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呪われたエザリア

グルドラ最期の日 ※流血描写あり

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長めです。
■□■


 ルスト子爵令嬢グルドラ。
 兄姉は華やかな母に似ているのに、ひとりだけ、優秀と名を響かせた祖父に瓜二つ。
ルスト家の力はグルドラに、美しい容姿は兄姉に受け継がれたと陰で囁く声を何度も聞いた。

 美醜を問うなら、グルドラは醜。
しかしその優秀さは圧倒的で、周囲の者からは、あんなに優秀で顔まで美しかったら狡い!あの顔でちょうどいいのだとも囁かれていた。

 美しく綺羅びやかな第一王子アレスに出会って、その隣りに侯爵令嬢エディアがいるのを見ても、アレス相応しいのはただきれいなだけのエディアではなく、国随一優秀な自分だと思い込んだ。

 邪魔者は魔術を駆使して排除、または手懐ける。

 だから恋したアレスは魅了で手懐け、邪魔者のエディアは排除した。

 それのどこが悪い?
この世は弱肉強食だ。弱い者は淘汰されるしかないのだ。

 どんなに堅牢な拘束をされたとしても必ず逃げ出せると高を括って鼻を鳴らしたグルドラだったが。



 ロレンス・カイザール率いるムユーク王国のグルドラ包囲網は、エザリアを発端にメクリム王国の魔術師や騎士たちを巻き込んで更に強化され、とうとうグルドラがかつて想像もしなかった寸分の隙もない魔封じをされ、手も足も出なくなってしまった。

 自身の圧倒的な力に溺れていたグルドラは、今人生で初めて死の恐怖を感じていた。

 ロレンスが頷くと、魔術師がふたりで互いの魔力を絡ませながら、グルドラに封印と麻痺の魔法をかけていく。

(イヤダ!ヤメロ)

 魔法で固定され、動かすこともできない足先からビリビリと痺れが広がって、そのうちに感覚を失う。それが凄まじく不快で、グルドラは身を捩ろうとしたが、ビクともしない。
鋭さを失ってどろりとした瞳が緩慢な動きで閉じられていくと、魔術師たちは監視のため隅に置かれた椅子に腰を下ろした。

「ではあと数日だが、頼む」
「畏まりました、お任せください」
「最高の仇討となりますことを祈念しております」

 ムユーク国王が求めた調査のあと、強い希望により数家の貴族がグルドラに尋問を求め、理不尽に家族を失った真実の理由を知って怒りを深めた後、いよいよ仇討の実行日がやってきた。




 処刑場では来るべき日の準備が着々と進められている。
 貴族に科せられた、害された親族の仇を討たねばならないというムユークの法律に基づき、例え家門に遺された最後の一人が令嬢であっても一太刀は振るわねばならない。
 勿論ロレンスたち、追手を出しながらことごとく逃げられてきた被害貴族は、一太刀で済ますつもりはない。
 家族の恨みを晴らさんと、メクリムでグルドラが捕縛されて以来、指折り数えてこの日を待ち侘びていたのだから。

「やはり皆様の安全のためには、麻痺魔法で意識を失わせたままのほうがいいのではありませんか?」

 処刑場の役人たちは、禍々しい噂しかない赤髪の魔女、グルドラ・ルストを迎え入れることに戦々恐々としており、できればグルドラの意識のないままですべて終えてもらいたいと願っている。
 何しろかつては魔封じを自力で解除して脱獄したほどなのだ。その際に精神操作をされた者の中には解除後に狂ってしまったものもいたと聞く。

 役人たちは被害者遺族たちに、意識を失わせた状態での仇討を懇願したが、ロレンスたちはけっして首を縦にはしなかった。


「妹はグルドラが仕掛けた魔獣に馬車を襲われ、恐ろしい思いをしながら魔獣に命を奪われたのだ。あの女を意識のないまま楽に死なせてやるなんて、そんなこと私にはとても許せない!」


 震えるほど怒りを秘め、そう、役人たちの申し出を拒絶した。


 ロレンスと遺族の貴族たちは、グルドラをどう処刑するか2日にわたり相談を重ねた。
どう残酷にしてやろうかと考えたのだが、育ちの良い貴族たちは残念ながら凄惨な処刑を思いつくことはなく。
 せめて痛い思いを長引かせようと、皆が足から最低一太刀ずつと決めた。
 今は各家の代表者だけが集まっているが、夫人でも令嬢でも、家族の恨みを晴らしたい者なら誰もがグルドラに一太刀を浴びせることができると決めた。

 そうして何もかも異例な仇討が始められたのだ。

「皆様、お立ちください。国王陛下のお成りに御座います」

 今回特別に立会人を務める国王自身も。
 本人に罪はなかったがグルドラ・ルストのせいで、勉学に人柄に優れていた王太子を廃太子せざるを得ず、怨みが募っていた。
 だが立会人自らがやるわけには行かず、皆が自分の恨みを晴らしてくれることだけを今、心から願っていた。




「今日の仇討ちは非公開だって?なんだよ楽しみにしてたのによお」

 通常処刑場での仇討は公開されているので、稀代の魔導師の最期を見に来た男がごねている。

「申し訳ございません。本日は皆様の安全をお守りするためにそう決められましたゆえ、何卒ご理解ください」

 遺族の希望でグルドラは魔封じのみを施し、麻痺魔法や土魔法は解くために、万一を考えてのことだ。
 もちろん柱に括られた手足は固定されている。猿轡も咬ませたままだが、それでも役人たちは関係者以外の立ち入りを頑として認めなかった。

「皆の者、本日までの道程苦労であった。しかしそれも漸く終わる。晴れて本懐を遂げた暁には特別に余より報奨を与えることにした。胸を張ってそれぞれの領地、家門に帰るがよい」

 仇討前の国王の挨拶も、仇討により報奨を出すというのも異例なことだ。

 グルドラ・ルスト、赤髪の魔女はそれだけ特別な存在だった。

 遺族たちが柱の前に並ぶと、魔術師たちが麻痺魔法と、指先以外の、手足の魔法を解除していく。
猿轡は嵌めたままのため、目覚めたグルドラはうーうーと唸り声をあげたが、縄で柱に締め上げているため、体はびくとも動かない。

「それでは開始せよ」

 国王の声により、剣を持った十歳ほどの少年が前に出た。目に涙をためている。

「ゴールザ・シュミンケラ男爵が一子トルスク!父上の仇っ!」

 タタタッと駆け寄ると、縄がかけられていないグルドラの膝上を斬りつけた。
スーッと赤い液体が流れ出るが、皮膚の表面を刃が掠っただけのようだ。

「グッ」

 それでもグルドラの口元からはうめき声が漏れ、凍りつくような目線でトルスクを睨みつけたが、駆け寄ったロレンスが素早く抱き寄せ、悪意の視線から少年を守りきった。

「ソロイス・メリーラクス男爵だ!姉上の仇っ」

 次から次から、グルドラに一太刀浴びせては、すぐロレンスに回収されていく。
グルドラの両足からは既に数え切れないほどの切り傷があり、出血も激しくなってきたが、遺族たちの列はまだ続いていた。

 昼過ぎに始められた仇討も、そろそろ日が傾く頃。
最後の遺族となったロレンスが現れた。

「エディア・カイザールの兄ロレンス・カイザール。妹の仇を討たせてもらおう」

 既に胸や腹も傷だらけで息も絶え絶えのグルドラに、ロレンスは剣を振りかぶり、とどめを刺す。
猿轡の脇から吐き出された血液が流れ出し、グルドラの瞼がそろりと閉じられた。


 ─エディア、とうとうやったぞ!父上!─


 ロレンスの瞳に歪んだ夕陽が映り、その歪みはみるみる大きくなっていく。


「皆の者、見事!大儀であった」


 遠くで国王の声が響いていた。

■□■

いつもありがとうございます。
グルドラと呪いの話はここまでで、明日から二章開始です。
よろしくお願いいたします。
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