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そんな風にひろみの執事の仕事は始まった。進一おじさんか、執事のやるべき仕事について手ほどきを受けながら、ひろみは正道についてあらゆる事を、段々と把握していかなければならなかった。正道の洋服の洗濯や整理、そして彼が出掛ける時には服の支度をし、また食事の献立を彼に聞いては準備し、そして正道の要求を時にメイドに指示し、さらに彼の行動の把握や理解についてなど…、エトセトラ、エトセトラ。
執事としての日々を過ごすにつれ、この仕事の大変さ、…というよりも、正道の小間使い、ではなく、執事として行動する事の大変さを、ひろみはぼちぼちと理解し始めた。
カメラマンという仕事柄のせい、というよりも、正道の性格ゆえにこの仕事が彼にぴったりと来るのかもしれないが、とにかく。正道は基本的に、『勝手』な人だった。
ひろみに全く断りもなく、せっかく用意した食事を食べたり、食べなかったりするなんていうのは、日常茶飯事の事だったし、また突然家の中から忍者のごとく姿を消したり、逆に姿を現したりするのも当たり前で、早坂家の使用人達はそんな正道の突飛な行動を、悟りの気持ちと共に受け入れているのだった。
しかし専任執事のひろみとしては、悟っている場合ではなかった。彼女の立場となると、また話は違ってくる。ひろみには、
「それは正道様が勝手になさったことですから…。」
という言い訳は許されていない。ひろみはこの家の造りや理について、日々理解を深めていきながらも、どうやって正道と付き合っていくべきなのか、悩みながら考えていた。
そんなある日のこと。
ひろみは家中を、小走りで走り回りながら、正道の姿を探していた。
「正道様、いらっしゃいますか?」
「正道様!」
何処にいるとも分からない彼の事を、ひろみはほぼ全ての部屋のドアの前に立ち、そうやって呼び掛けては、探し続けていた。その時誰かがそんな彼女に、声を掛けてきた。
「ひろみ。」
「あ、きょうちゃん。」
それはすでにひろみと仲良くなりつつある、メイドとして働いている女の子だった。きょうちゃんというあだ名のその娘は、目を丸くしてひろみの元までやって来ると、様子を窺うようにして話し掛けた。
「もしかして、正道様の事を探しているの?」
「うん。今日の夕食の献立について、正道様のリクエストを聞こうと思ったんだけれど、何処を探しても見つからなくて。」
「―私、正道様が家を出ていくのを見たよ。」
「ええ?いつ頃?」
「うんと…、確か11時頃だったかな。脇目もふらずに、カメラバックを片手に持って、玄関から出ていったの。」
「あちゃあ、またすれ違いだ。」
「どうやらそうみたいだね。」
するとその時。
「ひろみさん、ひろみさん!」
そう彼女に呼び掛けながら、ひろみの元へつんつんと歩いてきたのは、奥様だった。
「奥様…。何でしょうか?」
「あのね、正道がどこにいるか知らないかしら。私ちょっとあの子と話がしたいのよ。」
「あの、それが…。実は私にも正道様がどこにいらっしゃるのか、分からなくて…。」
「ええ、何ですって?分・か・ら・な・い?」
奥様は刺々しく、ひろみに向かってまるで叫ぶように言い返すと、ぴしゃりとひろみを叱りつけた。
「ひろみさん。」
「はい。」
「あなたは、正道の専任執事なのよ。その人が正道の行動を把握できなくてどうするの。あなたを雇った意味がないじゃない。こんな時にこそ役に立って貰わないと困るのよ?」
「…はい。本当に申し訳ありません。」
ひろみの殊勝な態度に接して、奥様は何とかして怒りの矛先を収めた様子だった。
「とにかく、正道を見つけ出したら、私の所に来るように言っておいてちょうだい。ああもう、本当にくさくさするわ!」
奥様はそうきんきんと叫ぶと、すっかりしょげ返っているひろみを無視し、ふくれっ面をしてぷんぷん怒りながら元来た道を引き返していくのだった。ひろみはそんな奥様の後姿を、落ち込みながら見送ったのだった。
執事としての日々を過ごすにつれ、この仕事の大変さ、…というよりも、正道の小間使い、ではなく、執事として行動する事の大変さを、ひろみはぼちぼちと理解し始めた。
カメラマンという仕事柄のせい、というよりも、正道の性格ゆえにこの仕事が彼にぴったりと来るのかもしれないが、とにかく。正道は基本的に、『勝手』な人だった。
ひろみに全く断りもなく、せっかく用意した食事を食べたり、食べなかったりするなんていうのは、日常茶飯事の事だったし、また突然家の中から忍者のごとく姿を消したり、逆に姿を現したりするのも当たり前で、早坂家の使用人達はそんな正道の突飛な行動を、悟りの気持ちと共に受け入れているのだった。
しかし専任執事のひろみとしては、悟っている場合ではなかった。彼女の立場となると、また話は違ってくる。ひろみには、
「それは正道様が勝手になさったことですから…。」
という言い訳は許されていない。ひろみはこの家の造りや理について、日々理解を深めていきながらも、どうやって正道と付き合っていくべきなのか、悩みながら考えていた。
そんなある日のこと。
ひろみは家中を、小走りで走り回りながら、正道の姿を探していた。
「正道様、いらっしゃいますか?」
「正道様!」
何処にいるとも分からない彼の事を、ひろみはほぼ全ての部屋のドアの前に立ち、そうやって呼び掛けては、探し続けていた。その時誰かがそんな彼女に、声を掛けてきた。
「ひろみ。」
「あ、きょうちゃん。」
それはすでにひろみと仲良くなりつつある、メイドとして働いている女の子だった。きょうちゃんというあだ名のその娘は、目を丸くしてひろみの元までやって来ると、様子を窺うようにして話し掛けた。
「もしかして、正道様の事を探しているの?」
「うん。今日の夕食の献立について、正道様のリクエストを聞こうと思ったんだけれど、何処を探しても見つからなくて。」
「―私、正道様が家を出ていくのを見たよ。」
「ええ?いつ頃?」
「うんと…、確か11時頃だったかな。脇目もふらずに、カメラバックを片手に持って、玄関から出ていったの。」
「あちゃあ、またすれ違いだ。」
「どうやらそうみたいだね。」
するとその時。
「ひろみさん、ひろみさん!」
そう彼女に呼び掛けながら、ひろみの元へつんつんと歩いてきたのは、奥様だった。
「奥様…。何でしょうか?」
「あのね、正道がどこにいるか知らないかしら。私ちょっとあの子と話がしたいのよ。」
「あの、それが…。実は私にも正道様がどこにいらっしゃるのか、分からなくて…。」
「ええ、何ですって?分・か・ら・な・い?」
奥様は刺々しく、ひろみに向かってまるで叫ぶように言い返すと、ぴしゃりとひろみを叱りつけた。
「ひろみさん。」
「はい。」
「あなたは、正道の専任執事なのよ。その人が正道の行動を把握できなくてどうするの。あなたを雇った意味がないじゃない。こんな時にこそ役に立って貰わないと困るのよ?」
「…はい。本当に申し訳ありません。」
ひろみの殊勝な態度に接して、奥様は何とかして怒りの矛先を収めた様子だった。
「とにかく、正道を見つけ出したら、私の所に来るように言っておいてちょうだい。ああもう、本当にくさくさするわ!」
奥様はそうきんきんと叫ぶと、すっかりしょげ返っているひろみを無視し、ふくれっ面をしてぷんぷん怒りながら元来た道を引き返していくのだった。ひろみはそんな奥様の後姿を、落ち込みながら見送ったのだった。
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