おとぎの世界で

桃青

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草摘み

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「大丈夫だってば。カベー」
「ヌン」
「この草を頂いていいかな。持てる限り、おとぎの世界へ持って帰りたいの。それで、その、大丈夫じゃないとき、大丈夫じゃないものに使いたい」
「使って」
「いいの」
「そうして。トイ、世界を助けて」
「分かった。なら頂いていくね」
「ヌン」
 そう言うとカベーは私から視線を逸らし、あらぬ方をじっと見つめました。私はバックパックから巨大な巾着袋を二つ取り出すと、タイムに一つ渡し、
「この中に光る草を摘んで、できる限り沢山詰めて。本当に、いっぱい必要になるときが来るかもしれないの」
 といつになく真剣に言うと、タイムは珍しく真顔になって、
「分かった」
 と言い、私から袋を受け取り、草取りという地味な作業に没頭しだしました。私も、もう一つの巾着袋に、せっせと輝いている草を放り込んでいきました。

 光る草が発する光に包まれていると、暗い世界の中でも、嫌でも心がほんのり明るくなり、光が射し込みます。
(光る方へ。光が射す方へ。私たちは行かなくてはならないんだ)
(でもどうやって? やみくもに進めば、光る場所へ辿り着けるわけじゃない)
(その方法を、その方法に至るきっかけを、この草はきっと、教えてくれるはず)
(カベーが前に言ったように、光が消えて、一旦世界は停止して、また動き出す。新しく輝きだした光へ向かって)
(抽象的な表現で、現実的に捉えにくい気もするけれど、やるべきことはシンプルだ。光を探せばいい)
(そのことを、シュリに伝えないといけないかも)
「トイ」
 タイムの声で、私は思考のループから抜け出し、ハッと我に返りました。タイムは大きな袋を振り子のようにブランブランさせながら、私を窺いつつ言いました。
「俺の仕事は終わったよ。ぎゅう、ぎゅう、ぎゅう、に詰め込みました。ここの光る草を半分は刈り取ったんじゃないの、ってくらいに」
「ありがとう。本当に助かるわ」
「俺、ちょっくらこの野原をぶらぶらしてくるわ。父さんと母さんの思い出に浸りたいんだ。ここならそれができるもんね」
「うん、好きにしていて。私はもうちょっと頑張る」
「頑張りな。愛しているよ、パパー、ママー」
 そう言うとタイムはふらふらと、闇に包まれた野原を歩き出しました。タイムの言葉に釣られて、私も父と母の思い出がよみがえりそうになりましたが、慌てて首を振り、思考を止めてから、心の中で言いました。
(私は父と母について苦しむことを、今はやめよう。さよなら、お父さん、お母さん。トイは、私の道を行きます)
 それから後は、必死で草を摘むことに励みました。
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