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257  忘れていた!

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 さて。
 アレストの話によると虫除けは自作ができる。しかし錬金術師が作ったものを買うほうが間違いないと、肩に乗ったヌコの柔毛を撫でながらドレイファスは考えていた。


 ─まず帰り道、必ずローザリオ先生のアトリエで、ヌコたちのための虫除けと石鹸を買っていく!ついでに市場にも寄って、目新しい植物が売られていないかも見てまわろう─



 シエルドやカルルドたちに出遅れたが、植物学を極めようと動き始めたドレイファスは、分布図を作るという大きすぎる目標を見出した。
 それ以来、市場で珍しい植物があれば躊躇うことなく買い集め、また採取にも積極的に出かけている。

 今までは出かけるときは必ず馬車に乗っていたが、採取のときは護衛にメルクルかワーキュロイとトレモル。庭師であり、冒険者としてもそこそこの実力を持つモリエールかアイルムが同行し、馬で出掛けるようになった。

 授業でも乗馬があるので、生徒は全員サラバスという種類の馬を一頭、学院の厩務棟に預けている。
 サラバスは大きすぎず小さすぎず、頭がよく訓練しやすい乗りやすい馬と言われており、各貴族の騎士団もサラバス種の馬を揃えているところがほとんどだ。

 ドレイファスのサラバスは青鹿毛のメハンドール号で、その性能にも助けられてか、クラスの中で二番目にうまいと言われている。

 一番はカルルド。

 風を切るように駆け抜けるカルルドと愛馬ポーライア号の、美しい人馬一体ぶりにため息をついたドレイファスに、カルルドがこそりと秘密を打ち明けた。

「テイムしてるんだ」
「え?」

 ドレイファスも一応、ヌコ二匹を従えた駆け出しテイマーである。
 ちょっとずるい気もしたが、禁止されているわけではない。自分にもその手段が可能と知ったドレイファスは、小鼻をうれしそうにひくつかせた。

 このときドレイファスの頭に浮かんでいたのは、学院に預けているメハンドール号ではなく、今頃は屋敷の馬房で草を食んでいるだろう愛馬エンポリオ号だ。

 エンポリオ号は公爵家の騎士団が育成する、圧倒的なパワーとスタミナを誇る巨体馬スレーパスと、軽やかに素晴らしいスピードで駆ける様から、空をも統べると言われる一角馬との混血魔馬、ユニッカルスである。
 公爵家にいるかのユニッカルスの中でも、真っ直ぐな一角を持ち、艷やかな漆黒の特別に美しいエンポリオを、ドリアンは迷うことなくドレイファスに与えた。

 だがドレイファスが巨体馬を乗りこなすのは難しく、かなりの時間がかかっていた。

 心優しきドレイファスは、メハンドールもエンポリオも強く鞭打つことなどせず、言葉や鐙で指示をしていたのだが、メハンドールはともかく、エンポリオはこどものひ弱な足で鐙に力をかけてもびくともしない。
 ようするにエンポリオに馬鹿にされているのだ。
 エンポリオはずる賢く、護衛騎士たちと共に走る時は、心を入れ替えたように大人しくドレイファスの指示に従うが、護衛たちと少しでも距離が開くと自分の走りたいようにしか走らなかった。



 カルルドのアドバイスを聞いて、すぐドレイファスはエンポリオをテイムした。いや、テイムしようとしたが、エンポリオは簡単にテイムを跳ねのける。
 根気比べのように、ドレイファスはそれこそ何度もエンポリオにテイムをかけ続けたが、まったく歯が立たず、そのうち自信が無くなってきた。

 ヌコたちは一発でテイムできたのに。
 小さくひ弱なヌコたちだったからできただけか?と己を疑い、落ち込み始めた頃。

 救世主がやって来た。

「ドレイファス様、ルジーが来ましたよ」

 レイドが声をかけると弾かれたように振り向いて破顔し、手を振る。

「ルジーっ!」

 長く伸びた黒髪を束ねたルジーは片手をふわふわと振り、もう片方の手はとても大きな鳥籠をぶら下げている。
 走り寄ったドレイファスが鳥籠を覗き込むと、閉じ込められた黒鷹が金色の瞳で睨みつけた。

「これ!もしかしてケラノスホーク?」

 ドレイファスの目が煌めく。
 嵐を喚ぶと言われる魔鷹なのだ。

「アプルの周囲にかけていた網に引っかかっていて無傷で捕まえたから。ドレイファス様が欲しがるんじゃないかと思って」
「えっ!くれるの?」

 碧い目がいっそうキラキラと輝いたが。

「テイムすればいいし」

 そう言ったルジーの言葉に、金色の睫毛が揺れた。
 幼少からのドレイファスを知りつくすルジーは、僅かなその変化にすぐ気づいてしまう。

「また何か」

 全て言い終わる前に、ドレイファスが口を開いた。

「テイム出来ないんだ、いくらやっても」
「え?」
「カルディが馬をテイムしてるって聞いて、エンポリオをテイムしようとしたんだけど」
「エンポリオにテイムが効かない?」

 確認するように訊ねたルジーの言葉に、ドレイファスが深く頷くのを見て。

「エンポリオの馬房に行って確かめよう!」

 ルジーはドレイファスとレイドを促し、鳥籠をぶら下げたまま本館の厩舎へと連れ立った。
 厩舎までの道のりは、下向きになりがちのドレイファスの気持ちをそらすよう、メイベルが試作を始めた新しい種類のヴィネとチージュについて、どんな失敗があったかをやや大袈裟に面白そうに話すが。
 その反応の薄さに、けっこう凹んでるなと主の心中を慮る。
 でも原因はたいしたことではないだろう。思い当たることのあったルジーは、テイムが効かなかった理由を知ったドレイファスがどんな顔をするかと、緩みそうになる口元を引き締めた。




 本館脇に聳え立つ、その辺の弱小貴族の屋敷より立派な厩舎に着いた三人は、エンポリオの元を目指す。

 ドレイファスの気配に、馬房から顔を出していたエンポリオが振り向いた。


「相変わらず立派だな!」


 自分には一生縁のない最高のユニッカルスに、ルジーが羨望の視線を向け、ため息をこぼしていると、ドレイファスに気づいた厩務員ルマーケが駆け寄って来た。

「ドレイファス様!お出かけでいらっしゃいますか」
「いや、ちょっと見に来ただけだよ」

 会話が途切れたところで、ルジーが話しかける。

「ルマーケ久しぶりだな」

 毎日サイルズ領から馬でやって来るルジーの愛馬は、離れの厩舎に繋がれていて、ルマーケの世話になることはない。顔を合わせるのは一月ぶりではなかろうか。

 公子にとり兄のような存在のルジーとは違い、ドレイファスの前で気楽に軽口をたたくようなことはルマーケにはできない。
 ちらりと視線を交わし、気のおけない挨拶の代わりににこりと微笑んで小さく頷いて見せる。

「エンポリオ号について確認したいことがあるんだが」

 切り出したルジーに、「どういったことで?」とたずね返す。

「うん、エンポリオ号にもアミュレットを付けてると思うんだが」
「アミュレットですか?」

 やりとりを聞いたドレイファスは、アッと小さな声をもらし、早くもがっくりと肩を落とす。レイドも声こそ出さなかったが、似たような反応だ。

「エンポリオ号のアミュレットは、どんな状態異常も呪いも防御できる最っ高級のものを装着しております!」

 胸を反らせ、自慢気に宣言するルマーケがエンポリオの前髪を手で分け、額革を露わにすると、一見美しい飾りにしか見えないアミュレットが取り付けられていた。




■□■

大変長らくお待たせいたしました。
毎週はちょっと厳しめですが、月2回くらいはなんとか更新出来るように頑張ろうと・・・。相変わらずゆっくりですが、よろしくお願いいたします。
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