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猫の書

捨て忘れ3

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「伊知郎。子猫いるだろ?」


教室が始まる前よりも、いささか断定的に聞いてきたのは、頬に墨をつけた心太だ。
習字教室が終わり、続々と子どもたちが帰っていく中、ずいぶんのろのろと帰り仕度をしているなと思えば。

子どもらしからぬ賢しさも身に着けているのかと、伊知郎は内心感心する。


「な? 子猫、ほしいよな?」

「ええと……心太くんちの猫が、子どもを産んだのか?」

「いや、うちの猫じゃないんだけど、うちに入り浸ってた猫っていうか」

「うん? 野良猫ってこと?」

「そう、野良。だけどうちの庭で子ども産んだあと、どっか行っちゃって、親なしなんだよ。三匹いるんだけど、一匹どう? 猫きらい?」

「俺はわりと小さい動物好きだよ。でもなあ……」


弟の伊足がアレルギー持ちなのだ。
触らなくても、同じ空間にいるだけでくしゃみが止まらなくなる。


「残念だけど、うちはムリだな」

「そっかぁ……。まあ、俺もほんとは、三匹を離すのはかわいそうだなって思ってるんだ。でもかーちゃんは、野良猫は大きくなればみんな独り立ちしてバラバラになるから大丈夫だって言うんだよ」

「確かになあ。猫ってあんまり群れるイメージはないよな。でも心太くんの気持ちもわかる。できれば兄弟一緒に引き取ってもらえる人がいればいいよなあ」

「そうなんだよ。伊知郎は話のわかるやつだな!」


どうにも年上だと思われていないような扱いだが、心を開いてくれるのならそれはそれで嬉しい。
威厳というものからは程遠いが、そういうキャラではないということなんだろう。


「何の話です?」


生徒を見送りを終えた悠山が話しにくわわってきた。
心太の顔を見て、ウェットティッシュを取り出し、頬をぬぐってやる。

心太は少し恥ずかしそうにしながら「先生は猫好き?」とアプローチを始めた。


「猫ですか?」

「子猫の貰い手を探してるそうです」

「すっごく可愛いよ! 先生、一匹飼わない? 三匹まとめてでもいいよ」

「子猫ねぇ。猫は嫌いじゃないですが、家が開放的すぎて、猫の飼育には向かないんですよ」


確かにあのボロ……古民家は、縁側が広く猫の脱走は免れないだろう。
最近は猫の放し飼いは近所迷惑になるという考えが広まっているらしいので、完全室内飼いのできない紫倉邸に猫を迎えるのは厳しい。

あからさまにがっかりした心太に、伊知郎はなんとなく心苦しくなる。


「あー……じゃあ、猫飼える奴がいないか、知り合いに聞いてみるよ」

「……ほんと? 絶対?」

「ああ。見つかるかわかんないけど、近所とか、学校の友だちとか、色々さ」


悠山が安請け合いして大丈夫か、という目で見てきたが、探すのに協力するくらいはいいだろう。


「……仕方ないですね。あたしも協力しましょう」


ため息混じりで悠山が言うと、心太は目をきらきらさせて喜んだ。
失望させないよう、飼い主探しに気合を入れなければ。


「心太くん。その子猫の画像とかあるか?」

「画像? 俺、スマホ持ってないよ。伊知郎がうちに写真撮りにくればいいじゃん」

「え? いいの?」

「いいわけないでしょう。あたしがまず心太くんのご家族に連絡をとって、お伺いしていいか確認してからです」


雇用主にぴしゃりと言われ、伊知郎は「ですよね」と頭をかいた。

心太は「別にカクニンとかいいのに」と文句を言うが、顔は嬉しそうに綻んでいる。
素直ではないが、素直だ。

やはり子どもは可愛いな、と思いつつ、でもうちの朔がいちばんだけどなと親バカよろしくひとりにやける伊知郎だった。


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