

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。

三月べに
恋愛
 聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。  帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!  衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?  何故、逆ハーが出来上がったの?

捨てたのは、そちら

夏笆(なつは)
恋愛
 トルッツィ伯爵家の跡取り娘であるアダルジーザには、前世、前々世の記憶がある。  そして、その二回とも婚約者であったイラーリオ・サリーニ伯爵令息に、婚約を解消されていた。   理由は、イラーリオが、トルッツィ家よりも格上の家に婿入りを望まれたから。 「だったら、今回は最初から婚約しなければいいのよ!」  そう思い、イラーリオとの顔合わせに臨んだアダルジーザは、先手を取られ叫ばれる。 「トルッツィ伯爵令嬢。どうせ最後に捨てるのなら、最初から婚約などしないでいただきたい!」 「は?何を言っているの?サリーニ伯爵令息。捨てるのは、貴方の方じゃない!」  さて、この顔合わせ、どうなる?

処理中です...