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亡失の過去
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「悠人には、これが似合うんじゃないかな?」
麗華はそう言いながら、俺の体にハンガーにかかったままの茶色いジャンパーを添わせる。こじんまりとしたお洒落な服屋に二人で行くのは、俺と麗華のお決まりのデートプランだった。街の至る所にある服屋に、特に目的もなく向かい、特に目的もなくウィンドウショッピングを楽しむ。そんな当たり前のような平坦な日々が俺にとってはどうしようも無く大切な、かけがえのない日々だった。
「悪くないな、これ」
「でしょ? 私の目にかかれば悠人に似合う物は全部分かっちゃうんだから」
「何が似合うかなんて、俺自身も分かんないのに、よく分かるな」
不思議そうに首を傾げる俺に麗華はニコニコしながら答える。また別のジャンパーを取って、俺の体に添わせ、首を捻りながら。
「うーん、案外そういうのって自分自身じゃわかんないもんだよ。何が似合うかとか、自分はどんなかなんて考えれば考えるほど深みにハマっちゃうしね」
そう言って、「私なんて何着ても似合ってるように見えちゃうから全部欲しくなっちゃって困っちゃう」と笑った。
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんなのです。ほら、そんなこと言ってないで2階もいってみよ」
ぐっと俺の手を引っ張って、麗華は二階のレディースのフロア行きの階段を駆け上がる。真冬の寒さから身を守るために羽織っているブラウンのコートが、俺にはただの防寒具にしか見えない。しかし、彼女が、麗華が羽織っているベージュのコートだけは確かにそこに美しさと艶やかさを内包している、魅力的なファッションだと認識できた。明確な美しさと愛しさを俺は彼女に感じていた。
「悠人はさぁ、私にプレゼントして欲しいものとかないの?」
何も欲しがらない俺に、彼女はいつもそう言っていた。
「まあ、欲しいものが今のとこないからな」
「え、なにそれ、もしかして私がいれば十分ってこと?」
ニヤニヤしながら上目遣いでこちらをみる麗華が、どうしようもなく、愛おしかった。
「うるさい、物欲がないだけだ」
「え~、つまんないなあ~」
俺は恥ずかしさから彼女への愛をはっきりと口にしたことはほとんどなかった。いや、本当はあったのかも知れないが、もはやその記憶すら俺は何処かへ埋めてしまった。
麗華と出会ったのは刑事として働き出した24歳の時。当時住んでいたアパートの隣人で、しょうもないきっかけから俺たちの関係はスタートした。いつからかご飯に行くような関係になり、いつからかデートにも似た何かをするようになり、いつからか自然と共に時間を過ごすようになっていった。
俺たちの関係は確かに恋人同士と呼べるものだったと思う。ただ、そこに明確な言葉や形はなかった。
付き合おうの言葉も、互いになかった。
彼女は俺に、
「私、佐竹さんのことが好きみたい、なんて言ったらどうします?」
とだけ言った。俺はそれにありがとうとだけ返し、同じような言葉は返せなかった。ただ、
「これからも一緒に何か出来ると、自分も嬉しいです」
なんて、ダサい言葉を返した。そんな時も彼女は優しく微笑んでくれていた。
俺たちの関係は三年近く続いた。いつからか敬語の関係では無くなって、互いの生活に互いが浸透していって、同じ部屋で、同じ時間を過ごすようになっていった。
じわりじわりと、二人の距離が近づいて、いつかは家族になるのだろう、とぼんやりそう思っていた。曖昧な日々に、確かな充足感を覚えていた。
結婚、その2文字が自然と浮かび上がり、いつの間にか現実になる。そんな気がしていた。
だが、生憎現実は違った。あまりにも残酷だった。理想など、夢や希望など存在する余地もないほどに、絶望的に残酷だった。
麗華はそう言いながら、俺の体にハンガーにかかったままの茶色いジャンパーを添わせる。こじんまりとしたお洒落な服屋に二人で行くのは、俺と麗華のお決まりのデートプランだった。街の至る所にある服屋に、特に目的もなく向かい、特に目的もなくウィンドウショッピングを楽しむ。そんな当たり前のような平坦な日々が俺にとってはどうしようも無く大切な、かけがえのない日々だった。
「悪くないな、これ」
「でしょ? 私の目にかかれば悠人に似合う物は全部分かっちゃうんだから」
「何が似合うかなんて、俺自身も分かんないのに、よく分かるな」
不思議そうに首を傾げる俺に麗華はニコニコしながら答える。また別のジャンパーを取って、俺の体に添わせ、首を捻りながら。
「うーん、案外そういうのって自分自身じゃわかんないもんだよ。何が似合うかとか、自分はどんなかなんて考えれば考えるほど深みにハマっちゃうしね」
そう言って、「私なんて何着ても似合ってるように見えちゃうから全部欲しくなっちゃって困っちゃう」と笑った。
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんなのです。ほら、そんなこと言ってないで2階もいってみよ」
ぐっと俺の手を引っ張って、麗華は二階のレディースのフロア行きの階段を駆け上がる。真冬の寒さから身を守るために羽織っているブラウンのコートが、俺にはただの防寒具にしか見えない。しかし、彼女が、麗華が羽織っているベージュのコートだけは確かにそこに美しさと艶やかさを内包している、魅力的なファッションだと認識できた。明確な美しさと愛しさを俺は彼女に感じていた。
「悠人はさぁ、私にプレゼントして欲しいものとかないの?」
何も欲しがらない俺に、彼女はいつもそう言っていた。
「まあ、欲しいものが今のとこないからな」
「え、なにそれ、もしかして私がいれば十分ってこと?」
ニヤニヤしながら上目遣いでこちらをみる麗華が、どうしようもなく、愛おしかった。
「うるさい、物欲がないだけだ」
「え~、つまんないなあ~」
俺は恥ずかしさから彼女への愛をはっきりと口にしたことはほとんどなかった。いや、本当はあったのかも知れないが、もはやその記憶すら俺は何処かへ埋めてしまった。
麗華と出会ったのは刑事として働き出した24歳の時。当時住んでいたアパートの隣人で、しょうもないきっかけから俺たちの関係はスタートした。いつからかご飯に行くような関係になり、いつからかデートにも似た何かをするようになり、いつからか自然と共に時間を過ごすようになっていった。
俺たちの関係は確かに恋人同士と呼べるものだったと思う。ただ、そこに明確な言葉や形はなかった。
付き合おうの言葉も、互いになかった。
彼女は俺に、
「私、佐竹さんのことが好きみたい、なんて言ったらどうします?」
とだけ言った。俺はそれにありがとうとだけ返し、同じような言葉は返せなかった。ただ、
「これからも一緒に何か出来ると、自分も嬉しいです」
なんて、ダサい言葉を返した。そんな時も彼女は優しく微笑んでくれていた。
俺たちの関係は三年近く続いた。いつからか敬語の関係では無くなって、互いの生活に互いが浸透していって、同じ部屋で、同じ時間を過ごすようになっていった。
じわりじわりと、二人の距離が近づいて、いつかは家族になるのだろう、とぼんやりそう思っていた。曖昧な日々に、確かな充足感を覚えていた。
結婚、その2文字が自然と浮かび上がり、いつの間にか現実になる。そんな気がしていた。
だが、生憎現実は違った。あまりにも残酷だった。理想など、夢や希望など存在する余地もないほどに、絶望的に残酷だった。
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