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桃青

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5.訪問

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 それから雄大君がパーカーについて熱く語り、私がシールについて熱弁を展開している所で、目的の家に着いた私達は、気を取り直して車から降り、集合住宅の一室の玄関のベルを鳴らした。すぐのぶ子さんが扉を開いて、私達にお辞儀をしてから言う。
「どうぞ、お入りください」
 私と雄大君も軽く頭を下げ、家の中に足を踏み入れる。短い廊下を歩きながら、私は雄大君に訊ねた。
「何かいる? 」
「そうですね、二つくらいいますけど、悪いものじゃないです。座敷童みたいなもんです、むしろこの家を守護しているみたいなね。水希さんは、何か感じていますか? 」
「元気がないね」
「この家が? それともこの土地が? 」
「どっちも、かな。ハーモニーが力強くないの。言い換えれば、気弱になっている感じ。確かにこれは、のぶ子さんたちにも少し影響を与えていると思う」
「それは気付かなかったな」
 間取りは2LDKの家で、のぶ子さんはリビングにあるテーブルに私達を着席させると、足早に彼氏を呼びにいった。すぐ、問題の彼が姿を現し、彼を見た瞬間、私は言葉を失ってしまった。
―ぐちゃぐちゃだ―
 そう思った。彼は一見普通で、優しい笑みを浮かべている。つまり表層は取り繕っているが、その奥に歪みが見える。酷い歪みだ。どうしてこんなことにと思いながら、私は彼に冷静に挨拶した。
「こんにちは、初めまして」
「ああ、はい。すみませんね、わざわざ。彼女が何か言ったんでしょ」
「ええ、あなたの元気がないと」
「僕は普通です。無口になることも、まあ、多いけれど、元気がないわけでは……」
 私には彼の言葉がバラバラに聞こえる。意味は通じるが、心が乗っていない。つまり表情とは裏腹に、全く優しくはなかった。この冷えた感じは確かに、恋愛中ののぶ子さんを不安にさせるだろうと思う。確認のために、私はもう少し話してみることにした。
「どうして無口になってしまうのですか? 話すのが面倒くさい? 」
「それもあるけど、話す波に乗れないんですよ」
「話す波、ですか。変わった表現ですね」
「そうですか? ……いつからかな、何だかそんな気分なんです」
「良ければそれがいつか、思い出していただきたいのですが」
「いつ。いつ……。のぶ子の存在を遠くに感じるようになって」
「はい」
「確か、仕事場で新しい人が入ってきたんですよね。フリーターの方で。その人と話をして、」
「はい。それから? 」
「彼に恋愛について相談をして……。彼が面白い回答をしてくれたんですよ。それが楽しくて、ちょくちょく彼と話すようになって、何かが僕の中で変わって―」
「理解しました。では、しばらくのぶ子さんと話していていただけませんか? その間に私がやるべきことをやるので」
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