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26話
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メーリア伯爵家の車寄せには続々と貴族たちが集まっていた。
今日の招待客は、普段から付き合いがある家とメーリア領に復興支援をしてくれた家のみ。それでもかなりの人数が来ているが、気心のしれた家がほとんどなので社交がひさしぶりのメーリアの人々にとってはちょうどよいリハビリのようなものでもある。
食事やドリンク、サラが用意したデザートがテーブルに並び、ダンスを楽しんだ合間に好きなタイミングで食事なども自由にできる。
ただ夜会で目一杯食事をする者はそう多くはなく、大抵は軽食とドリンク、女性がデザートを楽しむくらい。
立食しやすいように、サラはデザートすべてを通常のものよりさらに小さく、デコレーションしたクリームが口を汚さないくらいのサイズに切り揃えて食べやすくしていた。
気兼ねなく楽しみ、味わってもらえるようにと。
「サラ!招待客が集まったそうだ。始めるからお前も来なさい」
父デードに呼ばれて、家族たちが入場する一番後ろを目立たぬように少し離れてついていく。
「まあ、貴女!サラさんでは?」
誰かに呼ばれて振り返ると。
「あ!」
ザニ・タイリユ子爵とエラ夫人、ザイアがいた。
「こんにちは!いつもありがとうございます」
呆然と立ち尽くすザイアの背中を軽く叩いて、エラが挨拶を促した。
「今日の貴方はとても美しいです!」
ザイアは目を見張り、挨拶より先に彼らしくない褒め言葉を口から漏らしたが、サラは顔を赤らめてほわりと笑んだ。
「大きなパーティーのスイーツを請け負われたとおっしゃられていたので、もしかしたらこちらかなかなと思っておりましたが。私はスイーツが楽しみでなんとか来られましたよ」
小さな声でザイアが言って笑う。
その言葉でサラはザイアが気が進まぬ中を来たのだと勘づいた。
申し訳なく思いながら、家族の後を追うためにカーテシーをする。
それを見たザイアも、さすがにサラが貴族だと納得した。
サラがついてきていないことに気づいたデードが戻ってきて、サラと言葉を交わすタイリユ家に声をかける。
「おや!これはご無沙汰しておりましたな、タイリユ子爵!エラ夫人とザイア殿もよくいらしてくださった。サラは皆様と面識があったのか?」
「えっ!」
サラも、エラもザイアも、その時初めてお互いの名を知った。
「サラさ・・・まは、メーリア伯爵様のご令嬢・・でございましたか」
エラとザイアはサラの出自を知り、貴族令嬢がスイーツショップで店員をせざるを得なかった理由に思い当たる。
ソイラのせいだ・・・
エラは絶望した。
いくらザイアが彼女を好ましく思ったとしても、メーリア家からタイリユ家には来てもらえないだろうと。
せっかくよい相手が見つかったかと思ったのに、よりによって相手がメーリア伯爵令嬢で、しかもソイラが婚約解消の原因となったサラだったとは。
ザイアも。
美しい伯爵令嬢が手をあかぎれだらけにして働かねばならなかったのは、ソイラがしでかしたせいだと思うと、胸が捩れそうな痛みに苛まれた。
「タイリユ子爵家の皆様でこざいましたのね。存じ上げず今まで失礼をいたしました。改めましてサラ・メーリアと申します」
きょとんとした父に説明する。
「スイーツのお客様でいらっしゃるの。いままでお名前を伺う機会がなかったものですから」
「そうだったのか!それはありがとうございます。これはどうも貴族らしからぬところがありまして、常々自立したいのだとものすごく頑張っておりましてな。これからもどうぞよろしくお願いいたします」
デードは、ふとザイアに気づいて訊ねた。
「今日奥方はご一緒ではないのかね」
ザイアが恥ずかしそうに中途半端な笑いを浮かべて言い訳をする。
「いえ、実はまだ未婚故、一人で参りました」
「未婚?婚約者がいたと記憶しているがどうされた?」
「お恥ずかしながらあのときに破棄されまして」
エラ夫人が口を挟む。
「そうだったのですか!それは災難でしたな。新たな婚約者もまだ?そうでしたか。
結局タイリユ子爵家とあの娘とはまったく縁もなかったと聞きましたが、まあそんな薄情な婚約者はこちらから願い下げですな。
お互い被害者同士、これからもよろしくお願いいたします」
デードはサラを連れて行こうとして、ふと足を止めた。
「そうだ!実は今日は娘のエスコートを私がしているのですが、妻もおって手が足りないのです。お一人でいらしたなら、よかったらザイア殿にエスコートをお願いできませんかな」
ダメ元で軽い気持ちで言っただけ。
以前のザイアの印象がよかったので、彼が加害者家族だったことを惜しいと思っていた。
騙された子爵本人はともかく、夫人やこどもたちは完全な被害者にも関わらず、婚約を破棄されて未だにひとりでいると言うのだ。しかも既にあの娘は子爵家の者ではなかったと判明している。
何というか、これはもしかしてかなりいい出会いではないか?とデードの頭の中で閃いていた。
「そんなお父さま!タイリユ子爵家の皆様にもご都合がおありでしょう。まして普段店員として働く私をご存知の方に失礼ですわ」
サラはデードの言葉を打ち消そうとでもするかのように、手を振って空気をかき混ぜている。
「いえ、それは我が家としても願ってもないことですわ。ねえザイア!ねっ?」
絶望の淵から、デードがおろしてくれた希望の光にエラ夫人が飛びつき、そのチャンスをザイアに掴ませようとした。
「私たちメーリア一族は、タイリユ子爵家の皆様とあの娘は完全に切り離して考えております故、ご安心ください」
それを聞いたエラ夫人が、ほぅっと息を吐いて深く頭を下げた。
「ありがとうございます、心より感謝いたします」
存在感が消え去ったザニには話の展開が見えないが、エラがいつになくいきいきとメーリア伯爵と渡り合っているのでおとなしく成り行きを見守っている。
「では我が娘サラをお願いしても?」
デードはザイアの目を見て、返事を促す。
「そのお役目、喜んで承ります」
満足げに笑ったデードはサラを残し、招待客への挨拶へと向かって行った。
今日の招待客は、普段から付き合いがある家とメーリア領に復興支援をしてくれた家のみ。それでもかなりの人数が来ているが、気心のしれた家がほとんどなので社交がひさしぶりのメーリアの人々にとってはちょうどよいリハビリのようなものでもある。
食事やドリンク、サラが用意したデザートがテーブルに並び、ダンスを楽しんだ合間に好きなタイミングで食事なども自由にできる。
ただ夜会で目一杯食事をする者はそう多くはなく、大抵は軽食とドリンク、女性がデザートを楽しむくらい。
立食しやすいように、サラはデザートすべてを通常のものよりさらに小さく、デコレーションしたクリームが口を汚さないくらいのサイズに切り揃えて食べやすくしていた。
気兼ねなく楽しみ、味わってもらえるようにと。
「サラ!招待客が集まったそうだ。始めるからお前も来なさい」
父デードに呼ばれて、家族たちが入場する一番後ろを目立たぬように少し離れてついていく。
「まあ、貴女!サラさんでは?」
誰かに呼ばれて振り返ると。
「あ!」
ザニ・タイリユ子爵とエラ夫人、ザイアがいた。
「こんにちは!いつもありがとうございます」
呆然と立ち尽くすザイアの背中を軽く叩いて、エラが挨拶を促した。
「今日の貴方はとても美しいです!」
ザイアは目を見張り、挨拶より先に彼らしくない褒め言葉を口から漏らしたが、サラは顔を赤らめてほわりと笑んだ。
「大きなパーティーのスイーツを請け負われたとおっしゃられていたので、もしかしたらこちらかなかなと思っておりましたが。私はスイーツが楽しみでなんとか来られましたよ」
小さな声でザイアが言って笑う。
その言葉でサラはザイアが気が進まぬ中を来たのだと勘づいた。
申し訳なく思いながら、家族の後を追うためにカーテシーをする。
それを見たザイアも、さすがにサラが貴族だと納得した。
サラがついてきていないことに気づいたデードが戻ってきて、サラと言葉を交わすタイリユ家に声をかける。
「おや!これはご無沙汰しておりましたな、タイリユ子爵!エラ夫人とザイア殿もよくいらしてくださった。サラは皆様と面識があったのか?」
「えっ!」
サラも、エラもザイアも、その時初めてお互いの名を知った。
「サラさ・・・まは、メーリア伯爵様のご令嬢・・でございましたか」
エラとザイアはサラの出自を知り、貴族令嬢がスイーツショップで店員をせざるを得なかった理由に思い当たる。
ソイラのせいだ・・・
エラは絶望した。
いくらザイアが彼女を好ましく思ったとしても、メーリア家からタイリユ家には来てもらえないだろうと。
せっかくよい相手が見つかったかと思ったのに、よりによって相手がメーリア伯爵令嬢で、しかもソイラが婚約解消の原因となったサラだったとは。
ザイアも。
美しい伯爵令嬢が手をあかぎれだらけにして働かねばならなかったのは、ソイラがしでかしたせいだと思うと、胸が捩れそうな痛みに苛まれた。
「タイリユ子爵家の皆様でこざいましたのね。存じ上げず今まで失礼をいたしました。改めましてサラ・メーリアと申します」
きょとんとした父に説明する。
「スイーツのお客様でいらっしゃるの。いままでお名前を伺う機会がなかったものですから」
「そうだったのか!それはありがとうございます。これはどうも貴族らしからぬところがありまして、常々自立したいのだとものすごく頑張っておりましてな。これからもどうぞよろしくお願いいたします」
デードは、ふとザイアに気づいて訊ねた。
「今日奥方はご一緒ではないのかね」
ザイアが恥ずかしそうに中途半端な笑いを浮かべて言い訳をする。
「いえ、実はまだ未婚故、一人で参りました」
「未婚?婚約者がいたと記憶しているがどうされた?」
「お恥ずかしながらあのときに破棄されまして」
エラ夫人が口を挟む。
「そうだったのですか!それは災難でしたな。新たな婚約者もまだ?そうでしたか。
結局タイリユ子爵家とあの娘とはまったく縁もなかったと聞きましたが、まあそんな薄情な婚約者はこちらから願い下げですな。
お互い被害者同士、これからもよろしくお願いいたします」
デードはサラを連れて行こうとして、ふと足を止めた。
「そうだ!実は今日は娘のエスコートを私がしているのですが、妻もおって手が足りないのです。お一人でいらしたなら、よかったらザイア殿にエスコートをお願いできませんかな」
ダメ元で軽い気持ちで言っただけ。
以前のザイアの印象がよかったので、彼が加害者家族だったことを惜しいと思っていた。
騙された子爵本人はともかく、夫人やこどもたちは完全な被害者にも関わらず、婚約を破棄されて未だにひとりでいると言うのだ。しかも既にあの娘は子爵家の者ではなかったと判明している。
何というか、これはもしかしてかなりいい出会いではないか?とデードの頭の中で閃いていた。
「そんなお父さま!タイリユ子爵家の皆様にもご都合がおありでしょう。まして普段店員として働く私をご存知の方に失礼ですわ」
サラはデードの言葉を打ち消そうとでもするかのように、手を振って空気をかき混ぜている。
「いえ、それは我が家としても願ってもないことですわ。ねえザイア!ねっ?」
絶望の淵から、デードがおろしてくれた希望の光にエラ夫人が飛びつき、そのチャンスをザイアに掴ませようとした。
「私たちメーリア一族は、タイリユ子爵家の皆様とあの娘は完全に切り離して考えております故、ご安心ください」
それを聞いたエラ夫人が、ほぅっと息を吐いて深く頭を下げた。
「ありがとうございます、心より感謝いたします」
存在感が消え去ったザニには話の展開が見えないが、エラがいつになくいきいきとメーリア伯爵と渡り合っているのでおとなしく成り行きを見守っている。
「では我が娘サラをお願いしても?」
デードはザイアの目を見て、返事を促す。
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