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桃青

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カイルに質問

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 最初の内、3人は何を話したらいいのか分からず、奇妙な沈黙がしばし座を支配した。ジュンはカイルに夢中で、ただただ彼に見とれているし、カイルもカイルで黙々とクッキーを食べているので、やれやれ仕方ないと思いながら、とりあえずアンナは自分から口火を切ることにした。
「カイル、確かこの間3人で話した時に…、今度従者になった理由を話すよ、とか言っていたわよね。」
「そうだった?」
「そうよ。だから良かったら、今ここでその話をしてくれない?」
「うん…。単純に言うと、僕に向いている仕事なんだよ。」
「単純すぎる。もう少し詳しく説明して。」
「なら、さらに説明を加えると―。何らかの経営者みたいに、金!金!ってせこせこしなくていいし…。」
「確かにカイルはいつも、どこかのんびりとしているわね。」
「それに、自由な時間もそれなりにあるし、ただご主人様の後に付いていればいいだけだから、気楽といえば気楽だし。とにかく何物にも縛られない自由、っていうのが、僕にとって最大の魅力なんだよ。」
「ふ~ん。」
「まあ、自由と言っても、最低限の責務として、ご主人様には仕えなくてはならないんだけれども、そういう立ち位置って、僕は嫌いじゃないんだよね、案外。」
 アンナはカイルの言葉に聞き入っていたが、納得した様子で言った。
「そうだったんだ。私が考えていたよりも遥かに深く、この仕事について考えていたのね。もっとお気楽な理由で従者になったんだと…、」
「何だ、まるで僕がパッパラパーみたいな言い草だな。」
 すると瞳をまるで子犬のようにキラキラさせたジュンが、ようやく喋った。
「カイル、素敵です。」
「えっ、僕が?」
「はい。この仕事が、カ、…カイルにとてもよく似合っていると思います。そして真面目に、誠実に仕事をこなしているのが、何だか素敵で…。」
 すると彼女の言葉にすっかり気を良くしたカイルが、少々得意気に言った。
「うん、実は僕って、この従者の世界の中ではちょっと有名だったりするんだよ。」
 それから3人の会話はやっと温まり始めた。ジュンは固まりながらも、カイルに対する好奇心をどうにも抑えることができずに、次から次へと、まるでお見合いにでも来たかのような質問を繰り出した。
「あの、カイル、―あなたの趣味は何ですか?」
「散歩。」
「では、好きな食べ物は?」
「クッキー。ナッツが入っているやつが、特に好き。」
「それでは、―今カイルが一番叶えたい夢は、何でしょう?」
「うーん。…結婚、かな。」
 アンナはカイルの返答にびっくりして、思わず2人の会話に口を挟んだ。
「ええ?カイルって、結婚したかったの?」
「うん。何だよ、悪い?」
「いえ、別に悪くないけど、何か、あまりイメージが湧かないというのか…。」
「僕の子供が欲しいんだよ。可愛い女の子がいるといいなと思って。」
「まるで結婚前の女性みたいなことを言うのね。」
 するとまるで大根役者のように棒読み口調になっていたジュンが、彼女が一番カイルに聞いてみたかったであろう質問を、ようやく切り出した。
「では、どんな女性がお好みですか?」
「そうだなあ。僕、実はお喋りな女性って苦手なの。」
 それを聞いたジュンとアンナは思わず顔を見合わせ、(私達ってお喋りかな?)と、無言のまま、お互いに問い掛けあっていたが、カイルは少し気難しい顔をして、話を続けた。
「話をすると言っても、相手のことを考えながら話す人だったら別にいいんだけれど…。時々自分の話したいことだけを、一方的に喋る人っているじゃない。」
「うん、いる。」
「いますよね。」
「そう言う女性は僕にとってNGだな。だからと言って、決して大人しい人が好きという訳でもないんだけれども―。
 とにかくうるさい人が苦手なの。」
「カイルの言う意味、私、とてもよく分かるかも。私の母親がそういう人なのよね。」
 アンナの言葉にカイルは思わずブッと吹き出すと、笑いながら彼女に相槌を打った。
「まあ、そうだね。」
 ジュンも考えながら言った。
「私は、そういう人といると、自分が喋らなくて済むから、気が楽だなと思ったりもするんですけれど、でも、そんな風に押しの強い人って、逆らえない感じがしますよね。そういう所は私もちょっと苦手です。」
「そうそう、ジュンの言う通りだよ。まあ仕事柄、色々な人に会って、人間の裏表もそれなりに見てきて、経験を積み重ねてきたから、多少人を見る目は培われていると思うんだよね。その視点と直感で、
『この人だ。』
 と思う人を見出せたら、その人が僕のパートナーなんじゃないかって、心の何処かで思っているかな。」
「それって、運命的な巡り合いを待っているっていう感じ?」
「何だかロマンチック…。」
 アンナとジュンは口々にカイルに言うと、彼はふと何かを思いついたようで、茶目っ気たっぷりな顔をして、2人に語り掛けた。
「僕、この仕事でかなり面白い人達にも会ってきたんだぜ。」
「ほんと?例えばどんな人?」
 アンナが素直にそう聞き返すと、カイルはしみじみと言った。
「例を挙げると、アンナ、君は結構面白くて、大変興味深い人だ。」
 アンナはむっとして、カイルに先を促した。
「とりあえず私のことは置いておいて。誰か他の人の話をしてよ。ぜひ聞いてみたいわ。」
「例えば…。そうだな、ご主人様だった男性に、言い寄られたことがある。」
 アンナは呆然として言った。
「嘘。」
「きゃあ!」
 ジュンは小さく叫んで、思わず両手で顔を隠した。アンナは確認を取るように、カイルに訊ねた。
「それって、つまり、…同性愛ってこと?」
「まあ、そういうことになる。でもその雇い主の人が学者で、滅法面白い人でさ。さすがに恋人になるつもりはなかったけれど、でも2人で過ごす時間が最高に楽しかったんだ。」
 するとジュンは今にも消え入りそうな声で、カイルに物申した。
「でもカイル、そっちへ行っては駄目です…。」
「いや、僕も男の恋人を作る気はないよ、今の所。でもその人について、今でも忘れられないエピソードがある。彼って僕の誕生日にさ、ソーセージを1キロプレゼントしてくれたんだぜ。」
「そーせーじ?」
 アンナが素っ頓狂な声を出すと、ジュンも思わず疑問を差し挟んだ。
「それは…、何ゆえにソーセージを?」
「何でもその人が言うには、
『君は若くて、今お肉が沢山食べたい盛りだと思います。ですから、お肉、体にいいもの、そして日持ちがするものという3点に重点を置いて考え、この上質なソーセージ1キロセットを君にプレゼントすることにしました。
 どうぞ、受け取って下さい。』
 って、それは生真面目な顔をして言うの。
(誕生日にソーセージですか?)
 …と、密かに心の中で思ったんだけれど、でも落ち着いて、後から考えてみると、何だか妙におかしくってさ。」
「ふふふふふ。」 
 ジュンは思わず笑い出した。そこにアンナが片肘をついて、すれた発言をした。
「同性愛に、ソーセージときたか。何か意味深ね。」

 それから後も3人の会話は長々と、楽しく続いていった。そして時はさらさらと、あっという間に流れてゆき―。
 ジュンはハッと時計を見て、思わず叫んだ。
「いけない、こんな時間になっちゃっている!私、そろそろ帰らないと。お父さんとお母さんが心配するわ。」
「じゃあ私が玄関で見送るわね。」
 そう言ってアンナが立ち上がると、ジュンは軽くカイルに頭を下げて、アンナの後に付いていった。そして玄関先でジュンは、笑顔でアンナを見つめると言った。
「アンナ、今日はありがとう。とても楽しかったわ。アンナと、…そしてカイルとも、一杯話せたし。」
「私も同じ気持ちよ、ジュン。また来てね、いつでも歓迎するわ。」
「ええ、また会いましょうね!」
 そして手を振ってジュンは玄関の外に出ていった。そんなジュンの姿が見えなくなるまで見送ると、アンナは家の中へ引き返したのだった。
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