そこは、私の世界でした

桃青

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6.否定を肯定するには

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 うるさい目覚まし時計のベルが鳴っていた。私はいつもの習慣で時計をゴンと叩いてベルを止め、重たいまぶたを開きながら時刻を確かめた。
「朝の……、六時……」
 カーテンからは薄いグレーの明かりが差し込んで、日が昇り始めたことを告げている。私は布団から起きつつ、ぼそぼそと言った。
「仕事……、仕事に行かないと……」
 立ち上がって、よろよろと台所まで行ってから、冷蔵庫の中身を確かめつつ頭の中にある記憶を辿った。
「わたしの世界が危機的って……、デージーが言った」
 ヨーグルトと食パンとピーナッツバターとブルーベリージャムを取り出し、食卓にぶちまけてから腕組みをして、さらに言った。
「信頼をなくしつつあるとか……、この私が」
(信頼って何よ。そんなもの無くした覚えなんてないわ。私が今一番信じているものはお金で、一番信じていないものは自分自身……)
 思わず私は自分の言葉を繰り返した。
「自分、自身?」
 心ここにあらずのまま、パンに分厚くピーナッツバターとジャムを塗り、もしゃもしゃと食べながら心の中で考え続けた。
(私って、自分のことを信じていなかったんだ。いつからだろう、そうなったのは―)
(私は美しくもなく、才能もなく、特別でもなく、価値もない。子供を育てる自信もないから、結婚する資格もなく、うわ、自己否定の言葉しか出てこないや)
(こうなったのはいつからだろう。何が原因なのだろう。もしこの思考がとどまることなく流れ、行きつく先まで行ったならば―)
(私は完全なる自己否定、己の死、つまり自殺に辿り着くかもしれない)
(いやだ、私は死にたくなんかない。死にたいなんて少しも思っていないよ。それでも私は少しずつ殺してきていたのかも、自分の心の大切な何かを)
(デージーは正しかったんだ。私の心はいつしか危ない道を辿っていた。だから今こそ、私自身に信頼を取り戻さなくてはならないんだ)
「でもどうやって?」
 ぽつりとそう言うと、私は壁時計を眺め、自分がどうすべきか考えた。今はとりあえず生きるために必要なお金を手にするため、仕事に行こうと心に決めた。どのみち寝ないとaoとデージーには会えないし、私の世界へも行けないわけだし、今彼らに告げるべきことも特に思いつかない。私は慌ただしくテーブルを片付け、着替えるためにクローゼットへ向かった。
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