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24話
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コンラル公国の由緒正しき貴族であるメーリア伯爵家は、数年前から数年に渡る災害の影響で領地復興のために凄まじい労力と資金を投入し、本当にようやく完全に復興したと言えるようになった。
王家は、伯爵家の独立領地ということもあり最低限の支援を続けていたが、復興完了の知らせに祝い金が交付されると連絡があり、支援や寄付をしてくれた貴族たちを呼び、夜会を開くことを決めた。
料理長はガールド、デザートはサラとメーメが担当することにして。
メーメはまだ折れた足が治りきっていないので監督だけを行い、料理人を借りて作るのだという。
「サラ、そんな無理しなくても、他の店から運ばせたっていいんだぞ?」
父デードが言うが
「とんでもない!せっかく私たちのスイーツを売り込める機会なのに、なぜ他の人に渡さなくてはなりませんの?絶対に私が作りますわ!」
頬を膨らませてぷんぷんしたサラの勢いに負け、デードが謝る羽目に陥る。
「かなりたくさんの参加があるぞ。
そういえばイーデス子爵家とタイリユ子爵家からも参加の返事が来ていたなあ」
「そうでしたわね」
伯爵夫人ネルが複雑そうな顔をする。
「イーデス様も無理せず欠席でよろしいのに」
ネルは来てほしくないのだろう。
「そういえば、タイリユ子爵家はもう大丈夫なのかしら」
「ああ、どこかの準男爵に騙されていたんだってな。あの娘はその男の子どもだったんだろう?酷い話だ」
「本当に。ただの被害者だったのですものね」
「まあしかし、タイリユ子爵はしっかり者のご嫡男に爵位を早く譲って引退したほうが良さそうだな」
嫡男は謝罪とは別に復興のための寄付をと言った、透明感のある青年だった。
あのあと商会などが逆風に晒されて大変だったらしいが、もうとっくに結婚もした頃だろうし、彼ならきっとよい領主になるだろうと思い出していた。
このところメーメの店では、毎日の営業の他にメーリア伯爵家での夜会のスイーツメニューと、準備に追われている。
「師匠!私、生クリームのデコレーションケーキをどうしても皆様にお召し上がりいただきたいのですわ」
「まあ、多少歪になったとしても、持ち運びの合間によれたとでも言えば良い。やってみなさい」
メーメの許しが出て、サラはめちゃくちゃはりきった。
店の仕事も、家での準備も。
その合間にドレスを何年ぶりかで作ってもらったのだが。
「こんなのいまさら恥ずかしくてムリ、着られないわ」
正式な夜会用のドレスを合わせてみると、普段軽装のワンピースやお仕着せを着ているせいか、その華やかさに顔を真っ赤に染めた。
「いえいえ、よくお似合いですわ!さすがサラ様です」
モニカがうんうんと首を振って褒めちぎるが
「馬子にも衣装・・・ってやつだわ、これ」
どう褒めても、自信が持てないらしい。
それもしかたないことだ。
婚約を解消して以来、三年もの間社交界には一度も顔を出していない。ひたすらパティシエールの道を邁進してきて、それでも今回限りメーリア伯爵令嬢としての役目を果たし、メーメの店を宣伝すると決めた。
「みんなが褒めてくれているのだから、素直に信じましょ!大丈夫大丈夫」
ひとりぶつぶつと呟き、自分を鼓舞する姿に兄ハルバリが笑い出した。
「だーいじょうぶだよサラ!おまえもちゃんと支度をすれば美しい伯爵令嬢だ。あ!当日は絹の手袋は絶対に外すなよ」
そう言って、その晩からサラの髪や肌の手入れをもっと重点的に行うよう侍女たちに命じていった、よく気のつく兄だった。
もともとは美しい令嬢だったサラは、数日磨き込まれただけで、あっという間にもとの美貌を取り戻していく。
しかし、ハルバリが気にしたように、水仕事をする両手だけは赤切れたまま。
どれほど手入れをしても、翌日にはまた水仕事をするのだからすぐに戻ってしまうのだ。
サラは自分の両手を掲げて隅々まで観察した。
「やはりしばらくお仕事を休まれてはいかがですか?」
モニカが言うと、驚いたような顔で振り返ったサラが
「そんなことできるわけないでしょう!パティシエールとして大切な舞台になるのよ。なんとしてもやり遂げてみせるわ!」
「でも仕事をする限り、御手は治りませんわ」
悲しそうなモニカを見て笑い出すサラ。
「そう、わかったわ!誤解しないでモニカ!私はこのあかぎれた手を誇りに思っているのよ。貴族らしくないことはわかっているけれど、私が自分が生きる道を見つけ、その努力の跡がこの手や指なの。私よく頑張ってきたわって、そう誇りに思って見ていただけなのよ」
強い意志を込めた瞳で、モニカに笑いかけるサラはやはり美しく上品でその傷んだ手は似合わない。モニカはそれが悲しかったのだが、サラの考えはまったく違っていた。
「失礼いたしました。出過ぎたことを申しました」
「謝らないで。私を心配してくれているのはよくわかっているもの。それに兄様にも言われたしね」
「ハルバリ様が何か?」
「ええ。当日はぜーったいに手袋をはずすなよ!サラ!って念を押されたわ」
ハルバリの口真似をしたサラに、思わずモニカも吹き出した。笑いが落ち着くとサラの両手にクリームをつけ、少しでもあかぎれがおさまるようにと願いを込めて丁寧にマッサージを施し、うつらうつらするサラにキルトケットを掛けて灯りを消した。
王家は、伯爵家の独立領地ということもあり最低限の支援を続けていたが、復興完了の知らせに祝い金が交付されると連絡があり、支援や寄付をしてくれた貴族たちを呼び、夜会を開くことを決めた。
料理長はガールド、デザートはサラとメーメが担当することにして。
メーメはまだ折れた足が治りきっていないので監督だけを行い、料理人を借りて作るのだという。
「サラ、そんな無理しなくても、他の店から運ばせたっていいんだぞ?」
父デードが言うが
「とんでもない!せっかく私たちのスイーツを売り込める機会なのに、なぜ他の人に渡さなくてはなりませんの?絶対に私が作りますわ!」
頬を膨らませてぷんぷんしたサラの勢いに負け、デードが謝る羽目に陥る。
「かなりたくさんの参加があるぞ。
そういえばイーデス子爵家とタイリユ子爵家からも参加の返事が来ていたなあ」
「そうでしたわね」
伯爵夫人ネルが複雑そうな顔をする。
「イーデス様も無理せず欠席でよろしいのに」
ネルは来てほしくないのだろう。
「そういえば、タイリユ子爵家はもう大丈夫なのかしら」
「ああ、どこかの準男爵に騙されていたんだってな。あの娘はその男の子どもだったんだろう?酷い話だ」
「本当に。ただの被害者だったのですものね」
「まあしかし、タイリユ子爵はしっかり者のご嫡男に爵位を早く譲って引退したほうが良さそうだな」
嫡男は謝罪とは別に復興のための寄付をと言った、透明感のある青年だった。
あのあと商会などが逆風に晒されて大変だったらしいが、もうとっくに結婚もした頃だろうし、彼ならきっとよい領主になるだろうと思い出していた。
このところメーメの店では、毎日の営業の他にメーリア伯爵家での夜会のスイーツメニューと、準備に追われている。
「師匠!私、生クリームのデコレーションケーキをどうしても皆様にお召し上がりいただきたいのですわ」
「まあ、多少歪になったとしても、持ち運びの合間によれたとでも言えば良い。やってみなさい」
メーメの許しが出て、サラはめちゃくちゃはりきった。
店の仕事も、家での準備も。
その合間にドレスを何年ぶりかで作ってもらったのだが。
「こんなのいまさら恥ずかしくてムリ、着られないわ」
正式な夜会用のドレスを合わせてみると、普段軽装のワンピースやお仕着せを着ているせいか、その華やかさに顔を真っ赤に染めた。
「いえいえ、よくお似合いですわ!さすがサラ様です」
モニカがうんうんと首を振って褒めちぎるが
「馬子にも衣装・・・ってやつだわ、これ」
どう褒めても、自信が持てないらしい。
それもしかたないことだ。
婚約を解消して以来、三年もの間社交界には一度も顔を出していない。ひたすらパティシエールの道を邁進してきて、それでも今回限りメーリア伯爵令嬢としての役目を果たし、メーメの店を宣伝すると決めた。
「みんなが褒めてくれているのだから、素直に信じましょ!大丈夫大丈夫」
ひとりぶつぶつと呟き、自分を鼓舞する姿に兄ハルバリが笑い出した。
「だーいじょうぶだよサラ!おまえもちゃんと支度をすれば美しい伯爵令嬢だ。あ!当日は絹の手袋は絶対に外すなよ」
そう言って、その晩からサラの髪や肌の手入れをもっと重点的に行うよう侍女たちに命じていった、よく気のつく兄だった。
もともとは美しい令嬢だったサラは、数日磨き込まれただけで、あっという間にもとの美貌を取り戻していく。
しかし、ハルバリが気にしたように、水仕事をする両手だけは赤切れたまま。
どれほど手入れをしても、翌日にはまた水仕事をするのだからすぐに戻ってしまうのだ。
サラは自分の両手を掲げて隅々まで観察した。
「やはりしばらくお仕事を休まれてはいかがですか?」
モニカが言うと、驚いたような顔で振り返ったサラが
「そんなことできるわけないでしょう!パティシエールとして大切な舞台になるのよ。なんとしてもやり遂げてみせるわ!」
「でも仕事をする限り、御手は治りませんわ」
悲しそうなモニカを見て笑い出すサラ。
「そう、わかったわ!誤解しないでモニカ!私はこのあかぎれた手を誇りに思っているのよ。貴族らしくないことはわかっているけれど、私が自分が生きる道を見つけ、その努力の跡がこの手や指なの。私よく頑張ってきたわって、そう誇りに思って見ていただけなのよ」
強い意志を込めた瞳で、モニカに笑いかけるサラはやはり美しく上品でその傷んだ手は似合わない。モニカはそれが悲しかったのだが、サラの考えはまったく違っていた。
「失礼いたしました。出過ぎたことを申しました」
「謝らないで。私を心配してくれているのはよくわかっているもの。それに兄様にも言われたしね」
「ハルバリ様が何か?」
「ええ。当日はぜーったいに手袋をはずすなよ!サラ!って念を押されたわ」
ハルバリの口真似をしたサラに、思わずモニカも吹き出した。笑いが落ち着くとサラの両手にクリームをつけ、少しでもあかぎれがおさまるようにと願いを込めて丁寧にマッサージを施し、うつらうつらするサラにキルトケットを掛けて灯りを消した。
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