女執事、頑張る

桃青

文字の大きさ
上 下
5 / 52

4.

しおりを挟む

 それから時は流れて、次の日の朝の6時のこと。料理人が料理の支度をし始め、メイドが些細な雑用を片付け始め、進一がパタパタと家の中を行き来し始めた時に、ひろみも目覚めた。そして気合を入れて、用意された制服に着替えると、とりあえず正道の様子を窺うために、彼の部屋まで行ってみる事にした。
 昨日正道に案内された道順を確認しながら、どうにか部屋まで辿り着くと、ひろみはおそるおそるドアをノックして、中にいるであろう人物に声を掛けた。
「…正道様。」
「―ひろみか?」中から声がした。
「はい、そうです。」
「入りたまえ。」
 正道の許可を得たひろみが、ドアを押しのけて中へそっと入っていくと、そこには相変わらず雑然とした様子の部屋で、何かをいじくっている正道の姿があった。
「正道様、…もしかして、お仕事中ですか?」
「まあね。」
「何か、私のする事は…。そうだ、朝食はどうなさいますか?」
「うん、えっとね…。バター付きのトーストと、フルーツの盛り合わせ、あとブラックコーヒーをこの部屋まで持ってきて。ああ、それからひろみの朝食を弁当にしてもらって、準備をしておくといい。」
「準備…ですか?何の準備でしょう?
 分かりました。とりあえず正道様の言われた通りに、用意してきますので。」
「ああ、頼む。」
 ひろみはこれが本当の初仕事だと思って、胸に小さなときめきを感じながら正道の部屋を出ると、台所に向かって、急ぎ足で歩いていった。台所に着いたひろみは、そこで2人の料理人が慌ただしく、朝食を作っている姿を目にして、今話し掛けたら迷惑かな、なんて思いながらも、思い切って声を掛けてみる事にした。
「あの、すみません!」
 すると2人の料理人ははっとした様子で手を止め、まじまじとひろみの事を眺めると、納得した様子で言った。
「ああ、君が今度新しく入った執事の女の子だね。何だい、何か用かい?」
「ええ、あの、正道様の朝食を作っていただきたいんです。バター付きトーストと、フルーツの盛り合わせと、あとブラックコーヒー。
 それからあの…、私の朝食を、できたらお弁当にして頂きたいんですが。」
 すると料理人は笑顔になって、オーケーサインを指で作ってから言った。
「あいよ。あんたの弁当は、パンにハムとレタスとチーズを挟んだものでいいかい?」
「ええ、何だって結構です、食べられるものだったら。」
 すると料理人達は手が8本あるようなスピードで、みるみるうちに食事を整えていき、3分もしないうちに、大人しく彼らの様子を見つめていたひろみの前に、どん!と料理を並べてから言った。
「はい、こっちのトレーが正道様の朝食ね。で、このナプキンに包んであるのが、君のサンドウイッチ。昨日の残り物で悪いけれど、アップルパイも入っているからね。
 まあ、頑張りなよ。」
 そう言ってさり気ない優しさを見せてくれた料理人に、ひろみは胸が温かくなる思いで一杯になり、感謝の気持ちと共に深くお辞儀をすると、トレーを片手に持ち、弁当を片手に持って、急ぎ足で元来た道を引き返していったのだった。
 … … …
「正道様!朝食をお持ちしました!」
「そうか。入りな!」
 ドアの前でそんな言葉のやりとりをしたひろみが、再び部屋の中へ入っていくと、正道はカメラを片手に熱心に何かをやっている所だった。
「…ああ、朝食はそこの机の上に置いておいて。」
「はい。」
 正道の言葉にひろみはそう返事すると、彼の邪魔をしてはいけないと思い、部屋の片隅で静かにしていたが、ふとある事を考え始めて、正道に声を掛けずにはいられなくなった。
「…あの、正道様。」
「ん、何だい?」
「何故、私の朝食は…、お弁当にする必要があったのでしょうか。」
「ひろみ。」
「はい?」
「これから僕と一緒に来る?」
「えっ、何処かへお出掛けになるんですか?ええっと、正道様の専任執事としては…。
 一緒についていくべきでしょうか?」
 すると正道はトーストをもぐもぐと食べながら、さり気なく自分の主張を展開した。
「僕はね、僕の自由にしていい小間使いが1人増えたと思っている。」
「あの、正道様、私は小間使いではなく、執事…。」
「何だっていい。とにかく僕についてきな。朝食を食べ終えたらすぐに出かけるから、急いで外出の準備をしてきなよ。僕は玄関で待っているから。」
「ええと、そうですか。では…、私も支度をしてまいりますので。」
 戸惑いながらも、ひろみはそう言い残すと、慌てて正道の部屋を飛び出していった。そして自分の部屋に戻り、簡単にショルダーバッグに必要な荷物を詰めて、言われた通りに玄関まで早足で行ってみると、そこではすでに正道がカメラバッグをぶら下げて、爽やかな表情でひろみが来るのを待っていたのだった。
 正道はちらとひろみの姿を眺めると、キラリと目を輝かせて言った。
「よし、それじゃあ行くか。」
「はい、正道様。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

My Angel -マイ・エンジェル-

甲斐てつろう
青春
逃げて、向き合って、そして始まる。 いくら頑張っても認めてもらえず全てを投げ出して現実逃避の旅に出る事を選んだ丈二。 道中で同じく現実に嫌気がさした麗奈と共に行く事になるが彼女は親に無断で家出をした未成年だった。 世間では誘拐事件と言われてしまい現実逃避の旅は過酷となって行く。 旅の果てに彼らの導く答えとは。

機械娘の機ぐるみを着せないで!

ジャン・幸田
青春
 二十世紀末のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品の「ガーディアンガールズ」に憧れていたアラフィフ親父はとんでもない事をしでかした! その作品に登場するパワードスーツを本当に開発してしまった!  そのスーツを娘ばかりでなく友人にも着せ始めた! そのとき、トラブルの幕が上がるのであった。

友情と青春とセックス

折り紙
青春
「僕」はとある高校に通う大学受験を 終えた男子高校生。 毎日授業にだるさを覚え、 夜更かしをして、翌日の授業に 眠気を感じながら挑むその姿は 他の一般的な高校生と違いはない。 大学受験を終えた「僕」は生活の合間に自分の過去を思い出す。 自分の青春を。 結構下品な下ネタが飛び交います。 3話目までうざい感じです 感想が欲しいです。

処理中です...