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4 調査開始

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 マトレイドがフォンブランデイル公爵の執務室のドアをノックすると、扉の厚みを感じさせる重い音が響いた。
「入れ」
声を確認して、オレンジがかった赤毛を揺らしたマトレイドが、軋む音を立てながら扉を開ける。
「御用でしょうか」
男性としては高めの声で答えるマトレイドを、公爵が手招きで近くに呼び寄せる。

「調べてもらいたいことが二つある」

 神殿で拝受したドレイファスのスキル板をマトレイドに手渡す。
「一つは、そのスキルにあるカミノメを調べたい。神殿でも調べるとは言っていたが」
マトレイドは銅板に写された魔法とスキルに目を瞠った。
「え・・・これ、ドレイファス様のですか?すごいですね・・・」
公爵は隠すこともなく、嬉しそうににんまりと笑った。
「だろう。私たちも驚いたよ。我が家の嫡男は将来が楽しみだ」
マトレイドも素直に頷いて同意した。
「ただ、その中のカミノメというのが何なのかがわからんのだ。神殿から何か言ってくるのを待っていられん。こちらでも調べるべきと思ってな。ルジーにでも手伝わせるといい」
「畏まりました」

「もう一つはたいしたことではない。大きなペリルと白くて大きくてふわっとした食べ物を探してもらいたい」
「はあっ?」
マトレイドは間抜けな声が出てしまった。
「抽象的すぎてわかりにくいとは思うが。しかし、私にもこうとしかいえないのだ。こちらは急ぐものではないから気に留めておいてくれればよい。詳しいことはドレイファスに確認するように」
「はぁっ?」

 マトレイドの一族は代々フォンブランデイル公爵家の情報調査、暗部を勤めているが、今までに聞いたこともない指示だ。暗号を解けとか宝物をさがせとか言われる方がよほど簡単な気がする。

「奥の資料室は鍵魔法がかけてあるので、使うならカイドに鍵を付与してもらえ。あと編纂係に手伝ってもらうといい。城内の図書室の閲覧が必要なら申請しておくが?」
「一応お願いします。当家と城内の記録を並行して調べるほうがよろしいかと」
「うむ、そちらは手配しておこう。頼むな」

 公爵の執務室を出るとすぐ、マトレイドが所属する情報室に向かう。
情報室部員は、領内だけでなく他領の情報収集を行う密偵や影と呼ばれる隠された護衛が主な任務だ。マトレイドも机を与えられ、外で得た情報を整理したり、報告書を書くことに使っている。扉を開けると探し人も机で作業をしていた。

「ルジー」
呼ばれたまだ若い男が小首を傾げると、癖のない長い黒髪が顔の動きに合わせてサラサラと流れていく。
なぜかいつも軽薄そうに振舞っているのだが、隠しきれていない意志の強そうな紫の瞳がこちらを見た。
「マトレイドか。なんだ?」
目上の者への言葉遣いではないが、幼少からよく知る間柄故の気安さが感じられる。
「オシゴトだ。なあ、城と屋敷のどちらがよい?」
「なんだそれ。どんな案件かを先に言え」
「カミノメって聞いたことあるか?」
「なんだそれ?初めて聞いた言葉だな。亀の一種か?」
「いーや。俺も初めて聞いた。ドレイファス様のスキルなんだが、どんなスキルかまったくわからんから調べろってことだ。城と屋敷の図書室の調べ物になりそうだな」
普段あまり表情を変えないルジーだが、胡乱気な顔をしている。
「ほんとにカミノメって言葉しかわからないのか?他にヒントは?」
「ない」

 ほんの数秒なんとも言えない空気が流れたのを無理矢理断ち切り、ルジーが明るく誤魔化した。
「まぁ、スキルの名前とわかってるだけ針の穴通すよりマシだよな」
マトレイドが肩をすくめるのを見て、ルジーは少しでもマシな方をと思ったのか、屋敷の調査を引き受けた。


 翌日。
 マトレイドは、昨日のうちにドリアンが申請し、早くも届けられた王城図書室の入室証を受取って朝から登城した。その際助手として、資料編纂室の二人のうちハルーサを連れて行くことにした。人手は多いほうがよいのだろうが、屋敷の資料室も調べねばならない。ルジーにも手が必要だから室長のカイドを残した。
王城の図書室は広い。本来なら年相応に知識豊富なカイドがよかったかもしれない。だが最近の彼は運動不足が祟り、体が重そうだ。その点ハルーサは身が軽く、目も良く機動力も高い上に重い荷物も厭わない。

(こんな地味な作業だというのに得難い助手だな)

 フォンブランデイル公爵家で機密情報を扱うだけあってマトレイドは文武両道ではあるが、事務作業やファイリングが苦手だ。そんな彼には理解できないことだが、ハルーサはそのちまちまコツコツが大好きだ。マトレイドに声をかけられたハルーサは、王城図書室へ同行と言われて小躍りした。踊りだしたところを、マトレイドは確かに見た。

高位貴族でもいちいち申請が必要な、貴重な資料がたくさん保管されている王城図書室だ。

(公爵家の資料係になれて運が良かったと思っていたが、まさか!一生縁がないと思っていた王城図書室に入れるとは!マトレイドさまさま、俺を選んでくれて感謝しますっ!)

そんな風に、ハルーサに拝まれんばかりに有り難がられているなど露ほども知らず、マトレイドは城門で二人の受付を済ませた。

 王城図書室の入室証にデートスタンプを押してもらい、首からかける。一枚で通算七回使用できるように作られていて有効期限は三ヶ月。入退室の際デートスタンプを押印する欄も七つある。
 図書室の扉を開け、インクの香りが漂う室内に収められた蔵書の量にマトレイドは圧倒され、ハルーサは興奮した。

(ドリアン様にまた入室証の申請をさせないためには、これを計七日で調査しなければならないということか?)
マトレイドは、人生で初めて目眩を経験した。
「すごい!」
ふらついているマトレイドに気づくことなく、はしゃいだハルーサだが、すぐ仕事に来たことを思い出す。

「司書にスキルについて書かれた記録のリストを作成してもらい、それを片っ端から持ってきますので二人で確認していきましょう。マトレイドさんはあちらの机でお待ちください」

 あまりの蔵書の量に、一瞬なにから手を付ければよいのかと打ちひしがれたマトレイドだったが、ハルーサのおかげで気を取り直すことができた。
(ここはハルーサのお言葉に甘えよう)

 日当たりのよい窓際の机に座る。
ふと見ると、ハルーサが一枚の紙を咥えてひらひらさせながら、うれしそうにあちこち動き回っている。
その手には何冊かの紙綴り・・・・・
どんどん増えていく・・・・・
いや、一冊づつ持ってこいよ・・・・・
マトレイドはまた目眩に襲われた。

ドン!

 ハルーサが、ニ十冊もあろうか?よく一度にこんなに持てたなと思うくらいの紙綴りを机に置いた。

「お待たせしました。見込みありそうな目を通したほうがよさそうなものからと思いまして。足りなければまた探しに行ってきますからね」
ハルーサににっこりされたが。

 この仕事は絶対に俺には向いていない・・・

 今まで仕事をより好みしたことはなかったが。いつになく暗い気持ちでハルーサに渡された綴りを開いた。一枚一枚丁寧に捲り、目を皿のようにしてカミノメと書かれたところがないかを探すが見当たらない。
張り切っているハルーサも同じようだ。
 昼近くなると、マトレイドは目がショボショボしてきて、字がだぶったり歪んでみえるようになってきた。

「何か食べないか」
 たまりかねてマトレイドが言うと、ハルーサが顔をあげ頷いた。
「王城の食堂で食べられるか聞いてみよう」
 司書に確認したところ、入室証は見せるだけで今日の出入りは城門も図書室も自由、王城の食堂でも城下でもよいとのこと。
「どうする?私が出すから気分転換に好きなものを食べよう」
「お、ありがとうございます!せっかくだから王城の食堂で食べてみたいです」
 ハルーサの言うことも一理ある。王城食堂に入れる機会など滅多にない。司書に場所を聞き、二人で何食べたいなど話しながら食堂へ向かっていった。


 その頃、公爵家の資料室ではルジーが苦しんでいた。とは言っても、蔵書の量は王城とはまったく違う。そして資料編纂を行うカイドが、資料室の蔵書内容をかなり把握していたので、マトレイドたちより遥かに恵まれていたのだが。
 こちらはスキルという言葉に限定せず、代々の当主や子息子女の神殿記録を新しい順に紐解くことから始めた。
 そして、早くも現公爵ドリアンの幼少期の神殿記録にカミノメの文言を見つけていたのだ。
七歳の神殿記録にはあったのに十歳ではカミノメが消えていた!スキルが消えるとは一体どういうことだ?ヒントを見つけたと思ったが、かえって深い迷宮に入り込んでしまった。
ドリアンの妹シロノアの記録にはカミノメはでてこなかったが、先代当主シロイドと先々代ドヴォルドの神殿記録にも七歳から十歳までカミノメがあり、十五歳では消えていた。

 ひとりひとり、フォンブランデイル公爵家の家系図を遡り、昼までに四代前まで神殿記録を見合わせることができた。
 そこまででわかったのは、嫡男に現れていること。
必ずしも七歳で現れるわけではなく、また消えるのは十五歳までのいずれからしいということ。もっと遡る必要があるだろうが、これ以上は資料室の奥の倉庫を開けなければならない。

(資料室の簡単な調べ物だと思ってたのに、なんだよこれ)

 ルジーは深いためいきをついた。
文字とおともだちのカイドは、謎解きが面白くなってきたらしく、机に積んである銅板を舐めるように読んでいる。

 コンコン!

「二人とも食事しないのか?」
ランチを食べると聞いていたのに、時間になっても食堂に降りてこない二人を心配して、配膳係のロイが様子を見に来てくれた。

「もうそんな時間か!」
カイドと顔を見合わせたルジーは、机に広げていた神殿記録の銅板を一纏めにして、食事に行こうとカイドを誘った。
「頭が混乱してる、気分転換して来よう」
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