ABC

桃青

文字の大きさ
上 下
59 / 67

58.『白井タクヤ』

しおりを挟む
 我に返ると、そこは白井の家だった。私はしゃがみ込んで泣きながら、何かを遮るように、両手で頭を抱えていた。ゆっくりと立ち上がると、目の前では白井が立ち、ポカンとして、彫像のように固まっている。涙を拭って、雄大君の姿を探そうとした時、白井がゆっくりと首を動かし、私を見て言った。
「何をした、お前? 」
「え」
「未来が見えない。過去も見えない。操れない。オーラも、気も、流れも、今の僕には見ることができない」
「私が完全に調和させたの、あなたを」
「……そうやって、俺の能力を消したのか? 」
「多分そういうことになると思う」
「ふざけるな! この野郎! 」
 そう叫ぶと、白井は私に飛びかかろうとした。殴られる、そう思って身をすくめた直後、雄大君が白井の両手を掴んで、動きを封じてくれた。白井は私に向かって、まるで吠えるように叫び続けた。
「俺のやろうとしたことを! 」
「俺の人生の課題を! 」
『おまえは潰した、消し去ったんだ! 』
「やるべきことが、できなくなってしまった! 」
「全部、全部! 」
「何もかもが、おまえのせいだ! 」
「殺してやる、お前を……、殺してやる」
「俺は、もう―」
 そう言って言葉に詰まり、うなだれる白井に、私は静かに告げた。
「今、あなたが見ている世界、それが普通の、本当にあるべき世界よ」
「今見えているものが、これからのあなたにとっての現実。そして真実」
「本当の私とあなたの人生は、これから」
「やっと、正しく始まったの」
 白井は暴れるのを止め、無気力になって、凍った目で私を見続けた。いや、私を見ているわけではなく、新たな自分に焦点を合わせ、必死に探り続けているように見えた。彼は雄大君の手を振りほどくと、私達に背中を向け、呟いた。
「一人にしてくれ」
「どうか、僕を、一人にしてほしい」
 そう言って立ち尽くす白井は、幼い子供のように心もとなかったが、雄大君は軽く私の肩を叩いて言った。
「行きましょう、水希さん」
「……うん」
 私達は空虚な白井の城だった家を後にし、玄関を出て、門を出て外へと出た。ふと振り返っても、もう彼の姿を見ることはできない。おそらく二度と彼と会うことはないだろう。私はそう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

処理中です...