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27話

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「あら、サラは?」

 メーリア伯爵夫人ネルが、サラを迎えに行ったはずのデードひとりで戻ってきたことに気づいて訊ねる。

「うん。託してきた」
「え?それはどういうことかしら?」

 片眉を上げて顔を寄せてきたので、耳元で先程広間で出会ったタイリユ子爵家の話をした。

「まあ、ではそれとは知らずにタイリユ子爵家の皆様はずっとサラと交流がおありでしたの?」
「そういうことだ」
「それでどうして、タイリユ様にサラをお預けに?」

 口元がウズウズするが、次から次から招待客への挨拶が続く。人が切れたところでようやく自分の考えをネルに話した。

「タイリユ子爵の嫡男はいい男だ。と、謝罪に来たときから感じていたんだ。現当主のザニ・タイリユ子爵は人が良いだけ、まわりの人間が支えているからやって来れたが、あの息子はなかなかの者だと思うぞ」

 三年前にタイリユ子爵家が謝罪に来たときはデード一人で対応したので、ネルは子爵一家が謝罪に来て大枚を置いていったというくらいしか知らない。
 デードが話すザイアは確かに真面目で頼りがいのありそうな男に聞こえるが。

「なかなかのご嫡男のようだけど、貴方そこまでそのザイア様とお付き合いございましたの?」
「慰謝料の交渉と調印で何度も話し合った!間違いない」

 熱く語るデードに、ふーんと鼻を鳴らしたネルは話半分くらいに聞いていた。

「それでどうしてザイア様にサラのエスコートを?」
「うん、てっきりとっくに結婚していると思っていたが、まだ独身なんだそうだ!」

 キラっキラっと目を輝かせるデード。
しかしその情報はネルにも興味深いものだった。

「あの事件で、ザイア殿も婚約破棄されたそうなんだ。しかしタイリユ家の息子には何の瑕疵もないだろう?確かにひどい噂に晒されていたが、本人には問題ないのだから破棄したほうがおかしいくらいだ」
「まあ、確かにそうかもしれないけれど」

 ネルの言葉を待たずに告げる。

「ザイア殿に会えば。そしてザイア殿の隣に立つサラを見ればネルにも私の言うことがきっとわかるよ。私の勘が言うんだよ、あのふたりをくっつけろと」

 デードもネルも、婚約を解消されたサラになかなかよい縁組が見つからず、当の本人は仕事が楽しいと菓子作りに夢中なので結婚は諦め始めていた。
 パティシエールとしてやっていける腕になったらしく、今日のデザートもすべてサラの作だ。結婚しなくても生きていけるとまで言うようになってしまったこの頃、よい話があればもちろんありがたい。

「でもそんな大袈裟に褒める貴方を見ると胡散臭く感じるわ」

 嗜めるように言ったネルも気になったらしく、広間を見回し始めた。



 社交界から姿を消した時、まだ少女の顔立ちだったサラは、世の中に揉まれながら成長して既にその面影はない。
 大人の貴族女性としてザイアの隣にいると、誰もそれがサラ・メーリアだと気づかず、ザイアの隣に立つ令嬢は誰だろうかと皆が小声で囁いていた。

 さて。
 タイリユ子爵家はしばらく前にバーリン準男爵に騙されたという噂にまとわりつかれたが、以前のような悪意あるものではない。
 バーリン準男爵が表沙汰にできない庶子をタイリユ子爵家の子だと騙して押し付けた挙げ句、托卵娘の醜聞を機に素知らぬ顔でタイリユ商会の取引先を奪い取ったという、どこを切り取ってみてもタイリユ子爵家が被害者で気の毒過ぎたと言う噂である。

 実は貴族裁判でタイリユ子爵家の完全勝訴が確定したあと。
 ザイアは知らなかったが、数年ぶりに元婚約者から謝罪と再婚約の話が申し入れられて、エラとゲールを激怒させていた。
 慰謝料をたんまり請求したくせに、よい婚約者が見つからなかったらしく、お互い独身同士もう一度縁組をと言ってきたのだ。
いまさらふざけるなとゲールが塩をまいて追い返し、ザイアの耳には一切入れずに終わらせていた。

 バーリン準男爵家が取り潰しとなり、その資産と商会の権利一切が賠償金と慰謝料、ソイラの養育費返還としてタイリユ子爵家に渡されて以降、ザイアへの婚姻申込みが殺到しているのだが、それもザイアには明かされていない。

 今のエラはただ、ザイアが本当に想い合った女性としあわせになることだけを望んでいるから。

 釣書を見ると、年上過ぎたり、再婚や連れ子ありなど訳ありばかり。どうせ訳ありならタイリユ子爵家の財力に目が眩んだ者ではなく、サラのように醜聞を跳ね返して己の努力のみでパティシエールになるような、本当の意味で誇り高く気概があり、信頼できる令嬢がいい。
 そう、せっかく目の前に素晴らしい令嬢がいるのだ。

 ─やっぱり彼女だわ!他には考えられない!─

 エラは、ザイアの嫁はサラだと決めて、過去の経緯いきさつがあるタイリユ子爵家からの申し入れを受けてもらうためには、何をしたらいいだろうかと考え始めていた。



 メーリア伯爵である夫デードに勧められて、広間にともにいるはずのサラとザイアを探していたネル夫人は、せっかくのパーティーなのに踊るわけでもなく佇んで話し続けるふたりを見つけると、邪魔をしないよう少し離れたところから見守ることにした。
 漏れ聞こえてくるのは、あのケーキに何の木の実をいれたとか、クリームの甘さがちょうどよいとか、サラが作ったデザートの話ばかり。しかし落ち着いた話しぶりと間に起きる笑い声にふたりの関係性が垣間見える。
 夫の勘など信じているわけではないが、二人の様子を見るからに、このふたりならめあわせるのによいのではないかと、ネルも思い始めていた。

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