32 / 51
30.初日ツー
しおりを挟む
棚にお肉を並べ終えて戻ってくると、おばさん達が肉の料理について、楽し気に話し合っていた。
(どうやらこの職場は、そんなに忙しい職場ではなさそうよ)
マリアは思った。肉を切り、パック詰めをして、値札をつけ並べる。それがやることの全てらしい。唐突にマリアは話し掛けられた。
「上田さん! 」
「はっ、はい」
「前は何の仕事をやっていたの? 」
ここでマリアは完全に言葉に詰まった。嘘はよくない。でも。
「そうですね、目指していることがあるというか、ないというか。それで家で勉強のようなものを……」
「勉強ねえ」「へー」「そうなんだ」
三人のおばさんは口々に言った。おばさんの一人がさらに言う。
「息子が高校を卒業したら、就職せずに、専門学校へ行くっていうの」
「今の子達は皆そうよねえ」「うちの子は大学へ行ったわよ」
「そうでしょ。だから私はパートを始めたのよ。まあ、そう言うなら、行かせてあげようかっていう」
マリアは心で呟いた。
(子供を学校に行かせるために、さらに働かなくてはならないのか……。エスカレーターで大学まで行った私には、分からない苦労話ね。でも何か、このおばさま達からは、パワーを感じるのよ。やってやるぜ、みたいな? 精気っていうのかしら。元気です、生きています、っていう)
おばさん達は時々マリアを会話に引きずり込みながら、ほいほいと仕事をこなしていく。隠れた苦労があるのかもしれないが、彼女達が幸せそうに見えた。マリアも仕事は辛くなかったし、ブランクだった自分が、少しずつ何かで満ちていく感覚が心地よかった。充足というか、満足というべきか。
仕事の時間は四時間にしてもらっていた。最初から長い時間働ける自信がなかったし、スーパーの人もそれでいいと、OKを出してくれたからだ。四時間なら、疲れをとったり、一日の中でマリアの自由にできる時間も取れる。大分職場に馴染みだした所で、マリアはおばさん達に別れを告げ、いつもの量産型マリアに戻って、従業員出口から外の世界へ戻って言った。
(ちょっと、このスーパーについて詳しくなろうかしら)
マリアはふと思った。お婆さんに質問されて、ちゃんと答えられなかったことが、心に引っ掛かっていたのだ。ならば、このスーパーで買い物をしながら、配置を頭に入れようと思いついた。一般客として、スーパーの入口から中に入ると、少しこそばゆい。他人行儀だった何かが身内になっているような、そんな感覚だ。
(スイーツ、スイーツ。とにかくスイーツが食べたいわ。生クリームがぎっしり詰まったケーキとか売っていない? )
マリアはフワフワと店内をさ迷い歩く。
(そう言えば、グルテンフリーのパスタって、結局どこにあったのかしら)
(小さなスーパーと思っていたけれど、商品数も多いし、店舗のスペースも割と広い。コンビニ以上、大型スーパー以下、ってところね)
(あった! スイーツのコーナー。わあ、奇麗じゃない? フルーツのタルトなんて、ケーキ屋さんで売っているレベルだわ。これは買いね)
(なんだか安い、なめらかプリンというのも買ってみるわ)
(ここがパスタのコーナーね。とりあえずたらこクリームのパスタソースは買うわ。おしゃれなパッケージで、美味しそうだし)
(これだけパスタの種類があるのね。なるほど、おばあさんが迷うのも無理はない)
(全粒粉のパスタならあるけれど、グルテンフリーとは違うわよね)
(ここにはない。結局答えは謎のまま。あ、この輸入物のトマトソースは買うわ。百四十九円なんて安いじゃないの)
ふと我に返った時には、カゴはずしりと重くなっていた。今日働いたバイト代が、早々に消えて飛びそうだったが、それでもいいとマリアは思った。仕事場で会ったたくさんの人達。その人々の収入に貢献できるのだから、それならば。レジに行ってお会計をし、すみっこぐらしのエコバッグに、ほいほい食料を放り込んでいく。サンリオを買う時とは別物の、満足感がある。というか、この満足感があるなら、前ほどサンリオに依存しなくていい気もする。
(どうやらこの職場は、そんなに忙しい職場ではなさそうよ)
マリアは思った。肉を切り、パック詰めをして、値札をつけ並べる。それがやることの全てらしい。唐突にマリアは話し掛けられた。
「上田さん! 」
「はっ、はい」
「前は何の仕事をやっていたの? 」
ここでマリアは完全に言葉に詰まった。嘘はよくない。でも。
「そうですね、目指していることがあるというか、ないというか。それで家で勉強のようなものを……」
「勉強ねえ」「へー」「そうなんだ」
三人のおばさんは口々に言った。おばさんの一人がさらに言う。
「息子が高校を卒業したら、就職せずに、専門学校へ行くっていうの」
「今の子達は皆そうよねえ」「うちの子は大学へ行ったわよ」
「そうでしょ。だから私はパートを始めたのよ。まあ、そう言うなら、行かせてあげようかっていう」
マリアは心で呟いた。
(子供を学校に行かせるために、さらに働かなくてはならないのか……。エスカレーターで大学まで行った私には、分からない苦労話ね。でも何か、このおばさま達からは、パワーを感じるのよ。やってやるぜ、みたいな? 精気っていうのかしら。元気です、生きています、っていう)
おばさん達は時々マリアを会話に引きずり込みながら、ほいほいと仕事をこなしていく。隠れた苦労があるのかもしれないが、彼女達が幸せそうに見えた。マリアも仕事は辛くなかったし、ブランクだった自分が、少しずつ何かで満ちていく感覚が心地よかった。充足というか、満足というべきか。
仕事の時間は四時間にしてもらっていた。最初から長い時間働ける自信がなかったし、スーパーの人もそれでいいと、OKを出してくれたからだ。四時間なら、疲れをとったり、一日の中でマリアの自由にできる時間も取れる。大分職場に馴染みだした所で、マリアはおばさん達に別れを告げ、いつもの量産型マリアに戻って、従業員出口から外の世界へ戻って言った。
(ちょっと、このスーパーについて詳しくなろうかしら)
マリアはふと思った。お婆さんに質問されて、ちゃんと答えられなかったことが、心に引っ掛かっていたのだ。ならば、このスーパーで買い物をしながら、配置を頭に入れようと思いついた。一般客として、スーパーの入口から中に入ると、少しこそばゆい。他人行儀だった何かが身内になっているような、そんな感覚だ。
(スイーツ、スイーツ。とにかくスイーツが食べたいわ。生クリームがぎっしり詰まったケーキとか売っていない? )
マリアはフワフワと店内をさ迷い歩く。
(そう言えば、グルテンフリーのパスタって、結局どこにあったのかしら)
(小さなスーパーと思っていたけれど、商品数も多いし、店舗のスペースも割と広い。コンビニ以上、大型スーパー以下、ってところね)
(あった! スイーツのコーナー。わあ、奇麗じゃない? フルーツのタルトなんて、ケーキ屋さんで売っているレベルだわ。これは買いね)
(なんだか安い、なめらかプリンというのも買ってみるわ)
(ここがパスタのコーナーね。とりあえずたらこクリームのパスタソースは買うわ。おしゃれなパッケージで、美味しそうだし)
(これだけパスタの種類があるのね。なるほど、おばあさんが迷うのも無理はない)
(全粒粉のパスタならあるけれど、グルテンフリーとは違うわよね)
(ここにはない。結局答えは謎のまま。あ、この輸入物のトマトソースは買うわ。百四十九円なんて安いじゃないの)
ふと我に返った時には、カゴはずしりと重くなっていた。今日働いたバイト代が、早々に消えて飛びそうだったが、それでもいいとマリアは思った。仕事場で会ったたくさんの人達。その人々の収入に貢献できるのだから、それならば。レジに行ってお会計をし、すみっこぐらしのエコバッグに、ほいほい食料を放り込んでいく。サンリオを買う時とは別物の、満足感がある。というか、この満足感があるなら、前ほどサンリオに依存しなくていい気もする。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる