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ひろみと進一は、仕える人のいなくなった大広間に、しばらくぽつんと取り残されていたが、その時ひろみはいつもの明るさが消え去り、どこか悲しい目をしていた。聡い進一はすぐその事に気が付き、優しく彼女に声を掛けた。
「どうしたんだ、ひろみ、そんな顔をして。何かあったのかい?」
「…進一おじさん。」
「うん。」
「せっかく私に仕事を見つけて下さったのに、また私は…、働き口がなくなってしまいますね。正道様がこの家を出ていくという事は、もう専任執事は必要なくなるのですから。」
「うむ、どうやらそのようだね。ひろみは自分の行先を心配しているのかい?」
「私、私は…、」
そこまで喋ると、ひろみは堪えきれず、涙をポロポロと零し始めた。そんな自分を進一が驚きと共に見つめている事は分かっていたが、それでもひろみは溢れ出てくる自分の感情を、抑える事ができなかった。そしてずっと胸の内に秘めていた思いを、ついに進一にぶちまけたのである。
「私は、正道様の事が好きでした。」
進一はひろみのその一言で、どうやら彼女の心の葛藤を大方悟ったらしかった。そして優しくひろみの肩に手を乗せると、
「そうだったんだね。」
と言い、ひろみが思いのまま泣きじゃくるのを、そっと見守っていた。進一の優しさに触れて、まるで子供のように素直になったひろみは、泣きながら話し続けた。
「私はずっとこれからも正道様と一緒にいられると、思っていました。正道様といられることは、私にとって幸せでした。でも…。
この家を出ていかれるのなら、もう二度と、私には正道様とは会う事が…、できなくなってしまいます!このまま離れ離れになって、そのまま、私は、…私は。」
「ひろみ。」
進一はそう言うと、ひろみの両肩に手を置いて、真っ直ぐにひろみを見つめてから、語りかけた。
「おまえの気持ちはよく分かるよ。私もご主人様との別れで、辛い思いをした事がある。そのご主人様は、私にとって大切な人だった。」
「…ひっく、進一おじさんもですか?」
「ああ。その人に恋をしていたわけではないけれどね。好きなものとの別れは誰にとっても辛いものだ。そうだろう?だが、ひろみ。」
「はい。」
「おまえは執事だ。しかも正道様の専任の執事なんだ。だから正道様と別れる最後の日まで、彼の事を立てるのがお前の役目だ。その事を忘れてはいけないよ。」
「正道様を…、立てる?」
「そうだ。正道様が家を出ていくまで、彼の味方でいてあげなさい。そして精一杯、悔いの無いように手助けしてあげなさい。そうやって執事の仕事を全うすれば、きっと自分の心に納得をつける事ができる。
ひろみ、笑ってごらん。」
進一にそう言われて、何だろうと思いながら、ひろみはぎこちなく笑ってみせると、その顔を見て、彼は何故かニヤリと笑いを浮かべてから、ひとつ頷いてこう言った。
「そうそう、その素敵な笑顔と一緒に、明るく見送るんだよ。」
進一のその何処かかっこつけたセリフに、思わず吹き出してしまったひろみだったが、そのお蔭か何かが吹っ切れて、涙を拭って笑顔になったひろみは、明るさを取り戻して、決意と共に進一に言った。
「はい、分かりました、進一おじさん。」
「どうしたんだ、ひろみ、そんな顔をして。何かあったのかい?」
「…進一おじさん。」
「うん。」
「せっかく私に仕事を見つけて下さったのに、また私は…、働き口がなくなってしまいますね。正道様がこの家を出ていくという事は、もう専任執事は必要なくなるのですから。」
「うむ、どうやらそのようだね。ひろみは自分の行先を心配しているのかい?」
「私、私は…、」
そこまで喋ると、ひろみは堪えきれず、涙をポロポロと零し始めた。そんな自分を進一が驚きと共に見つめている事は分かっていたが、それでもひろみは溢れ出てくる自分の感情を、抑える事ができなかった。そしてずっと胸の内に秘めていた思いを、ついに進一にぶちまけたのである。
「私は、正道様の事が好きでした。」
進一はひろみのその一言で、どうやら彼女の心の葛藤を大方悟ったらしかった。そして優しくひろみの肩に手を乗せると、
「そうだったんだね。」
と言い、ひろみが思いのまま泣きじゃくるのを、そっと見守っていた。進一の優しさに触れて、まるで子供のように素直になったひろみは、泣きながら話し続けた。
「私はずっとこれからも正道様と一緒にいられると、思っていました。正道様といられることは、私にとって幸せでした。でも…。
この家を出ていかれるのなら、もう二度と、私には正道様とは会う事が…、できなくなってしまいます!このまま離れ離れになって、そのまま、私は、…私は。」
「ひろみ。」
進一はそう言うと、ひろみの両肩に手を置いて、真っ直ぐにひろみを見つめてから、語りかけた。
「おまえの気持ちはよく分かるよ。私もご主人様との別れで、辛い思いをした事がある。そのご主人様は、私にとって大切な人だった。」
「…ひっく、進一おじさんもですか?」
「ああ。その人に恋をしていたわけではないけれどね。好きなものとの別れは誰にとっても辛いものだ。そうだろう?だが、ひろみ。」
「はい。」
「おまえは執事だ。しかも正道様の専任の執事なんだ。だから正道様と別れる最後の日まで、彼の事を立てるのがお前の役目だ。その事を忘れてはいけないよ。」
「正道様を…、立てる?」
「そうだ。正道様が家を出ていくまで、彼の味方でいてあげなさい。そして精一杯、悔いの無いように手助けしてあげなさい。そうやって執事の仕事を全うすれば、きっと自分の心に納得をつける事ができる。
ひろみ、笑ってごらん。」
進一にそう言われて、何だろうと思いながら、ひろみはぎこちなく笑ってみせると、その顔を見て、彼は何故かニヤリと笑いを浮かべてから、ひとつ頷いてこう言った。
「そうそう、その素敵な笑顔と一緒に、明るく見送るんだよ。」
進一のその何処かかっこつけたセリフに、思わず吹き出してしまったひろみだったが、そのお蔭か何かが吹っ切れて、涙を拭って笑顔になったひろみは、明るさを取り戻して、決意と共に進一に言った。
「はい、分かりました、進一おじさん。」
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