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恋は迷路の中

父の謝罪

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「エザリアーっ!」

 ドスドスと廊下を駈けてくる足音に、メリとエザリアは苦笑する。

 ノックもろくにせず、開けられたドアから飛びこんできたのは言うまでもなく、シュマーを迎え入れたことを海より深く反省しているブラスである。

 メリに令嬢らしく整えられたエザリアは、居間で茶を飲んでいた。

「おかえりなさいませ、お父様。お久しぶりにございますわね」

 イヤミである。

「エ、エザリアッ!」

 ブラスはがばっと床に伏せたと思うと、「すまなかった!」と叫んで床に頭を擦りつけた。

「まあ、そんなことなさると髪の毛が抜けて、ただでさえ広い額がなお一層広がりますわよ」

 勿論イヤミである。

「・・・おまえが怒るのは当然だ。ほんっとーにっすまなかったと心より反省している」

 エザリアの冷たい目が父を舐めるように見、ツンっと横を向く。

「元の姿に戻れたからよかったですけど、そうでなければどうなさるおつもりでしたの?」

 ブラスは体中から脂汗がだらだらと流し続けている。

「う、うん・・・、勿論いくらかかろうが神殿で」

 冷たく遮り、エザリアが被せた。

「猫にされたことすらわからなかったかもしれないのに?」

「・・・・・・」

 気のせいか、ブラスの体が縮んだように見える。

「そういえば、シュマーと呪いをかけたロリンというメイドが、私を呪うだけでなく、お父様や使用人たちに魅了をかけていたそうですわね?」

 エザリアのその言葉に、ブラスは弾かれたように縋りついた。

「そ、そうなんだよっっ、魅了でっ、そのせいで逆らえなくってっ」
「へえ、そうですか。では呪われた私はともかく、同じ使用人の中でもメリたちに効果がなかったのは何故でしょうね」
「え?」

 そういえばそうなのだ。
もとからいた使用人の中でもシュマーになびいた者は、あきらかにおかしいほどシュマーに傾倒していた。
 しかし、シュマーが切り捨てた、エザリア派と呼ばれる使用人たちには魅了が効かなかったのだ。

「エザリア様、それってもしかして」

 メリが小さなペンダントを胸元から引っ張り出す。

「あ!それ」

 それはエザリアが15の誕生日を祝ってくれた父と、世話をしてくれている使用人への礼に、紋章をモチーフにオーダーで作ったお護りペンダントアミュレットだった。
 男性でもつけられるようにペンダントトップは小さくシンプルな透かし彫りになっており、男爵家の者だと身分を証明することもできるので、エザリアからプレゼントされた使用人たちは男女問わず喜んで身につけていた。

「エザリア様からお護りだからと頂いたので、皆大切に身につけておりました。お屋敷から引き離されていた間も、戻れた今も」

 とても誇らしげにメリが胸を張ると、侍従トンプソンも頷いている。

「まあ!もし本当にこれのおかげだとしたら、作ってくれた店にお礼がてら新しいアミュレットをお願いしたいわね」

 チラっと父を見ると、父は青い顔で胸元を押さえた。

「お父様はこどものプレゼントなんてと、小馬鹿にされてつけなかったのですわねーえ」

 男爵の威厳も商会長としての威厳も脂汗で流れてしまったブラスは、俯いて震えている。

 皆の運が少し良くなったらいいくらいの小さなプレゼントだったが、エザリアへの強い忠誠心のおかげもあり、なんとか魅了に対抗できたらしい。
 エザリアもアミュレットがここまで効果を発揮するとは思っていなかったとはいえ、厳しくも愛情深い父を尊敬していた分、今の父の姿には大いに失望していた。

「す、すまなかった。けっして小馬鹿にしていたわけではないのだが・・・」
「言い訳は結構ですわ。猫にされた私がどれほど心細く、どれほどお父様に助けて欲しかったことか。でもお父様は何も、そう、何一つとして私を救う役に立ってはくださいませんでしたわね。せめて有り余る財力で、セインとスミルとナレス、警護にあたってくださった騎士団や魔術師団の皆様と、に辞めさせられたというのに戻ってきてくれた、忠義に厚ーい使用人たちに、たんまりとお礼でもしてくださいませ」

 ブラスはシュマーたちが捕縛され、サリバー男爵家に仕込まれた魔法陣が撤去されるまで、サリバー領に近寄ることもできなかった。
 まったく役立たずだったのは自分でもよくわかっており、がっくりと項垂れていた。

(ちょっといじめ過ぎたかしら?でも今後また変な女と再婚なんて言い出さないようきっちりと締めておかなくてはね。それにお父様には私に膨大な借りを作ったと自覚させておきたいもの)

 悪い顔でうっすら口角を歪めるエザリアに気づくことのないブラスが、ハッと顔を上げた。

「そ、そうだ!エザリア、お詫びと言ってはなんだが!先程の新しいアミュレットペンダントは私が皆に作ってプレゼントしよう!ど、どうかな?」

 上目遣いで揉み手をする父は、いつになく卑屈に見えた。

 ここが落とし所かとエザリアは口角をあげ、立ち上がって父を見下ろす。

「そうですわね、いいと思いますわ。私のアミュレットは金細工でしたから、最低でも金以上の素材で。女性用には小さなアクアマリンを仕込んで下さいませ。使用人たちのための物と、騎士団や魔術師団の皆様のは違う意匠のほうがよろしいですわね」

 えっ?と口を開けたブラス。

「騎士団や魔術師団にもか?」
「もっちろんですわ。セインもお忘れなくお願いしますわね」

 そのくらいの出費はブラスにとり痛くも痒くもないが、エザリアがこれで許してくれるとはとても思えないと、冷たい汗が背中を伝うのを感じているブラスだった。
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