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しおりを挟むそれから時は流れて、次の日の朝の6時のこと。料理人が料理の支度をし始め、メイドが些細な雑用を片付け始め、進一がパタパタと家の中を行き来し始めた時に、ひろみも目覚めた。そして気合を入れて、用意された制服に着替えると、とりあえず正道の様子を窺うために、彼の部屋まで行ってみる事にした。
昨日正道に案内された道順を確認しながら、どうにか部屋まで辿り着くと、ひろみはおそるおそるドアをノックして、中にいるであろう人物に声を掛けた。
「…正道様。」
「―ひろみか?」中から声がした。
「はい、そうです。」
「入りたまえ。」
正道の許可を得たひろみが、ドアを押しのけて中へそっと入っていくと、そこには相変わらず雑然とした様子の部屋で、何かをいじくっている正道の姿があった。
「正道様、…もしかして、お仕事中ですか?」
「まあね。」
「何か、私のする事は…。そうだ、朝食はどうなさいますか?」
「うん、えっとね…。バター付きのトーストと、フルーツの盛り合わせ、あとブラックコーヒーをこの部屋まで持ってきて。ああ、それからひろみの朝食を弁当にしてもらって、準備をしておくといい。」
「準備…ですか?何の準備でしょう?
分かりました。とりあえず正道様の言われた通りに、用意してきますので。」
「ああ、頼む。」
ひろみはこれが本当の初仕事だと思って、胸に小さなときめきを感じながら正道の部屋を出ると、台所に向かって、急ぎ足で歩いていった。台所に着いたひろみは、そこで2人の料理人が慌ただしく、朝食を作っている姿を目にして、今話し掛けたら迷惑かな、なんて思いながらも、思い切って声を掛けてみる事にした。
「あの、すみません!」
すると2人の料理人ははっとした様子で手を止め、まじまじとひろみの事を眺めると、納得した様子で言った。
「ああ、君が今度新しく入った執事の女の子だね。何だい、何か用かい?」
「ええ、あの、正道様の朝食を作っていただきたいんです。バター付きトーストと、フルーツの盛り合わせと、あとブラックコーヒー。
それからあの…、私の朝食を、できたらお弁当にして頂きたいんですが。」
すると料理人は笑顔になって、オーケーサインを指で作ってから言った。
「あいよ。あんたの弁当は、パンにハムとレタスとチーズを挟んだものでいいかい?」
「ええ、何だって結構です、食べられるものだったら。」
すると料理人達は手が8本あるようなスピードで、みるみるうちに食事を整えていき、3分もしないうちに、大人しく彼らの様子を見つめていたひろみの前に、どん!と料理を並べてから言った。
「はい、こっちのトレーが正道様の朝食ね。で、このナプキンに包んであるのが、君のサンドウイッチ。昨日の残り物で悪いけれど、アップルパイも入っているからね。
まあ、頑張りなよ。」
そう言ってさり気ない優しさを見せてくれた料理人に、ひろみは胸が温かくなる思いで一杯になり、感謝の気持ちと共に深くお辞儀をすると、トレーを片手に持ち、弁当を片手に持って、急ぎ足で元来た道を引き返していったのだった。
… … …
「正道様!朝食をお持ちしました!」
「そうか。入りな!」
ドアの前でそんな言葉のやりとりをしたひろみが、再び部屋の中へ入っていくと、正道はカメラを片手に熱心に何かをやっている所だった。
「…ああ、朝食はそこの机の上に置いておいて。」
「はい。」
正道の言葉にひろみはそう返事すると、彼の邪魔をしてはいけないと思い、部屋の片隅で静かにしていたが、ふとある事を考え始めて、正道に声を掛けずにはいられなくなった。
「…あの、正道様。」
「ん、何だい?」
「何故、私の朝食は…、お弁当にする必要があったのでしょうか。」
「ひろみ。」
「はい?」
「これから僕と一緒に来る?」
「えっ、何処かへお出掛けになるんですか?ええっと、正道様の専任執事としては…。
一緒についていくべきでしょうか?」
すると正道はトーストをもぐもぐと食べながら、さり気なく自分の主張を展開した。
「僕はね、僕の自由にしていい小間使いが1人増えたと思っている。」
「あの、正道様、私は小間使いではなく、執事…。」
「何だっていい。とにかく僕についてきな。朝食を食べ終えたらすぐに出かけるから、急いで外出の準備をしてきなよ。僕は玄関で待っているから。」
「ええと、そうですか。では…、私も支度をしてまいりますので。」
戸惑いながらも、ひろみはそう言い残すと、慌てて正道の部屋を飛び出していった。そして自分の部屋に戻り、簡単にショルダーバッグに必要な荷物を詰めて、言われた通りに玄関まで早足で行ってみると、そこではすでに正道がカメラバッグをぶら下げて、爽やかな表情でひろみが来るのを待っていたのだった。
正道はちらとひろみの姿を眺めると、キラリと目を輝かせて言った。
「よし、それじゃあ行くか。」
「はい、正道様。」
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