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78 シエルドと師匠ローザリオ・シズルス

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 貴族学院は春と秋に入学を迎える。
八歳からは春、それ以外は秋の入学だ。

 七歳になったドレイファスたちは入学に向けて、マナーや基礎知識の勉強に励んでいた。
 各家庭教師も、入学前のこの一年が大切と意気込んで前のめり気味に教えている。

 ときどきシエルドが来て一緒に勉強する。錬金術の勉強も一年ほど経ったシエルドは、いろいろな話を教えてくれるのでとても楽しみなのだ。

 ある夜のこと。
庭で刈り取った紫の花を部屋に飾ると、ドレイファスは前にも見たことのある夢を見た。
 紫の花を大きな釜で煮る、窯の蓋には透明なクダがあり、そこにけむりが吸いこまれていくのだが、なぜかクダの先にある瓶に水がたまる。
その水を、女の人が手に塗るという夢。
 花を部屋に置くたびに見る。
しかしそれを忘れて、また置いては同じ夢を見るを繰り返していた。

「ねえシエルド。夢の話しなんだけどね」
「うん」
「ほら、部屋にあった紫の花。あれを煮るんだよ」

 ん?とシエルドが片眉をあげる。

「なんかそれ、前にも聞いたことがあるかも」
「話したことあるかもしれないけど、覚えてない」

 ハハハっと碧い目を細めて罪なく笑う。

「でね。煮るときの鍋にクダがついていて、花を煮たときのけむりがそこに吸い込まれるんだ。そうするとね、なぜかクダの先にある瓶に水がたまるの。なんでだと思う?」

 シエルドは、紙に聞いたことを書き取っていく。前は夢の話はバカにしていたが、神殿契約を交わしてからはちゃんと聞くことにした。
しかし、これはただ書きとめただけ。
なんのことだかわからないが、いつかわかるようになるまでためておく。

「あとね、瓶にたまった水を、女の人が手に塗ってたの。なんでだと思う?」

(こいつ、なんでだと思う小僧だな)

 シエルドはチラッとドレイファスを馬鹿にしたが、まったく気づかないのんびりしたところが、ドレイファスの良いところでもある。

「なあ、ドル?その夢見たの二回目だろう?」
「んー、違う。何回見たか忘れちゃったけど」
「え?そんなに同じ夢を何度も見るの?」
「うん、そうなんだ。紫の花を枕元に置くたびに見てると思う」

(うそ!ドル・・・ちょっとアレかも・・・)

 シエルドは思い切りバカにした目をドレイファスに向けてしまい、いけないいけない!と気持ちを切り替える。
が、ドレイファスは気づかない。
本当にのんびりしてるなーとさらに生ぬるい目でシエルドに見られているとも気づかない。

「そんなに同じ夢を見るって、それに何か意味があるんじゃないかな?紫の花、まだ畑にあるなら少しもらっていってもいいかな?」
「じゃあ、ルジーに取ってきてもらう?」



 シエルドは、サンザルブ侯爵家の自室の隣りに錬金術の研究室を作ってもらっていた。師匠のローザリオ・シズルスが、念のために保護魔法を部屋に施してくれたが、今のところ危ないことはしていない。

 ちなみに、ローザリオは公爵家と神殿契約を交わしている。
 シエルドから意図せず伝わってしまうことがあるかもしれないから。公爵夫人マーリアルと幼馴染で旧知の仲だったこともあり、すんなりと了承したのだが。
 公爵家と神殿契約を交わしたあとに初めて知ったドレイファスの、そして公爵家の秘密に

「こんな面白いことを知らずにいたら人生の損失だった!神殿契約結んでよかったー!」

と小躍りする師匠を見たことは、シエルド一生の秘密である。


 さて、シエルド一人で紫の花を煮るか。
それとも師匠に相談してからにするか。
・・・やっぱり相談してからにしよう。
もらった花の量から、一度失敗すると二度目はは難しいだろうと思ったのだ。
 翌日、侯爵家の馬車でローザリオの元へ、花を運び込んだ。



「おお、すごい香りだな」

 師匠ローザリオが鼻を引くつかせる。

「鮮烈だ!嫌いじゃない」

 小さな紫の花に指先で触れ、指先についた匂いを嗅いでいる。

「師匠、ドルがこの花を煮る夢を何度も見ているそうなんです」

 ん?とローザリオが振り向いた。

「それは!例の夢絡みか?」

 おおー!と、とってもうれしそうな顔をする。
神殿契約をしてから、いつ来るかとずっと待っていたのだ。
 ローザリオは椅子を引いてシエルドを座らせ、それでそれでと紙にメモを取り始めた。

「鍋に管?煮ると管に煙が集まる、うん、それはわかるぞ。湯を沸かせば煙があがるからな」
「それが管を通って、管につけられた瓶に水がたまるそうなんです」

 ふむふむ言いながら、ローザリオは鍋と管の絵を描いている。

「管の先に瓶?管は鍋と瓶をどのように繋いでいるか聞いたか?」

 シエルドはハッとした。
ただ聞いて書きとめただけの自分は、そんなこと気づかなかった。

「聞いていません」

 ニヤっと。
ローザリオが珍しくニヤっとした。

「久しくマール様にも会っていないからな。公爵邸に寄らせてもらうか」

 そう独りごちると、先触れを出すように家令に伝えて、シエルドに上着を渡して着るよう促す。

「さあ、行くぞ!あー、わくわくするな」

 自分も上着を着ながら馬車へ向かうローザリオを、シエルドは追いかけて走った。

「ドレイファス様、ローザリオ・シズルス様とシエルド様がいらっしゃるそうです」

 珍しくマドゥーンが部屋にやって来た。

「シエルド?昨日来たのに」

 メイベルが着替えを用意し始めた。

「マーリアル様も面会されますので、あとでお声をかけますからお出かけなさいませんように」

 マドゥーンに念を押され「はーい」と返事をすると、すかさずメイベルに、語尾は伸ばさない!と叱られた。


「ドル!また来たよ」師匠と並んだシエルドが手を振りながら歩いてくる。
「やあ、久しぶりですね、ドレイファス様」
「はい、シズルス様。こんにちは」

 ローザリオはさっさと座り、テーブルに紙を広げた。

「ドレイファス様がご覧になった花を煮る鍋と管と瓶について教えて下さい」

 シエルドから聞いて描かれた鍋の絵を覗き込み、夢との違いを思い出す。

「んー、ここ、こう上にあがって、この辺に瓶がありました」
「鍋の蓋はどうでしたか?管以外に煙は漏れていましたか?」
「んー、蓋はぴったりしてたと思う。煙はもれてなかった」

 ローザリオの細かい質問に一生懸命に答える。

「シエルドがたくさん紫の花を持ってきたのですが、あれをもっと頂くことはできますか?」
「ヨルトラ爺に聞かないとわからないから、ルジー!」

 ルジーに頼むと、すぐ行ってきてくれた。腕にはまた抱えきれないほどの紫の花を持って。

「ヨルトラがまだあるって言ってるが、もっといるか?欲しいなら言っておくから離れに寄ってくれ」

 ローザリオは軽く笑って

「いや、さすがに足りると思うよ。ありがとう」

 そう言って受け取った花があまりに多くて、いくらいい香りと言ってもローザリオの鼻はむずむずしている。

「あの、母上には会いましたか?」
「ええ、もうご挨拶してきましたよ。ドレイファス様はマーリアル様に本当によく似ていらっしゃいますね」

 ドレイファスは母と似てると言われるのが好きだ。にっこり笑って、ありがとうございますと丁寧に礼を言った。

「ドレイファス様の夢のように瓶に水がたまったら、またお持ちしますね」
「あの、水がたまったら、手に塗ってみてください。女の人がやっていたので」

 ─おお。手につけられるのか!─

 ローザリオは、一刻も早く戻って花を煮てみたくてたまらなくなった。が、おとななので、そんなことはおくびにも出さない。

「花が萎れないうちに戻って、試してみたいと思います。それでは失礼っ!」

 出さないはずだったが、最後ちょっとだけ逸る気持ちが言葉尻に出てしまった。

「シエルド、行くぞっ」

 大股でザクザク歩くと、シエルドは走ってついていく。馬車が見えるとローザリオは走り出した。シエルドはもうダッシュでついていくしかない。はあはあ言いながら、ローザリオが扉を開けて待っていてくれる馬車に飛び乗った。

「あー、早く煮てみたい!楽しみだな、シエルド!」


 ローザリオのアトリエに戻ると、シエルドは湯を準備し始めた。ローザリオ、錬金術を用いて鍋の蓋に管を取付け、瓶に繋げる。
煙がもれないように細心の注意を払って隙間を埋めていくと、シエルドが沸かした湯を鍋に移して花を詰め込んだ。蓋をして、隙間ができないよう布で蓋と鍋の境に巻きつける。
「よし、煮続けてやる!」

 じっと炎を見つめ、弱まると薪を足す。
こうなるとローザリオは他のことは目に入らないので、シエルドは所在なさげに椅子に座って師匠を見つめている。

 ローザリオは額に汗を浮かべつつ目は一点を見ながら、手がテーブルの上をまさぐり始めた。シエルドが椅子から飛び降り、テーブルのコップを手渡すと、やっと気づいたようだ。

「あれ、シエルドまだいたのか?遅くなるぞ!帰るなら今のうちだ。それとも泊まっていくか?」

 そう言ってくれるのを待っていたのだ。

「泊めてください、師匠!」

 ローザリオはすぐ家令に言って、侯爵家の馬車へ知らせにやり、シエルドのために客間を準備させた。

「じゃあ、じっくりやるぞ!」



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