上 下
57 / 80
第3章 

第57話 影とは

しおりを挟む
「そういえばセルは屋敷内にも姿はありません」
「どういうことだ?」
「ええ、屋敷の中で囁かれている噂では、どうも庭師の一人と駆け落ちしたようです」
「なっ!駆け落ち?ふざけるなよ、冗談だろう?」
「いえ、それが本当らしいのです。実際ソイスト家の庭師が一人急にいなくなり、書き置きもあったようです」

 トローザーは額に青筋を立てて怒っているが、影の男はため息をついただけ。
 影は影としてしか生きられない。潜入のために相手を騙して結婚し、生涯自分を偽って使命を果たすことも少なくない。
もし好きな男ができたら、逃げたくなってもおかしくないのだ。逃げ切れるかはわからないが。

 話を終えた影をソイスト侯爵家に帰らせると、トローザーは次の影を呼び出した。




 国王は三人の息子に平等な機会を与えていたが、トローザーには危うさがあると感じていた。
 母譲りの野心家だが、実力や人格は二人の兄に劣り、勤勉とも言えない。しかし不思議なほど自信を持っており、自己主張が誰よりも強い。

 国王と王妃はどの影をどの王子につけるかを相談の上で決めていた。王妃もその選別に関わっているということは、より優れた者はゴールダインとナイジェルスのそばに。
 下手に忠誠心の強い優秀すぎる者をつけるのは、トローザーには不安要素にしかならないと考え、末王子には兄王子に比べると詰めが甘く、特に探索能力に劣る者たちが選ばれていた。



「早急に兄上を見つけねば!すべてミイヤに被せて、ソイスト家もろとも葬り去ってやる計画が、兄上が見つからねば進まんぞ。こちらの手勢たちはまだ見つからないのか?」
「はい、申し訳ございません。しかし、やはりこれだけ探して見つからないということは、返り討ちに遭って殿下たちとともに川に落ち、流されたのではないでしょうか」

 ふぅっとトローザーがため息ともなんとも言いようのない息を吐き出し、影をじろりと見た。

「あの日以来同じ言葉しか聞いていない、そろそろ違う報告ができるようにしたまえ」

 一度主と決まれば、裏切ることは許されない契約を結ぶのが影である。
例え国王と王妃から与えられた影であっても、トローザーを主とする契約を結べば、その情報を元の主である国王や王妃に漏らすことはない。
そのせいか、兄の暗殺の後始末を影たちにさせていても、未だ違和感さえ感じることのない鈍感なトローザーであった。







「父上に折り入ってお話がございます」

 ゴールダイン王子が父である国王に宛てて面会を申請すると、晩餐後に私室を訪ねるよう報せが届いた。
 晩餐は一切それに触れることなく。

 指定の時間に、秘かに国王の私室をゴールダイン王子が訪ねていた。

「珍しいな、おまえがこのような」

 父の言葉を最後まで聞くこともなく、ゴールダインが手紙を差し出す。

「まずはこちらをお読みください」

 折りたたまれたそれを受け取り、開いていくと顔色が変わる。

「ゴルディ、これはいつ?書かれたことは本当なのか」
「はい、これはビブラスからソイストのサルジャンが直接受け取って、今日届けられたものです」
「ああ、無事がわかって安堵したが」
「誰が味方がわからず、相当苦労してソイスト家に繋ぎを取ったようです」
「そんな時でも間違いなく信用が置けるのがソイストか」
「はい、しかし今ソイストの中でも・・・」

 ゴールダインの小さな声は王の耳に吸い込まれていき、王は深いため息とともに苦しそうに瞳を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】痛いのも殺されるのも嫌なので逃げてもよろしいでしょうか?~稀代の悪女と呼ばれた紅の薔薇は二度目の人生で華麗に返り咲く~

黒幸
恋愛
『あなたに殺されたくないので逃げてもよろしいでしょうか?~悪妻と呼ばれた美しき薔薇は二度目の人生で華麗に返り咲く~』の改訂版となります。 大幅に加筆修正し、更新が分かりにくくなる原因となっていた闇堕ちルートがなくなります。 セラフィナ・グレンツユーバーは報われない人生の果てに殺され、一生を終えた。 悪妻と謗られた末に最後の望みも断たれ、無残にも首を切られたのだ。 「あれ? 私、死んでない……」 目が覚めるとなぜか、12歳の自分に戻っていることに気付いたセラフィナ。 己を見つめ直して、決めるのだった。 「今度は間違えたりしないわ」 本編は主人公であるセラフィナの一人称視点となっております。 たまに挿話として、挟まれる閑話のみ、別の人物による一人称または三人称視点です。 表紙イラストはイラストAC様から、お借りしています。

天使の行きつく場所を幸せになった彼女は知らない。

ぷり
恋愛
孤児院で育った茶髪茶瞳の『ミューラ』は11歳になる頃、両親が見つかった。 しかし、迎えにきた両親は、自分を見て喜ぶ様子もなく、連れて行かれた男爵家の屋敷には金髪碧眼の天使のような姉『エレナ』がいた。 エレナとミューラは赤子のときに産院で取り違えられたという。エレナは男爵家の血は一滴も入っていない赤の他人の子にも関わらず、両親に溺愛され、男爵家の跡目も彼女が継ぐという。 両親が見つかったその日から――ミューラの耐え忍ぶ日々が始まった。 ■※※R15範囲内かとは思いますが、残酷な表現や腐った男女関係の表現が有りますので苦手な方はご注意下さい。※※■ ※なろう小説で完結済です。 ※IFルートは、33話からのルート分岐で、ほぼギャグとなっております。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。

バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。 そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。 ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。 言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。 この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。 3/4 タイトルを変更しました。 旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」 3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です ※小説家になろう様にも掲載しています。

全てを諦めた令嬢の幸福

セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。 諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。 ※途中シリアスな話もあります。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...