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呪われたエザリア
サリバー男爵家の客
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サリバー男爵家に、セイン・デールと名乗る魔法医薬師が訪れたのはその翌日。
「その方はエザリアお嬢様の恩人の方じゃございませんか?」
先触れもなくやって来たセインだったが、セインの名は門番から洗濯係にまで知らしめられていた。
執事が飛んできて、即座に応接へと招き入れる。
足首まで埋まるふかふかの絨毯に、森育ちのセインは恐れすら感じて、身を竦ませていた。
「お嬢様もお呼びしますが、その前に男爵様がデール様にご挨拶したいと仰られております。こちらにて少々お待ちくださいませ」
─男爵様が?─
セインも貴族出身の冒険者に知り合いがいるが、彼らはたいてい次男三男の冷や飯食いで、冒険者になって家を出たあとは平民として自立しており、当然実家の屋敷に招かれたことなど一度もない。
初めての貴族体験に緊張が隠せなかった。
コンコンとノックの音とともに扉が開けられ、黒目黒髪の壮年の男性が入って来る。
と思うといきなりセインの両手を握りしめ、額に擦り付けんばかりに頭を下げた!
「貴方がデール殿ですか!この度はエザリアを助けてくださり、心よりっ本当に本当に心より感謝申し上げます」
腰を曲げたままで顔をあげることなく、気のせいかその声は潤んでいるようだ。
「どうぞお顔をお上げください。困ったときはお互いさまですから」
平民の若者らしからぬ丁寧な言葉に、ブラスは礼節を弁えたセインに興味を持った。
勧められるままに顔を上げると、栗色の髪に温かみのあるブラウンの瞳、穏やかな表情をした青年が微笑んでいる。
「エザリア・・エザリア様も、男爵様もご無事でよかったです」
「ありがとう。エザリアに会ってやってくれ。神官がどいつもこいつも使えなくて、まだ猫のままなのだが」
神をも恐れぬ口ぶりに、セインは何故か猫の姿しか知らないエザリアと似ている気がした。
「そういえばエザリア・・さまに呪いをかけた魔導師はじきに処刑されるようなことを聞きましたが」
「え?本当に?それは知らなかった!誰の情報か教えてもらえますか?」
てっきりサリバー男爵家にも知らせていると思っていたセインは口籠る。
「あの」
「うん、大丈夫だ。商人は口が硬いから」
そう言って、あろうことか耳を差し出してきた。
「あの・・・・」
「すみませんっ!ご容赦くださいっ」
セインはブラスよりさらに口が固かった。
万一ロンメルンに迷惑がかかってはいけないと、口を閉ざしたのだ。
その様子を見てブラスはセインに好感を抱いた。
商人としては正直過ぎるきらいがあるが、森の中とはいえこの若さで後ろ盾も持たずに店を構えている魔法医薬師なんて、間違いなく金の卵である。
王都の三本指と呼ばれながら、サリバー商会は未だ魔法薬は扱っていなかった。
魔法薬を作る魔法医薬師は、私設騎士団を持つような上級貴族のお抱えが多く、そういう者はパトロンが求める量以上を作ることは少ない。
たまに作ってもギルドの要望に応えて持ち込まれるのが一般的で、商会に商品として置けるほど確保することは難しかったのだ。
ブラスの頭の中で、目の前に現れたフリーの魔法医薬師をどう取り込もうかと策が練られ始めているなどとは、純朴なセインには思いもつかなかった。
「その方はエザリアお嬢様の恩人の方じゃございませんか?」
先触れもなくやって来たセインだったが、セインの名は門番から洗濯係にまで知らしめられていた。
執事が飛んできて、即座に応接へと招き入れる。
足首まで埋まるふかふかの絨毯に、森育ちのセインは恐れすら感じて、身を竦ませていた。
「お嬢様もお呼びしますが、その前に男爵様がデール様にご挨拶したいと仰られております。こちらにて少々お待ちくださいませ」
─男爵様が?─
セインも貴族出身の冒険者に知り合いがいるが、彼らはたいてい次男三男の冷や飯食いで、冒険者になって家を出たあとは平民として自立しており、当然実家の屋敷に招かれたことなど一度もない。
初めての貴族体験に緊張が隠せなかった。
コンコンとノックの音とともに扉が開けられ、黒目黒髪の壮年の男性が入って来る。
と思うといきなりセインの両手を握りしめ、額に擦り付けんばかりに頭を下げた!
「貴方がデール殿ですか!この度はエザリアを助けてくださり、心よりっ本当に本当に心より感謝申し上げます」
腰を曲げたままで顔をあげることなく、気のせいかその声は潤んでいるようだ。
「どうぞお顔をお上げください。困ったときはお互いさまですから」
平民の若者らしからぬ丁寧な言葉に、ブラスは礼節を弁えたセインに興味を持った。
勧められるままに顔を上げると、栗色の髪に温かみのあるブラウンの瞳、穏やかな表情をした青年が微笑んでいる。
「エザリア・・エザリア様も、男爵様もご無事でよかったです」
「ありがとう。エザリアに会ってやってくれ。神官がどいつもこいつも使えなくて、まだ猫のままなのだが」
神をも恐れぬ口ぶりに、セインは何故か猫の姿しか知らないエザリアと似ている気がした。
「そういえばエザリア・・さまに呪いをかけた魔導師はじきに処刑されるようなことを聞きましたが」
「え?本当に?それは知らなかった!誰の情報か教えてもらえますか?」
てっきりサリバー男爵家にも知らせていると思っていたセインは口籠る。
「あの」
「うん、大丈夫だ。商人は口が硬いから」
そう言って、あろうことか耳を差し出してきた。
「あの・・・・」
「すみませんっ!ご容赦くださいっ」
セインはブラスよりさらに口が固かった。
万一ロンメルンに迷惑がかかってはいけないと、口を閉ざしたのだ。
その様子を見てブラスはセインに好感を抱いた。
商人としては正直過ぎるきらいがあるが、森の中とはいえこの若さで後ろ盾も持たずに店を構えている魔法医薬師なんて、間違いなく金の卵である。
王都の三本指と呼ばれながら、サリバー商会は未だ魔法薬は扱っていなかった。
魔法薬を作る魔法医薬師は、私設騎士団を持つような上級貴族のお抱えが多く、そういう者はパトロンが求める量以上を作ることは少ない。
たまに作ってもギルドの要望に応えて持ち込まれるのが一般的で、商会に商品として置けるほど確保することは難しかったのだ。
ブラスの頭の中で、目の前に現れたフリーの魔法医薬師をどう取り込もうかと策が練られ始めているなどとは、純朴なセインには思いもつかなかった。
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