シャングリラ

桃青

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「ちょっと。ちょっと、お店の人」
 私はびっくりして我に返った。レジの前に、くるんくるんのパーマ頭の中高年の女性が立ち、私に話しかけていた。私は慌てて答えた。
「はい、何でしょう」
「息子に指輪をプレゼントしたいの。いいのがないか、教えてくれない? 」
 救いを求めるように高山さんを見ると、彼は店の隅にいて、くすりと笑っていた。そこで私は心を据えて、おばさんに向き合うことにした。
「どういったものをお探しですか? 」
「きれいで丈夫なものがいいの。男がつけるんだから、派手なのは嫌よね」
「天然石がついたものは―」
「そんなのいらない、いらない。あと幸運を招いてくれるような……」
「では、こちらのステンレスリングはどうでしょうか。彫り物が施されていて、幸運を呼ぶと言われていますし、錆びにくい上に、ただ今、セール中で安くなっています」
 そう言って、ショーケースからリングを取り出して、彼女に見せた。おばさんはそっとリングを手に取り、上から横から斜めから眺めた後、一言言った。
「きれいね」
「ええ」
「いくらなの? それとサイズはいくつ? 」
「税込みで千六百五十円です。割引後の価格になります。あとこちらは、サイズ十九号になりますね」
 おばさんはじっとリングを見つめていたが、ぽそりと言った。
「息子は喜ぶかしら」
「そうですね。私の個人的な感想ですが、男性がこの指輪をつけていたら、素敵だなと、思うと思います。シックだし、センスがいいなと」
「……本当に? 」
「はい、私の本心です」
 おばさんはニカッと笑って言った。
「なら、これ買う」
「かしこまりました。プレゼント用にお包みしますか?   」
「うん、そうしてくれる? 」
「では、お待ちください」
 私はおばさんがじっと見守る中、丁寧にリングを包装していると、スッと高山さんがやってきて言った。
「お会計をしますね。千六百五十円になります」
「はい、これね」
「お預かりします。こちらがレシートで、これは指輪の効能について書かれたものです。良かったら」
「ありがとう。……ふーん、つける指によって、効果が違うの? 」
「ええ、そう言われています。こずえさん、包装終わった? 」
「あ、はい。これです。どうぞ」
 私がそう言っておばさんに品物を差し出すと、彼女はそれを受け取り、満足気に鼻息を吐いて、店を出ていった。私はフーと息を吐き、ぼそぼそと言った。
「何とか、接客できました」
 高山さんはフフッと笑って言った。
「立派なもんだったよ」
「でも深堀りされたら、私説明できないもん」
 私が泣き言を言うと、あっさりと高山さんはいなした。
「これは仕事だからね。責任は持たないと」
「はい、すみません」
 高山さんが好きだから、この仕事をやってこられたんですと言いたくなって、ふと顔を上げた。彼は私の隣に立ち、どこか遠くを見ている。
 そんなことは言えない。今ここで言うべきことじゃない。
 私は彼から目を逸らし、カウンターから出て、店内に飾られている石を一つずつ見ていった。少しでも、石と店内の商品に詳しくなっておこうと思ったからだ。

 終業時刻が来て、店じまいをしてから、帰り支度を済ませると、二人一緒にショッピングモールを後にして、夜の街に繰り出していった。私は心が晴れやかになって、彼に訊ねた。
「どこで何を食べますか? 」
「そうだな、この時間だと……、ファミレスとかは? それとも、もっとちゃんとした所でご飯を食べたい? 」
「経済的に、ファミレス大歓迎です」
「そうか。なら、手近な店へ向かおう」
「はい」
 私達は並んで、点々と街灯が灯っている道を、目的地目指して、歩いてゆく。
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