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来訪

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 都心から一駅離れた土地に広がる、静かな住宅街。
 僕が勤めるIT企業が提携しているというマンション、いわゆる「社員寮」的な物件の4階に僕は住んでいる。

 今日も、いつもと変わらない静かな土曜の夜だった。

ピンポーン

 やけに明るい電子音が僕をハッとさせた。丁度、布団に入って寝ようとしていたところだった。

 誰だよ、こんな時間に・・・

 僕はうんざりしながら体を起こす。そもそも休日であるはずの土曜の夜に来訪する人間なんて碌でもない用件に決まっている。変な勧誘とか、集金とか色々。

 社会人3年目になって、都会で過ごすそういう日常にはなれつつも、何か大事なものをすり減らして生きているような、そんな気がしていた。
 だから多分、こんな呼び鈴の音にさえ、敏感になっているのだろう。

「はい、なんすか」

 せいぜい怪しい業者だろうと思いつつ、僕はインターホン越しで来客に尋ねた。普段なら居留守を使うはずなのに、何故か今日だけは一言言ってやろうと意気込んでいた。

「あ、どうも、こんにちは」

「・・・ん?」

 僕はすぐに異変に気づいた。

 インターホンに映し出された画面には、一階のエントランスは映し出されていなかった。通常、僕のマンションでは一階のエントランスから任意の部屋の呼び鈴を鳴らすことができる。要は、オートロックのマンションであった。

 それなのに、だ。インターホンの画面には一階のエントランスからの映像は映っていない。代わりに、

『玄関からの呼び出しです』

と、通話中を示す音波の文字たちが並んでいたのである。

「え、えーと」
「と、突然すみません。お邪魔でしたか?」
「あ、いや、その」

 お邪魔というかなんというか、いや、え? どゆこと?

 頭が混乱している。

「隣に越してきた浅野と言います! 何卒よろしくお願いしますッ!」

 きっとインターホン越しに頭下げているのだろうという語勢で、明るい女性の声が聞こえてきた。

 なるほど、だから一階のエントランスからの呼び出しじゃなかったわけか。

 隣ね、なるほどなるほど・・・女性ね、なるほどなるほど・・・

「あー、よろしくお願いしますー」
「あの、突然で恐縮なんですけど」
「?」
「もし、良かったら・・・」
「もし、良かったら?」

 インターホンには、なにも映っていないはずなのに、なぜか色々妄想してしまう。

 なんだろう、愛の告白でもされるんだろうか、というふしだらな妄想がモクモクと過った。それはすぐさまかき消した。

 こういうところが、ダメなのだ。

「一緒にお酒でも飲みませんか?」

 そうそう、こういう一般時な常套句が飛んでくるに決まって・・・

「お、お酒?」
「はい、お酒です! えへへ」
「あー! お酒かぁ!」

 いや「お酒?」じゃないだろ!もっと別の部分だろ!と自分にツッコミつつも、何故か照れ笑いを返してきた相手の女性にも俺は内心ツッコミを入れてしまった。

 どういうテンションで隣人挨拶しにきてんの?

「夜遅くて、ちょっと寂しくなっちゃって」
「なるほどなるほど。それで」

 いや、それでって言ってますけど、どれ?

 俺は俺自身に問いかける。答えなどなく。

「あ、お酒代は大丈夫です! もう買ってきたので!」
「え?」

 ガサガサとビニル袋が揺れる音が聞こえる。缶のぶつかり合う小気味よい音もしっかりインターホンは拾っていた。

「何がお好きかわからないですけど、色々買ってみたので一緒に飲みましょう!」
「え、いや、その、良いんですか?」
「え? 何がです?」

 なんだろう、この噛み合わない感じ。あれ? 俺が男っとこと伝わってない? 部屋の標識にまじまじと

西馬 颯太

って書いてあると思うんだけど??
どう読んでも男にしかならなくないか?

「あの、僕、男ですが・・・」
「え、知ってますが・・・」

 なんなんだよこの会話。自己紹介ループさせられてんのかよ。無茶苦茶恥ずかしいやつみたいになってるじゃねえか。

 インターホン前で若干恥入りつつも、僕は紳士ぶって切り返す。

「えと、その、こんな時間に異性とお酒飲むのが、大丈夫かなぁ、と思ってですね」
「はい」
「あ、大丈夫な感じですか?」
「あ、ご迷惑なら勿論帰ります! ごめんなさい!」

「い、いや迷惑というかですね」
「迷惑というか?」
「心配だなぁと思いまして」
「私が、心配、ですか」
「はい」

 一息置いて、インターホン越しの女性はもう一度呼び鈴を鳴らした。

「おわっ!? え?」

「心配するような女じゃないですよ、私。だから大丈夫です!」

 そう元気に言い放った。

 なんだろうこの謎の自信とガンガン行こうぜスタイル。消極的な俺の人生の手本にしたいくらいである。

「そんなに心配してくださるなら、一度顔でも見てください! 全然心配しなくて良いじゃん! ってなると思いますから!」

 ふむ、なるほど、まあ確かにその節も一理はある訳で。
 相手は40代の主婦かもしれない。はたまた超武闘派の女性かもしれない訳だ。

「わかりました、今開けますね」
「ありがとうございます♪」

 もはや、理由などどうでも良かった。
 面白そうだったから。
 ただ、それだけだった。陰鬱な日々も苦しい家計も、ありとあらゆるしがらみから抜け出て、単純に興味が湧いてしまったのである。

ガチャリ

 僕は普段開けることのない、部屋の扉をゆっくりと開けた。12月の冷え切った空気が一気に部屋に入り込む。

 その先に、彼女は居た。
 今思えば、こんな寒空の下で問答などしている方が余程非紳士的だったなと思った。

 凍える手を自らの息で温めながら、可愛らしい茶色のマフラーに首をすっぽり埋めた女子高生が、そこに居た。

「あ」
「へ?」

 吐く息は白く。
 華奢な体躯に、触れれば消えてしまいそうな繊細な線。それでいて凛とした立ち姿。ショートボブの茶髪が、制服と相まって煌びやかな空気を纏う。

「それじゃ、お邪魔しますねー」
「ま、ま、ま、ま、まままま」
「わー!綺麗な部屋ー!すごーい!」

 僕の脇をすり抜けて、彼女は1Rの部屋に突き進む。

 僕の頭には?しか浮かんでいなかった。

「え、めちゃくちゃ可愛いJKなんだが!?」

「え? ホントですか? 照れるなぁ」

 お酒持ってくる隣人がJKの世界線、そんなのあるか?

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