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第1章

第29話 そろそろ死んだふり

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「いつまでこんなこと続ければいいのでしょうね」

 部屋に籠もって五日のせいか、タラがため息をつく。
 ユートリーもそろそろ死ぬ間際のふりが辛くなってきたが、本当に死んだときのあの痛みや苦しみ、深い絶望感を思い出せばミイヤへの怒りが湧き上がってきて、まだまだやれると気持ちをリセットできた。

「あと少しの辛抱よ」

 この三日、毎日この会話をくり返しているが、本当にあと少しで終わる予感がユートリーにはあった。

 あの時瞼が動かなくなっても、人の出入りで朝が来たのかくらいはわかっていた。
毒物に倒れていたら、そろそろ命の炎が消える頃なのだ。この先も一進一退が続き、事態が動かずにいたら怪しまれるに違いない。

「お父様かお兄様を呼んでくれない?」

 一度状況を確認したほうが良さそうだと、ユートリーはタラにそう頼んだ。



「トリーの具合はどうだ?」

 サルジャンがまたクローゼットの床下から姿を現す。

「サルジャン様、ユートリー様は変わりはございません、と言いたいところですが、あああっ」

 タラは泣き声を少し廊下に漏らしながら扉を閉めて、ぺろりと舌を出した。

「相変わらずだなタラ」
「いえいえ、最近は刺激がなさ過ぎて、来たる日のために、つい大袈裟なほど泣き真似を練習してしまいましたわ」

 タラの後ろで、ベッドに横たわるユートリーが手を振っている。

「お兄様」
「おい顔色が悪いじゃないか、本当に大丈夫なのか?」
「お化粧ですわ。タラが護衛騎士に頼んで、交代の時に舞台俳優の店で買ってきてもらったんです。すごいでしょう?」

 その顔は血の通わない瀕死のような色に変えられ、体を起こして笑っているのがおかしいほどだ。

「それよりお兄様、お話がありますの。もう五日経ちますが、発症してからどれくらいで儚くなるものかをマベル様に確認してください。いつまでも私が生きていたら怪しまれるかもしれませんでしょう?」
「え!そ、そこまでは考えていなかったが、しかしそれでは」
「ここまで来たら、死んだふりだってよろしいではありませんか。棺桶に入れられても、泣いたりしませんわよ私」

 サルジャンは、いや、でもそれはなどと独りぶつぶつと呟いては頭をまとめようとするが。

「お兄様、これはナイジェルス様のお命を狙う者に関わることです。私の死んだ真似くらいどうってことありませんわ!わかりましたらすぐ、お父様とマベル様とお話なさってまたお報せください。はい、行った行った!」

 優柔不断にうろうろする兄が面倒くさくなったユートリーは、タラに目配せをして兄をクローゼットの床下に放り込んだ。






 ぶつぶつと独り言ちながら思考に沈むサルジャンがジュランを従えながら、廊下をよろよろと歩いている。
 ミイヤと同じく、ユートリーに会わせてもらえず、心労からひどく痛ましい様子だと屋敷の中でも噂されているその姿を、端から目立たぬように見つめていたのはミイヤだ。

 ユートリーが高みに登るとしたら妹思いのサルジャンは一体どうなるだろう?

 ふふっと笑ったミイヤは、自分の部屋へと戻って行った。
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