1 / 7
来訪
しおりを挟む
都心から一駅離れた土地に広がる、静かな住宅街。
僕が勤めるIT企業が提携しているというマンション、いわゆる「社員寮」的な物件の4階に僕は住んでいる。
今日も、いつもと変わらない静かな土曜の夜だった。
ピンポーン
やけに明るい電子音が僕をハッとさせた。丁度、布団に入って寝ようとしていたところだった。
誰だよ、こんな時間に・・・
僕はうんざりしながら体を起こす。そもそも休日であるはずの土曜の夜に来訪する人間なんて碌でもない用件に決まっている。変な勧誘とか、集金とか色々。
社会人3年目になって、都会で過ごすそういう日常にはなれつつも、何か大事なものをすり減らして生きているような、そんな気がしていた。
だから多分、こんな呼び鈴の音にさえ、敏感になっているのだろう。
「はい、なんすか」
せいぜい怪しい業者だろうと思いつつ、僕はインターホン越しで来客に尋ねた。普段なら居留守を使うはずなのに、何故か今日だけは一言言ってやろうと意気込んでいた。
「あ、どうも、こんにちは」
「・・・ん?」
僕はすぐに異変に気づいた。
インターホンに映し出された画面には、一階のエントランスは映し出されていなかった。通常、僕のマンションでは一階のエントランスから任意の部屋の呼び鈴を鳴らすことができる。要は、オートロックのマンションであった。
それなのに、だ。インターホンの画面には一階のエントランスからの映像は映っていない。代わりに、
『玄関からの呼び出しです』
と、通話中を示す音波の文字たちが並んでいたのである。
「え、えーと」
「と、突然すみません。お邪魔でしたか?」
「あ、いや、その」
お邪魔というかなんというか、いや、え? どゆこと?
頭が混乱している。
「隣に越してきた浅野と言います! 何卒よろしくお願いしますッ!」
きっとインターホン越しに頭下げているのだろうという語勢で、明るい女性の声が聞こえてきた。
なるほど、だから一階のエントランスからの呼び出しじゃなかったわけか。
隣ね、なるほどなるほど・・・女性ね、なるほどなるほど・・・
「あー、よろしくお願いしますー」
「あの、突然で恐縮なんですけど」
「?」
「もし、良かったら・・・」
「もし、良かったら?」
インターホンには、なにも映っていないはずなのに、なぜか色々妄想してしまう。
なんだろう、愛の告白でもされるんだろうか、というふしだらな妄想がモクモクと過った。それはすぐさまかき消した。
こういうところが、ダメなのだ。
「一緒にお酒でも飲みませんか?」
そうそう、こういう一般時な常套句が飛んでくるに決まって・・・
「お、お酒?」
「はい、お酒です! えへへ」
「あー! お酒かぁ!」
いや「お酒?」じゃないだろ!もっと別の部分だろ!と自分にツッコミつつも、何故か照れ笑いを返してきた相手の女性にも俺は内心ツッコミを入れてしまった。
どういうテンションで隣人挨拶しにきてんの?
「夜遅くて、ちょっと寂しくなっちゃって」
「なるほどなるほど。それで」
いや、それでって言ってますけど、どれ?
俺は俺自身に問いかける。答えなどなく。
「あ、お酒代は大丈夫です! もう買ってきたので!」
「え?」
ガサガサとビニル袋が揺れる音が聞こえる。缶のぶつかり合う小気味よい音もしっかりインターホンは拾っていた。
「何がお好きかわからないですけど、色々買ってみたので一緒に飲みましょう!」
「え、いや、その、良いんですか?」
「え? 何がです?」
なんだろう、この噛み合わない感じ。あれ? 俺が男っとこと伝わってない? 部屋の標識にまじまじと
西馬 颯太
って書いてあると思うんだけど??
どう読んでも男にしかならなくないか?
「あの、僕、男ですが・・・」
「え、知ってますが・・・」
なんなんだよこの会話。自己紹介ループさせられてんのかよ。無茶苦茶恥ずかしいやつみたいになってるじゃねえか。
インターホン前で若干恥入りつつも、僕は紳士ぶって切り返す。
「えと、その、こんな時間に異性とお酒飲むのが、大丈夫かなぁ、と思ってですね」
「はい」
「あ、大丈夫な感じですか?」
「あ、ご迷惑なら勿論帰ります! ごめんなさい!」
「い、いや迷惑というかですね」
「迷惑というか?」
「心配だなぁと思いまして」
「私が、心配、ですか」
「はい」
一息置いて、インターホン越しの女性はもう一度呼び鈴を鳴らした。
「おわっ!? え?」
「心配するような女じゃないですよ、私。だから大丈夫です!」
そう元気に言い放った。
なんだろうこの謎の自信とガンガン行こうぜスタイル。消極的な俺の人生の手本にしたいくらいである。
「そんなに心配してくださるなら、一度顔でも見てください! 全然心配しなくて良いじゃん! ってなると思いますから!」
ふむ、なるほど、まあ確かにその節も一理はある訳で。
相手は40代の主婦かもしれない。はたまた超武闘派の女性かもしれない訳だ。
「わかりました、今開けますね」
「ありがとうございます♪」
もはや、理由などどうでも良かった。
面白そうだったから。
ただ、それだけだった。陰鬱な日々も苦しい家計も、ありとあらゆるしがらみから抜け出て、単純に興味が湧いてしまったのである。
ガチャリ
僕は普段開けることのない、部屋の扉をゆっくりと開けた。12月の冷え切った空気が一気に部屋に入り込む。
その先に、彼女は居た。
今思えば、こんな寒空の下で問答などしている方が余程非紳士的だったなと思った。
凍える手を自らの息で温めながら、可愛らしい茶色のマフラーに首をすっぽり埋めた女子高生が、そこに居た。
「あ」
「へ?」
吐く息は白く。
華奢な体躯に、触れれば消えてしまいそうな繊細な線。それでいて凛とした立ち姿。ショートボブの茶髪が、制服と相まって煌びやかな空気を纏う。
「それじゃ、お邪魔しますねー」
「ま、ま、ま、ま、まままま」
「わー!綺麗な部屋ー!すごーい!」
僕の脇をすり抜けて、彼女は1Rの部屋に突き進む。
僕の頭には?しか浮かんでいなかった。
「え、めちゃくちゃ可愛いJKなんだが!?」
「え? ホントですか? 照れるなぁ」
お酒持ってくる隣人がJKの世界線、そんなのあるか?
僕が勤めるIT企業が提携しているというマンション、いわゆる「社員寮」的な物件の4階に僕は住んでいる。
今日も、いつもと変わらない静かな土曜の夜だった。
ピンポーン
やけに明るい電子音が僕をハッとさせた。丁度、布団に入って寝ようとしていたところだった。
誰だよ、こんな時間に・・・
僕はうんざりしながら体を起こす。そもそも休日であるはずの土曜の夜に来訪する人間なんて碌でもない用件に決まっている。変な勧誘とか、集金とか色々。
社会人3年目になって、都会で過ごすそういう日常にはなれつつも、何か大事なものをすり減らして生きているような、そんな気がしていた。
だから多分、こんな呼び鈴の音にさえ、敏感になっているのだろう。
「はい、なんすか」
せいぜい怪しい業者だろうと思いつつ、僕はインターホン越しで来客に尋ねた。普段なら居留守を使うはずなのに、何故か今日だけは一言言ってやろうと意気込んでいた。
「あ、どうも、こんにちは」
「・・・ん?」
僕はすぐに異変に気づいた。
インターホンに映し出された画面には、一階のエントランスは映し出されていなかった。通常、僕のマンションでは一階のエントランスから任意の部屋の呼び鈴を鳴らすことができる。要は、オートロックのマンションであった。
それなのに、だ。インターホンの画面には一階のエントランスからの映像は映っていない。代わりに、
『玄関からの呼び出しです』
と、通話中を示す音波の文字たちが並んでいたのである。
「え、えーと」
「と、突然すみません。お邪魔でしたか?」
「あ、いや、その」
お邪魔というかなんというか、いや、え? どゆこと?
頭が混乱している。
「隣に越してきた浅野と言います! 何卒よろしくお願いしますッ!」
きっとインターホン越しに頭下げているのだろうという語勢で、明るい女性の声が聞こえてきた。
なるほど、だから一階のエントランスからの呼び出しじゃなかったわけか。
隣ね、なるほどなるほど・・・女性ね、なるほどなるほど・・・
「あー、よろしくお願いしますー」
「あの、突然で恐縮なんですけど」
「?」
「もし、良かったら・・・」
「もし、良かったら?」
インターホンには、なにも映っていないはずなのに、なぜか色々妄想してしまう。
なんだろう、愛の告白でもされるんだろうか、というふしだらな妄想がモクモクと過った。それはすぐさまかき消した。
こういうところが、ダメなのだ。
「一緒にお酒でも飲みませんか?」
そうそう、こういう一般時な常套句が飛んでくるに決まって・・・
「お、お酒?」
「はい、お酒です! えへへ」
「あー! お酒かぁ!」
いや「お酒?」じゃないだろ!もっと別の部分だろ!と自分にツッコミつつも、何故か照れ笑いを返してきた相手の女性にも俺は内心ツッコミを入れてしまった。
どういうテンションで隣人挨拶しにきてんの?
「夜遅くて、ちょっと寂しくなっちゃって」
「なるほどなるほど。それで」
いや、それでって言ってますけど、どれ?
俺は俺自身に問いかける。答えなどなく。
「あ、お酒代は大丈夫です! もう買ってきたので!」
「え?」
ガサガサとビニル袋が揺れる音が聞こえる。缶のぶつかり合う小気味よい音もしっかりインターホンは拾っていた。
「何がお好きかわからないですけど、色々買ってみたので一緒に飲みましょう!」
「え、いや、その、良いんですか?」
「え? 何がです?」
なんだろう、この噛み合わない感じ。あれ? 俺が男っとこと伝わってない? 部屋の標識にまじまじと
西馬 颯太
って書いてあると思うんだけど??
どう読んでも男にしかならなくないか?
「あの、僕、男ですが・・・」
「え、知ってますが・・・」
なんなんだよこの会話。自己紹介ループさせられてんのかよ。無茶苦茶恥ずかしいやつみたいになってるじゃねえか。
インターホン前で若干恥入りつつも、僕は紳士ぶって切り返す。
「えと、その、こんな時間に異性とお酒飲むのが、大丈夫かなぁ、と思ってですね」
「はい」
「あ、大丈夫な感じですか?」
「あ、ご迷惑なら勿論帰ります! ごめんなさい!」
「い、いや迷惑というかですね」
「迷惑というか?」
「心配だなぁと思いまして」
「私が、心配、ですか」
「はい」
一息置いて、インターホン越しの女性はもう一度呼び鈴を鳴らした。
「おわっ!? え?」
「心配するような女じゃないですよ、私。だから大丈夫です!」
そう元気に言い放った。
なんだろうこの謎の自信とガンガン行こうぜスタイル。消極的な俺の人生の手本にしたいくらいである。
「そんなに心配してくださるなら、一度顔でも見てください! 全然心配しなくて良いじゃん! ってなると思いますから!」
ふむ、なるほど、まあ確かにその節も一理はある訳で。
相手は40代の主婦かもしれない。はたまた超武闘派の女性かもしれない訳だ。
「わかりました、今開けますね」
「ありがとうございます♪」
もはや、理由などどうでも良かった。
面白そうだったから。
ただ、それだけだった。陰鬱な日々も苦しい家計も、ありとあらゆるしがらみから抜け出て、単純に興味が湧いてしまったのである。
ガチャリ
僕は普段開けることのない、部屋の扉をゆっくりと開けた。12月の冷え切った空気が一気に部屋に入り込む。
その先に、彼女は居た。
今思えば、こんな寒空の下で問答などしている方が余程非紳士的だったなと思った。
凍える手を自らの息で温めながら、可愛らしい茶色のマフラーに首をすっぽり埋めた女子高生が、そこに居た。
「あ」
「へ?」
吐く息は白く。
華奢な体躯に、触れれば消えてしまいそうな繊細な線。それでいて凛とした立ち姿。ショートボブの茶髪が、制服と相まって煌びやかな空気を纏う。
「それじゃ、お邪魔しますねー」
「ま、ま、ま、ま、まままま」
「わー!綺麗な部屋ー!すごーい!」
僕の脇をすり抜けて、彼女は1Rの部屋に突き進む。
僕の頭には?しか浮かんでいなかった。
「え、めちゃくちゃ可愛いJKなんだが!?」
「え? ホントですか? 照れるなぁ」
お酒持ってくる隣人がJKの世界線、そんなのあるか?
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる