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林の中を歩くという事は、道なき道をひたすら突き進むという事だったが、木々はそれほど密生しておらず、程よく隙間が出来ているので、行く先も見通せるし、歩くのにそれほど困るという事もなかった。そして丘を登り続けて1時間も過ぎた頃・・・。
彼らは急に開けた場所に出た。
目の前にはちんまりと畑と田んぼが広がっており、その先には日本式家屋が一軒、ぽつんと立っていた。何処からか、犬の吠える声がする・・・。
そうしてさらに目を横に逸らしてみると、そこには木造の赤い鳥居が立っており・・・。
「―神社だ。神社がある。」
イアンは胸を打たれた様子で言った。するとその時、鳥居の中から人影らしきものが姿を現して、作業着姿の男性がずんずんと、棒立ち状態の3人の目の前までやって来ると、彼らに問い掛けた。
「どちら様ですか?」
イアンはハッと我に返って、その男性に問うた。
「この神社の神主の方ですか?この青島に1人で住んでいるという・・・。」
相手は淡々と答えた。
「はい、そうです。初めて見る方達ですね。もしかすると私に、何か用でも?」
「ええ。あの・・・、もし宜しければあなたに、少しお話を伺いたいのですが。」
「ええ、いいですよ。そういう事なら本堂でお話しましょうか。どうぞ、こちらへ。」
そう言うと神主は先立って、神社の本堂に向かって歩き始めた。イアン達はもちろん、その後に続いた。
神主の他には誰も人がいないという、寂れきった神社にあるとは思えないほど立派な、木造の神様が本堂の中央に安置されていて、イアン達はその像の目の前に座り、神様を見つめながら神主が来るのを待っていた。すると彼はお茶の入った茶碗をお盆に乗せて、いそいそと彼らの前に持ってきてから、1人ずつに丁寧な所作で配り終えると、少し弾んだ様子で言った。
「いやいや、久し振りのお客様ですねえ。青島に私がいる事なんてもう、世間からすっかり忘れ去られていると思っていましたが。
それで、どんなお話でしょう。あなた達が私に、お聞きになりたい事とは?」
イアンは神主が自分と対座して、腰を落ち着けたことを確認した後、話を切り出したのだった。
「あなたは、・・・焦人と言うお坊さんについて、何か知っていますか?」
「―いえ、全く知りません。」
イアンとケイトは顔を見合わせた。そしてさらにイアンは訊ねた。
「では、“千年の扉”については、何か知りませんか?それはどんなに些細な事でも、構わないのですが。」
「いえ、残念ながらその事も、全く知りませんね。今日初めて耳にした言葉ですけれども。」
神主のその返答を聞いて、イアン達は正直がっくりといった表情を浮かべた。3人の揃いも揃って落ち込んだ様子を見た神主は、可哀相と思ったのか、彼らに向かって救いの手を差し伸べるように、語り始めた。
「・・・日本という国は、古来から様々な場所、それは時に道だったり、橋だったりするわけですが、そういう所に、『世界の境界』を見出してきました。」
3人は神主の話に頷いてみせると、彼はさらに話を続けた。
「そしてここ、青島も、昔からその境界の場所の1つとして、捉えられてきました。
・・・人間の世界と、別世界との境目であると、昔の人々は考えていたのです。
彼らにとって青島は、当時では交通の要所として、大切な場所でもありました。そしてどうか船が海で迷わないように、異世界に迷い込んだりすることのないようにと、この島に神様を祭って祈りを捧げたのです。
そう、この神社で、我々神に仕える者は代々、その境界を見守る番人としての役目を果たしてきました。それが今でも私がただ1人、この青島で務めを果たし続けている理由でもあるのですよ。」
イアンは神主の話を聞きながら、深く何度も頷いていたが、ふと思いついたように、こんな疑問を投げかけた。
「神主さん、この神社に・・・、誰かが異世界に行ったという何らかの記録は、残っていませんか?」
「ああ、はい。それなら実は、沢山ここに残っていますよ。ただしそれはあくまでも伝承、あるいはおとぎ話という形をとって、我々に言い伝えられたものですが。」
イアンは目を鋭く光らせて、訊ねた。
「その伝承とは・・・、どういった内容ですか?」
「そうですね、例えば大昔のこと、この青島を通じて異世界との交流があったと伝えられていますよ。何でもその頃は、ここから異世界に旅立った人も、それなりにいたとかいないとか。」
「神主さん、僕らの本当の目的についてお話します。
・・・僕らは実は、今まさにその異世界に、行こうとしているのです、それもできるだけ急いで。あなたは何か、異世界に通じる扉のようなもの・・・、いえ、この島に存在する井戸のようなものを知りませんか?」
神主はちょっと考える様子をしてから、言った。
「―異世界に通じる扉とな?
それはちょっと私には分かりかねますが、ああ、でも、井戸だったらひとつ思い当たる場所があります。
この丘の頂から少し降りた所に、今ではすっかり水の枯れた、井戸の遺跡らしきものが確かにありますよ。」
すると3人はそれぞれにまじまじと目を見開いて、それからイアンは興奮のために震える心を押さえ込んで、言った。
「・・・。神主さん。
どうかこれから僕達を、その井戸まで案内して下さい!あとそれから、井戸の底まで辿り着く事が出来るくらいの、長いロープもお借りしたいんです。」
「・・・おや?
その井戸とやらに何かあるのでしょうか?
まぁ、いいでしょう。分かりました。ではこれから私がロープの準備をしますから、それからあなた達をその遺跡まで、案内する事にしましょう。」
「ありがとうございます!」
3人は声をユニゾンにして、ばさっとお辞儀をし、神主に深くお礼を言った。神主は笑顔を浮かべて言った。
「おやおや、そんなに畏まらなくてもいいですよ。では、今ロープを探してきますから、それまでちょっとお待ちください。」
そう言って彼は本堂の奥へと引っ込んでいった。
彼らは急に開けた場所に出た。
目の前にはちんまりと畑と田んぼが広がっており、その先には日本式家屋が一軒、ぽつんと立っていた。何処からか、犬の吠える声がする・・・。
そうしてさらに目を横に逸らしてみると、そこには木造の赤い鳥居が立っており・・・。
「―神社だ。神社がある。」
イアンは胸を打たれた様子で言った。するとその時、鳥居の中から人影らしきものが姿を現して、作業着姿の男性がずんずんと、棒立ち状態の3人の目の前までやって来ると、彼らに問い掛けた。
「どちら様ですか?」
イアンはハッと我に返って、その男性に問うた。
「この神社の神主の方ですか?この青島に1人で住んでいるという・・・。」
相手は淡々と答えた。
「はい、そうです。初めて見る方達ですね。もしかすると私に、何か用でも?」
「ええ。あの・・・、もし宜しければあなたに、少しお話を伺いたいのですが。」
「ええ、いいですよ。そういう事なら本堂でお話しましょうか。どうぞ、こちらへ。」
そう言うと神主は先立って、神社の本堂に向かって歩き始めた。イアン達はもちろん、その後に続いた。
神主の他には誰も人がいないという、寂れきった神社にあるとは思えないほど立派な、木造の神様が本堂の中央に安置されていて、イアン達はその像の目の前に座り、神様を見つめながら神主が来るのを待っていた。すると彼はお茶の入った茶碗をお盆に乗せて、いそいそと彼らの前に持ってきてから、1人ずつに丁寧な所作で配り終えると、少し弾んだ様子で言った。
「いやいや、久し振りのお客様ですねえ。青島に私がいる事なんてもう、世間からすっかり忘れ去られていると思っていましたが。
それで、どんなお話でしょう。あなた達が私に、お聞きになりたい事とは?」
イアンは神主が自分と対座して、腰を落ち着けたことを確認した後、話を切り出したのだった。
「あなたは、・・・焦人と言うお坊さんについて、何か知っていますか?」
「―いえ、全く知りません。」
イアンとケイトは顔を見合わせた。そしてさらにイアンは訊ねた。
「では、“千年の扉”については、何か知りませんか?それはどんなに些細な事でも、構わないのですが。」
「いえ、残念ながらその事も、全く知りませんね。今日初めて耳にした言葉ですけれども。」
神主のその返答を聞いて、イアン達は正直がっくりといった表情を浮かべた。3人の揃いも揃って落ち込んだ様子を見た神主は、可哀相と思ったのか、彼らに向かって救いの手を差し伸べるように、語り始めた。
「・・・日本という国は、古来から様々な場所、それは時に道だったり、橋だったりするわけですが、そういう所に、『世界の境界』を見出してきました。」
3人は神主の話に頷いてみせると、彼はさらに話を続けた。
「そしてここ、青島も、昔からその境界の場所の1つとして、捉えられてきました。
・・・人間の世界と、別世界との境目であると、昔の人々は考えていたのです。
彼らにとって青島は、当時では交通の要所として、大切な場所でもありました。そしてどうか船が海で迷わないように、異世界に迷い込んだりすることのないようにと、この島に神様を祭って祈りを捧げたのです。
そう、この神社で、我々神に仕える者は代々、その境界を見守る番人としての役目を果たしてきました。それが今でも私がただ1人、この青島で務めを果たし続けている理由でもあるのですよ。」
イアンは神主の話を聞きながら、深く何度も頷いていたが、ふと思いついたように、こんな疑問を投げかけた。
「神主さん、この神社に・・・、誰かが異世界に行ったという何らかの記録は、残っていませんか?」
「ああ、はい。それなら実は、沢山ここに残っていますよ。ただしそれはあくまでも伝承、あるいはおとぎ話という形をとって、我々に言い伝えられたものですが。」
イアンは目を鋭く光らせて、訊ねた。
「その伝承とは・・・、どういった内容ですか?」
「そうですね、例えば大昔のこと、この青島を通じて異世界との交流があったと伝えられていますよ。何でもその頃は、ここから異世界に旅立った人も、それなりにいたとかいないとか。」
「神主さん、僕らの本当の目的についてお話します。
・・・僕らは実は、今まさにその異世界に、行こうとしているのです、それもできるだけ急いで。あなたは何か、異世界に通じる扉のようなもの・・・、いえ、この島に存在する井戸のようなものを知りませんか?」
神主はちょっと考える様子をしてから、言った。
「―異世界に通じる扉とな?
それはちょっと私には分かりかねますが、ああ、でも、井戸だったらひとつ思い当たる場所があります。
この丘の頂から少し降りた所に、今ではすっかり水の枯れた、井戸の遺跡らしきものが確かにありますよ。」
すると3人はそれぞれにまじまじと目を見開いて、それからイアンは興奮のために震える心を押さえ込んで、言った。
「・・・。神主さん。
どうかこれから僕達を、その井戸まで案内して下さい!あとそれから、井戸の底まで辿り着く事が出来るくらいの、長いロープもお借りしたいんです。」
「・・・おや?
その井戸とやらに何かあるのでしょうか?
まぁ、いいでしょう。分かりました。ではこれから私がロープの準備をしますから、それからあなた達をその遺跡まで、案内する事にしましょう。」
「ありがとうございます!」
3人は声をユニゾンにして、ばさっとお辞儀をし、神主に深くお礼を言った。神主は笑顔を浮かべて言った。
「おやおや、そんなに畏まらなくてもいいですよ。では、今ロープを探してきますから、それまでちょっとお待ちください。」
そう言って彼は本堂の奥へと引っ込んでいった。
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