ぼくはヒューマノイド

桃青

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愛について

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 朝子さんは心も考え方も真っ直ぐな女の子だ。僕は二年分の彼女との記憶を積み重ねてきたが、彼女は嘘偽りなく、亜希さんと明さんを愛し、アキアキ精肉店を愛し、そこで働くことを愛していた。僕は彼女から本当の愛について学んだ気がする。愛とはためらうことなく自然に沸き上がり、存在するもの。そんな風に愛を自然体で表現できる彼女は、僕にとって羨望の的だ。僕もそうできることを強く望み、夢見る。バイトの昼休みに僕は、湧き上がってくる感情を確かめるために、彼女を建物の外にある裏庭に呼び出した。
「なあに、源くん」
 朝子さんは呑気な様子で僕の後についてきた。
「話がある。僕にとっては大事な。あの……」
「うん」
「あの……」
「何よ、思い切って言っちゃって」
「僕は朝子さんが好きだ」
「はあ?」
「自然体で、君のことを愛している」
「……。これって告白?」
「そうかどうかは分からないが、それに近しいものだ」
「急にそんなことを言われても……。考えもしなかったことだし」
「僕のことをどう思っている?」
「好きよ。それは素直に言えるわ。ただ恋愛とはちょっと違う気がする」
「なら、恋愛じゃなくてもいい。僕を好きでいてほしい」
「そんなことならお安い御用。私にとって源くんは、大切な人のひとりだもの」
「僕が、大切?」
「そうよ。私だけじゃなく、アキアキコンビもきっとそう思っているはず」
 僕の心は何かに反応し始めた。それはまるで僕の体に本物の血が、突然通い出したみたいだ。朝子さんはさらに言う。
「源くん、友達のままでいよう。その方が私たちにとって自然だし、きっと長続きするわ。私は源くんと長く付き合いたいの」
「それも、愛?」
「たぶんそうね」
「僕は愛されている」
「当り前じゃない」
「朝子さん、僕は今モーレツに感動している。しかし泣きたいのに泣けないんだ」
「変な人。源くんらしい」
 そう言って朝子さんはフフッと笑い、僕の様子を窺いながら、優しく手を握ってくれた。僕は微かな力で、その手を握り返した。

 幸せの記憶。母の笑顔や、亜希さんと明さんの笑い声、真剣に仕事をする朝子さんの横顔。僕は愛されている、愛されている、愛されている……。僕は今幸せなのか。本当の幸せとはこういうものなのか。でも朝子さんを愛することで、僕も幸せを手に入れたいと願っていることに、ふと気付いた瞬間。
 僕の思考は突然止まった。何も考えられなくなった。
 理由は理解できた。僕の思考にエゴは存在しない。存在することもできない。それから悟った、僕は朝子さんを永遠に手に入れることができないのだと。
 その日のバイトの帰り道、星のない、どこか暗く感じられる夜空を眺めながら、闇に紛れている自分を思い浮かべて、連鎖的に僕の人生の闇を思い出した。こんなに愛されても、こんなに満たされても、僕に幸せはない。人間に話したらきっと、贅沢者だなと苦笑いされるだろうと思った。

 母と僕は、僕自身がロボットだと自覚しだしてから、関係性がいつしか変化していた。母は僕を観察していることを隠そうともしなくなったし、僕にとっても母は母でなくなった。でも彼女を愛しているという気持ちに変わりはなかった。母も僕を愛しているという気持ちがほんのり伝わってきて、僕を満たしていくのだった。僕は常にこう思っていた。母の役に立ちたい、そのためだったら何でもすると。それが自分の本心なのか、そうプログラムされているだけなのか、よく分からなかったけれども。

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