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素直に告白
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カイルはゆっくりと街中を馬車で進ませながら、隣でボーッと景色に見とれているアンナに訊ねた。
「それで、アンナは何処へ行きたい?」
「そうだなあ。何処でもいい?」
「うん、日帰りできる程度の場所だったらね。」
「そう…。それだったら、都会じゃない所で…、水のある場所。海でも湖でも小川でも何でもいいけれど、水の流れるサラサラとした音をずっと聞いていたい…。」
「だったら川のせせらぎを聞きに行くのが一番いいんじゃないの?よし、分かった。少し遠出をして、田舎に流れる小川まで行こう。そして途中でお昼を調達してきて、それを川べりで食べよう。」
アンナは微かに笑みを浮かべると、カイルに向かって言った。
「うん、素敵。」
そうして行き先が決まった馬車は、カイルの導きで先へ先へと走り出した。
そして道中にあったパブで、簡単なお弁当と飲み物を手に入れた2人は、大分人気の少なくなった街道を進みながら、さらに田舎の方へ馬車を走らせていった。そうしていつしか町を抜け、人家からも離れ、畑が延々と広がる場所に出ると、アンナはほうと溜め息を吐いて囁いた。
「何だかこんな所に来ると、セレナを思い出すな。今になって思えば、あのどん臭さが何故か懐かしいの。」
「そうか。」
馬車は気が付くと、いつしか林道の中を走っており、カイルはアンナに囁いた。
「林道があるっていうことは、…僕の記憶が確かなら、きっとここの近くに川があるということだ。―ほら。」
そして林道を抜けたその先には、小高い山に囲まれた草原が開けていて、その間を大きな川が、滔々と流れていたのだった。カイルはどうどうと馬車を止めると、アンナに聞いた。
「ここでお昼を食べるというのはどうかな?」
「うん、いいと思う。」
そう言い、初めて自然な笑みを浮かべたアンナは、馬車から降りて、草木の生い茂る川のすぐ側まで歩いていった。その後に荷物を持ったカイルが従者らしい態度で後へ続くと、2人は顔を見合わせて、どちらからともなく川辺に生えていた大きな木の下に腰を落ち着けて、早速お弁当を食べることにした。
なかなか素敵な出来栄えのチキンサンドを見てみても、アンナは歓声を上げることもなく、静かなままで、ただもしゃもしゃと1人の世界に入り込んで昼食を食べていたが、カイルはそんなアンナの様子を窺いながら、静かに彼女に話し掛けた。
「アンナ。」
「…何?」
「何か…、悩み事でもあるの?」
そう言われるとアンナはきょとんとした目で、自分を見ているカイルを見つめ返した。カイルは言葉を続けた。
「近頃の君は、あまりに大人しすぎて、皆が心配しているんだよ、君のことをさ。メルは君のあまりの変貌ぶりに心を痛めているし、ハンスだってわざわざ僕に聞きに来たぐらいだよ、
『アンナはどうしちゃったの?』
って。」
するとアンナは静かに膝の上にサンドウイッチを置き、何やら胸が一杯の様子だったが、唐突にカイルに今の気持ちを自ら喋り始めた。
「…カイル。」
「うん?」
「私、…好きな人が出来たみたいなの。」
「―やっぱりそうか。」
その次の瞬間。アンナの心の中で張りつめていたものが、堪え切れずにパチンと弾けた。そして彼女はポロポロと涙を零しながら、訥々とカイルに語った。
「でも、…私全然知らなかった。…ひっく、…本当の恋って、…こんなに、ひっく、苦しくて切ないものなのね。好きな人のことを思い浮かべるだけで、簡単に幸せになったり…、逆に不幸になったりするのよ。正直に言うと、今私は…、とても辛いの。」
「アンナ…。」
そうしてカイルに甘えるように、しばらくアンナは泣き濡れていたが、彼女の内に次第にある衝動が、ムクムクと頭にもたげてきた。そしてついに、自分の胸の内を正直に、カイルに告げる決心をしたのである。
「カイル、私の好きな人ってね、」
「うん。」
アンナは涙を強引に拭い、カイルを真っ直ぐに見つめると言った。
「実は、あなたなの。」
「…。えっ、僕なの?」
その時カイルは、アンナの言葉が上手く呑み込めず、ただ眼を見開いて、少々馬鹿げた顔をして、まじまじとアンナを見つめ返した。アンナはカイルのそんな凝視をまともに受け止める勇気が出ず、思わず目線を逸らしてから、さらに話し続けた。
「気が付いたらあなたのことを…、好きになっていたの。いい所ばかりではないけれど…、ひっく、そんな人間なんてどこにも存在しないわ…、でも、まるっと、いい部分も悪い部分も、時に自分勝手で、でも優しくて温かい、そんな所も含めて―、
あなたのことが好き。」
カイルはそう言われると、みるみる内に呆然とした様子になっていった。そして言葉を失くし、目を皿のようにしたまま、ただただ目の前に流れる川をしばらく見つめていたが、彼の隣で緊張のために固くなっているアンナを見遣ると、
「それって本当?」
と訊ねた。するとアンナは瞬く間にまた泣きそうになって、カイルに反論した。
「ひっ…、嘘を言ったってしょうがないでしょう?」
カイルは焦りながら、慌てて場を取り繕うように言った。
「それはそうだけど…。お願いだアンナ、もう泣かないでくれ。実は僕も言いたいことがある。」
「何よ、ひっく。」
「あのね、僕も…、アンナのことが好きだ。」
「は?」
「つまり…、何だ、君の恋人になれたらいいと思っている。」
…今度はアンナが驚き、まじまじとカイルを見つめる番だった。カイルはそんなアンナをちらちらと見つめながら、自分の言葉にさらに説明を付け加え始めた。
「実は僕もつい最近まで、君に対する気持ちはよく分かっていなかったんだよ。でも初めて会った時から、アンナは美人じゃないけれど、いい感じの人だなって―、」
「…。『美人じゃない』は余計じゃないかしら。」
「とにかく好感をずーっと持っていたことは確かだ。そして君と過ごす日々を重ねていく内に、なんだ、段々と思いが募っていって、その気持ちを無視せずにいられないようになってきて、今となっては、ついに噴火直前のマグマのように溢れ出してきて…。
もう一度言う。僕は君のことが、好きなんだ。」
カイルの自分に正直な愛の告白を聞いたアンナは、瞬く間に彼女を覆っていた暗いムードが、ボロボロと壁のように剥がれ落ちていき、目に輝きを湛えてカイルに訊ねた。
「それって、ほんと?」
「君の言葉を繰り返すようだけれど、…嘘を言ったってしょうがないだろう。」
「それじゃあ…、私達って実は、両想いだったっていうこと?」
するとカイルは安堵の笑みをふっと浮かべて優しく言った。
「どうやらそうみたいだね。」
「それなら、カイル。私と…、お付き合いしてくれる?」
「もちろん。君の望むままに、アンナ。」
そう言うとカイルは、ゆっくりとアンナに手を伸ばし、彼女の体に手を回して、そっと自分の方へ抱き寄せたのだった。
2人はしばらくそのままそうして、深い感動と愛情、そして互いの温もりにどっぷりと浸かっていたのだが、アンナはふと我に返って、
「ハッ!」
と言うと、ばん!とカイルの体から身を離した。
「どうした?」
カイルは何事かとアンナに聞いたが、アンナは考え込みながらカイルに問うた。
「ねえ、カイルって…、お金持ちじゃないわよね?」
「うん。ささやかな蓄えだったらあるけれど。」
「まずいわ。」
「―えっ、もう僕のことを嫌いになったの?お金のせいで?」
「もちろんそんなことはないけれど、家のママが…、お金持ちじゃないとお付き合いは許しませんっ!って言うはず…。」
カイルはアンナの言葉にウンウンと頷きながら言った。
「そう言えば…。君のお母さんって、恋人の金の話しかしていなかったもんな。となると僕の場合―。」
「でもメルおばさんがこう言っていたの。『本当に大切なものは、いつだって心なのよ。』って。」
「うん。それは、全くその通りだと思う。」
「かと言って、ママにその理屈が通用するとは、とても思えないし。」
「まあ、そうだろうね。」
そして2人は互いの目を見交わしながら、訊ね合った。
「どうしましょう。」
「―どうしようね。」
☆☆☆
そして暑く燃え立った今の2人の気持ちにそぐわない、穏やかな川面を眺めながら、新たに浮上した問題について、しばし2人は揃って、思い悩んでいたのであった。
「それで、アンナは何処へ行きたい?」
「そうだなあ。何処でもいい?」
「うん、日帰りできる程度の場所だったらね。」
「そう…。それだったら、都会じゃない所で…、水のある場所。海でも湖でも小川でも何でもいいけれど、水の流れるサラサラとした音をずっと聞いていたい…。」
「だったら川のせせらぎを聞きに行くのが一番いいんじゃないの?よし、分かった。少し遠出をして、田舎に流れる小川まで行こう。そして途中でお昼を調達してきて、それを川べりで食べよう。」
アンナは微かに笑みを浮かべると、カイルに向かって言った。
「うん、素敵。」
そうして行き先が決まった馬車は、カイルの導きで先へ先へと走り出した。
そして道中にあったパブで、簡単なお弁当と飲み物を手に入れた2人は、大分人気の少なくなった街道を進みながら、さらに田舎の方へ馬車を走らせていった。そうしていつしか町を抜け、人家からも離れ、畑が延々と広がる場所に出ると、アンナはほうと溜め息を吐いて囁いた。
「何だかこんな所に来ると、セレナを思い出すな。今になって思えば、あのどん臭さが何故か懐かしいの。」
「そうか。」
馬車は気が付くと、いつしか林道の中を走っており、カイルはアンナに囁いた。
「林道があるっていうことは、…僕の記憶が確かなら、きっとここの近くに川があるということだ。―ほら。」
そして林道を抜けたその先には、小高い山に囲まれた草原が開けていて、その間を大きな川が、滔々と流れていたのだった。カイルはどうどうと馬車を止めると、アンナに聞いた。
「ここでお昼を食べるというのはどうかな?」
「うん、いいと思う。」
そう言い、初めて自然な笑みを浮かべたアンナは、馬車から降りて、草木の生い茂る川のすぐ側まで歩いていった。その後に荷物を持ったカイルが従者らしい態度で後へ続くと、2人は顔を見合わせて、どちらからともなく川辺に生えていた大きな木の下に腰を落ち着けて、早速お弁当を食べることにした。
なかなか素敵な出来栄えのチキンサンドを見てみても、アンナは歓声を上げることもなく、静かなままで、ただもしゃもしゃと1人の世界に入り込んで昼食を食べていたが、カイルはそんなアンナの様子を窺いながら、静かに彼女に話し掛けた。
「アンナ。」
「…何?」
「何か…、悩み事でもあるの?」
そう言われるとアンナはきょとんとした目で、自分を見ているカイルを見つめ返した。カイルは言葉を続けた。
「近頃の君は、あまりに大人しすぎて、皆が心配しているんだよ、君のことをさ。メルは君のあまりの変貌ぶりに心を痛めているし、ハンスだってわざわざ僕に聞きに来たぐらいだよ、
『アンナはどうしちゃったの?』
って。」
するとアンナは静かに膝の上にサンドウイッチを置き、何やら胸が一杯の様子だったが、唐突にカイルに今の気持ちを自ら喋り始めた。
「…カイル。」
「うん?」
「私、…好きな人が出来たみたいなの。」
「―やっぱりそうか。」
その次の瞬間。アンナの心の中で張りつめていたものが、堪え切れずにパチンと弾けた。そして彼女はポロポロと涙を零しながら、訥々とカイルに語った。
「でも、…私全然知らなかった。…ひっく、…本当の恋って、…こんなに、ひっく、苦しくて切ないものなのね。好きな人のことを思い浮かべるだけで、簡単に幸せになったり…、逆に不幸になったりするのよ。正直に言うと、今私は…、とても辛いの。」
「アンナ…。」
そうしてカイルに甘えるように、しばらくアンナは泣き濡れていたが、彼女の内に次第にある衝動が、ムクムクと頭にもたげてきた。そしてついに、自分の胸の内を正直に、カイルに告げる決心をしたのである。
「カイル、私の好きな人ってね、」
「うん。」
アンナは涙を強引に拭い、カイルを真っ直ぐに見つめると言った。
「実は、あなたなの。」
「…。えっ、僕なの?」
その時カイルは、アンナの言葉が上手く呑み込めず、ただ眼を見開いて、少々馬鹿げた顔をして、まじまじとアンナを見つめ返した。アンナはカイルのそんな凝視をまともに受け止める勇気が出ず、思わず目線を逸らしてから、さらに話し続けた。
「気が付いたらあなたのことを…、好きになっていたの。いい所ばかりではないけれど…、ひっく、そんな人間なんてどこにも存在しないわ…、でも、まるっと、いい部分も悪い部分も、時に自分勝手で、でも優しくて温かい、そんな所も含めて―、
あなたのことが好き。」
カイルはそう言われると、みるみる内に呆然とした様子になっていった。そして言葉を失くし、目を皿のようにしたまま、ただただ目の前に流れる川をしばらく見つめていたが、彼の隣で緊張のために固くなっているアンナを見遣ると、
「それって本当?」
と訊ねた。するとアンナは瞬く間にまた泣きそうになって、カイルに反論した。
「ひっ…、嘘を言ったってしょうがないでしょう?」
カイルは焦りながら、慌てて場を取り繕うように言った。
「それはそうだけど…。お願いだアンナ、もう泣かないでくれ。実は僕も言いたいことがある。」
「何よ、ひっく。」
「あのね、僕も…、アンナのことが好きだ。」
「は?」
「つまり…、何だ、君の恋人になれたらいいと思っている。」
…今度はアンナが驚き、まじまじとカイルを見つめる番だった。カイルはそんなアンナをちらちらと見つめながら、自分の言葉にさらに説明を付け加え始めた。
「実は僕もつい最近まで、君に対する気持ちはよく分かっていなかったんだよ。でも初めて会った時から、アンナは美人じゃないけれど、いい感じの人だなって―、」
「…。『美人じゃない』は余計じゃないかしら。」
「とにかく好感をずーっと持っていたことは確かだ。そして君と過ごす日々を重ねていく内に、なんだ、段々と思いが募っていって、その気持ちを無視せずにいられないようになってきて、今となっては、ついに噴火直前のマグマのように溢れ出してきて…。
もう一度言う。僕は君のことが、好きなんだ。」
カイルの自分に正直な愛の告白を聞いたアンナは、瞬く間に彼女を覆っていた暗いムードが、ボロボロと壁のように剥がれ落ちていき、目に輝きを湛えてカイルに訊ねた。
「それって、ほんと?」
「君の言葉を繰り返すようだけれど、…嘘を言ったってしょうがないだろう。」
「それじゃあ…、私達って実は、両想いだったっていうこと?」
するとカイルは安堵の笑みをふっと浮かべて優しく言った。
「どうやらそうみたいだね。」
「それなら、カイル。私と…、お付き合いしてくれる?」
「もちろん。君の望むままに、アンナ。」
そう言うとカイルは、ゆっくりとアンナに手を伸ばし、彼女の体に手を回して、そっと自分の方へ抱き寄せたのだった。
2人はしばらくそのままそうして、深い感動と愛情、そして互いの温もりにどっぷりと浸かっていたのだが、アンナはふと我に返って、
「ハッ!」
と言うと、ばん!とカイルの体から身を離した。
「どうした?」
カイルは何事かとアンナに聞いたが、アンナは考え込みながらカイルに問うた。
「ねえ、カイルって…、お金持ちじゃないわよね?」
「うん。ささやかな蓄えだったらあるけれど。」
「まずいわ。」
「―えっ、もう僕のことを嫌いになったの?お金のせいで?」
「もちろんそんなことはないけれど、家のママが…、お金持ちじゃないとお付き合いは許しませんっ!って言うはず…。」
カイルはアンナの言葉にウンウンと頷きながら言った。
「そう言えば…。君のお母さんって、恋人の金の話しかしていなかったもんな。となると僕の場合―。」
「でもメルおばさんがこう言っていたの。『本当に大切なものは、いつだって心なのよ。』って。」
「うん。それは、全くその通りだと思う。」
「かと言って、ママにその理屈が通用するとは、とても思えないし。」
「まあ、そうだろうね。」
そして2人は互いの目を見交わしながら、訊ね合った。
「どうしましょう。」
「―どうしようね。」
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そして暑く燃え立った今の2人の気持ちにそぐわない、穏やかな川面を眺めながら、新たに浮上した問題について、しばし2人は揃って、思い悩んでいたのであった。
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