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第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)
095 終戦を迎えて1
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グールと人間。両者の争いは、表向き終戦を迎えた。
ローミュラー王国が再び平和を取り戻し、国内の貴族が再編成され、それぞれの領地を割り当てられた。それに伴い、グールも人も、望む者は揃って故郷に帰還できるようになった。
しかし、すぐに以前のような生活に戻れるわけではない。戦争で犠牲になった人に対し、悲嘆にくれる日々を、未だ送る者も多い。それでも、ほとんどの人は自分たちが生き残ることができたことに感謝しつつ、亡くなった仲間たちを偲びながら、日々を過ごしている。
そんな中、長いことグール優位に敷かれていた事による、経済的な影響や、社会的な混乱を解消するため、新たな政策や制度が導入される事になった。
その一つが、ローミュラー王国を悪溜まりから救う、クリスタルの守護者であるフォレスター家の復活だ。正直守護者だなんて、大袈裟なと思わなくもない。
『人間は勿論のこと、この戦いで残されたグールたちもまた、クリスタルによりこの土地が未来永劫守られ続ける。その事を共に願っておる。よってフォレスター家が表立つのが、一番自然な事なのじゃよ』
モリアティーニ侯爵はそう口にしていた。その結果、近日中に開催されるという、ローミュラー王国に存在する貴族が参加する議会。その場でフォレスター家が王家に戻る事が承認された場合。
私は晴れてこの国の女王となるらしい。そんな事もあり、新たなローミュラー王国誕生に向けた、会議に私も参加させられている。しかし、国を治めるような専門的な教育を受けて来なかった、学のない私は頷くのみ。
ほとんどは、モリアティーニ侯爵のような、年配貴族が中心となり、決定されているという状況だ。
「正直、お飾りって感じなの。だけど、わからないものは、わからないわけ。だから古の爺様たちに笑顔で頷く仕事を、毎日させられてるって感じ」
夕暮れ時、墓地に足を踏み入れた私は、真新しい灰色の墓石に向かって愚痴る。墓石に刻まれた名は、ロドニール・クルーベ。
終戦を迎え、彼のお墓は王都にあるモリアティーニ侯爵家の先祖が並ぶ場所に埋葬された。ロドニールは、かつてグールに殺されたという両親と並び、そこに眠っている。
勿論「埋葬された」と表現するも、遺体はそこに埋められていない。なぜならルーカスに食べられてしまったからだ。
けれど、不思議とここに来るとロドニールに会える気がしている。見えるわけでも、感じるわけでもない。ただ墓石に彼の名前が刻まれているだけだ。それでも私にとってこの場所は、気が向くとつい足を運んでしまうといった、もはや馴染みの場所となっている。
(それはたぶん、彼に懺悔できる場所だからだよね)
彼を思い出す度、今でも私の心は深い悲しみに包まれる。そして同じくらい「私のせいで」と、罪悪感に苛まれる。なぜならロドニールは私を救うため命を落としたからだ。よって、彼が死んだ原因が私にある事は明確。
これはもう、いまさら変えられない事実であり、私が生涯背負う重い罪だと感じている。
私はロドニールに対し、ルーカスに感じるものと、同じような恋心を抱いていたわけではない。けれど、私はロドニールを必要としていたし、少なくとも彼と共に歩む未来がはっきりと見えていた。
何より私は、彼をいろんな意味で好きだった。けれどそれを自覚した瞬間、私はロドニールを失った。
たぶん、後継者を残さねばならないという責務を負う私が、都合よく彼を利用した。そう思った神によって罰を与えられたのかも知れない。
「でもだとしたら、私を殺すべきなのに」
私はフォレスター家の人間で、クリスタルの守り人であるから、死ねない。
「もう誰でもいいから、早く子種をくれないかな」
自暴自棄とも取れる言葉を吐き出すも、「誰でもいい」と、所構わず誰かに夜這いをかける。そんな勇気がない事は、自分自身が一番良くわかっている。
「あーあ、どうして私に関わった人は、みんな不幸になっちゃうんだろう」
私が愛した人たちの多くが、死んでしまった。
母も、父も、そしてドラゴ大佐に、ロドニールまでも。
みんなが生きていて、この終戦を迎えていたら、きっと今よりもっと幸せだった。でも彼らが犠牲を払ってくれたから、終戦できた。
今の平和は、多大なる犠牲の上に成り立つもの。そして、それは私だけじゃない。多くの人が近しい人を亡くし、それでも「平和になって良かった」と、生きる事を、明日を迎えることを余儀なくされている。
「悲しみしか残さないのに、何で人は争うのかしらね」
問いかけてみるも、答えは返ってこない。そして私も本当にその答えが欲しいとは思っていない。
なぜなら、この世から戦争が無くなる事はないから。
人が戦争を起こす理由をざっと考えてみても、歴史をめぐる対立や資源や領土をめぐる争い。それから宗教や思想の違いといった事。さらには、国内の不満をそらすために、外国に攻め込むことで国民の支持を集めようとし、戦争を起こす国もある。
『戦争を防止するためには、対話や協力が必要であり、国際社会の努力が求められる』
歴史の授業で、そう習った気がするが、自分の国を守り立てようとする国家間の対話や協力なんて、そんな簡単にはいかないことだ。
「みんな関わらなきゃいいのにね」
あの人嫌い、苦手と敵対する、もしくは関わらない方がずっと楽なのに、それでも人は誰かと関わらないと、生きていけない。そして、関わるから傷つく。
「生きるって、本当に辛いわ」
ふぅとため息をついた後、くしゅんと前触れもなくくしゃみが出た。
「やだ、私を恨む人が噂してるのかも」
私は鼻を擦りながら、顔をしかめる。
私は人と変わらないグールを、星の数ほど殺した。だから私を恨む人も多い。けれど、私は与えられた仕事をしたまでだ。
(そもそも、戦争には明確な善悪はないもの)
味方につく側にとって、敵対する勢力が悪になる。それが本当に悪なのか、そんな事は深くは考えない。攻撃されるから、仕返すのだ。
「いっそ、ルーカスに食べられて死ねたら楽なのにって思うけど」
それは逃げる事だから、きっと誰も許してくれない。
「それに私は、ルーカスを生かしてしまったし。その責任をとらなきゃいけないんだよね」
私は人間だ。だから人を食べたいという欲望を抑える、グールの気持ちがわからない。けれど人を合法的に食べること。そのためにグールたちは戦争を起こしたくらいなのだから、「人を食べたい」という欲求は、相当な、抑えきれないものなのだろう。
現にルーカスは今苦しんでいる。
私がトドメを刺す事をためらい、生かす事を選んでしまったルーカスはこの先、その欲望と戦っていかなければならない。
「今はね、BGの離脱作用で苦しむ時間が少し減ったの。苦しそうだけど、まだ化け物にはなっていないし、大丈夫みたい。でも、いつか限界が来ると思う。その時、今度こそ彼は私を食べるかもしれないわ」
もし食べなかったとしても、その先に待っているものは、理性を失い化け物になること。それほどまでに、彼の身体はBGに汚染されていたのである。
私はルーカスを生かしておいた事で、確実に彼を追い詰めている。
「だけど、自分勝手だけど、私はルーカスが生きてくれていて良かったと思ってる」
相槌すら打たない、無言を貫き通す、ロドニールの墓石。私はその前にしゃがみこみ、迫りくる現実から逃げるように、語りかける。
最近本音を話せるのは、語らぬロドニールだけ。
戦争を終え、平和になった。
けれど、失った人は戻らない。
私は心にポッカリ穴が空いたように、寂しくて、悲しくて、とても虚しい気持ちを抱えている。
***
そして、それから一週間後。
フォレスター家が王座に返り咲く事が、正式に議会で承認されたのであった。
ローミュラー王国が再び平和を取り戻し、国内の貴族が再編成され、それぞれの領地を割り当てられた。それに伴い、グールも人も、望む者は揃って故郷に帰還できるようになった。
しかし、すぐに以前のような生活に戻れるわけではない。戦争で犠牲になった人に対し、悲嘆にくれる日々を、未だ送る者も多い。それでも、ほとんどの人は自分たちが生き残ることができたことに感謝しつつ、亡くなった仲間たちを偲びながら、日々を過ごしている。
そんな中、長いことグール優位に敷かれていた事による、経済的な影響や、社会的な混乱を解消するため、新たな政策や制度が導入される事になった。
その一つが、ローミュラー王国を悪溜まりから救う、クリスタルの守護者であるフォレスター家の復活だ。正直守護者だなんて、大袈裟なと思わなくもない。
『人間は勿論のこと、この戦いで残されたグールたちもまた、クリスタルによりこの土地が未来永劫守られ続ける。その事を共に願っておる。よってフォレスター家が表立つのが、一番自然な事なのじゃよ』
モリアティーニ侯爵はそう口にしていた。その結果、近日中に開催されるという、ローミュラー王国に存在する貴族が参加する議会。その場でフォレスター家が王家に戻る事が承認された場合。
私は晴れてこの国の女王となるらしい。そんな事もあり、新たなローミュラー王国誕生に向けた、会議に私も参加させられている。しかし、国を治めるような専門的な教育を受けて来なかった、学のない私は頷くのみ。
ほとんどは、モリアティーニ侯爵のような、年配貴族が中心となり、決定されているという状況だ。
「正直、お飾りって感じなの。だけど、わからないものは、わからないわけ。だから古の爺様たちに笑顔で頷く仕事を、毎日させられてるって感じ」
夕暮れ時、墓地に足を踏み入れた私は、真新しい灰色の墓石に向かって愚痴る。墓石に刻まれた名は、ロドニール・クルーベ。
終戦を迎え、彼のお墓は王都にあるモリアティーニ侯爵家の先祖が並ぶ場所に埋葬された。ロドニールは、かつてグールに殺されたという両親と並び、そこに眠っている。
勿論「埋葬された」と表現するも、遺体はそこに埋められていない。なぜならルーカスに食べられてしまったからだ。
けれど、不思議とここに来るとロドニールに会える気がしている。見えるわけでも、感じるわけでもない。ただ墓石に彼の名前が刻まれているだけだ。それでも私にとってこの場所は、気が向くとつい足を運んでしまうといった、もはや馴染みの場所となっている。
(それはたぶん、彼に懺悔できる場所だからだよね)
彼を思い出す度、今でも私の心は深い悲しみに包まれる。そして同じくらい「私のせいで」と、罪悪感に苛まれる。なぜならロドニールは私を救うため命を落としたからだ。よって、彼が死んだ原因が私にある事は明確。
これはもう、いまさら変えられない事実であり、私が生涯背負う重い罪だと感じている。
私はロドニールに対し、ルーカスに感じるものと、同じような恋心を抱いていたわけではない。けれど、私はロドニールを必要としていたし、少なくとも彼と共に歩む未来がはっきりと見えていた。
何より私は、彼をいろんな意味で好きだった。けれどそれを自覚した瞬間、私はロドニールを失った。
たぶん、後継者を残さねばならないという責務を負う私が、都合よく彼を利用した。そう思った神によって罰を与えられたのかも知れない。
「でもだとしたら、私を殺すべきなのに」
私はフォレスター家の人間で、クリスタルの守り人であるから、死ねない。
「もう誰でもいいから、早く子種をくれないかな」
自暴自棄とも取れる言葉を吐き出すも、「誰でもいい」と、所構わず誰かに夜這いをかける。そんな勇気がない事は、自分自身が一番良くわかっている。
「あーあ、どうして私に関わった人は、みんな不幸になっちゃうんだろう」
私が愛した人たちの多くが、死んでしまった。
母も、父も、そしてドラゴ大佐に、ロドニールまでも。
みんなが生きていて、この終戦を迎えていたら、きっと今よりもっと幸せだった。でも彼らが犠牲を払ってくれたから、終戦できた。
今の平和は、多大なる犠牲の上に成り立つもの。そして、それは私だけじゃない。多くの人が近しい人を亡くし、それでも「平和になって良かった」と、生きる事を、明日を迎えることを余儀なくされている。
「悲しみしか残さないのに、何で人は争うのかしらね」
問いかけてみるも、答えは返ってこない。そして私も本当にその答えが欲しいとは思っていない。
なぜなら、この世から戦争が無くなる事はないから。
人が戦争を起こす理由をざっと考えてみても、歴史をめぐる対立や資源や領土をめぐる争い。それから宗教や思想の違いといった事。さらには、国内の不満をそらすために、外国に攻め込むことで国民の支持を集めようとし、戦争を起こす国もある。
『戦争を防止するためには、対話や協力が必要であり、国際社会の努力が求められる』
歴史の授業で、そう習った気がするが、自分の国を守り立てようとする国家間の対話や協力なんて、そんな簡単にはいかないことだ。
「みんな関わらなきゃいいのにね」
あの人嫌い、苦手と敵対する、もしくは関わらない方がずっと楽なのに、それでも人は誰かと関わらないと、生きていけない。そして、関わるから傷つく。
「生きるって、本当に辛いわ」
ふぅとため息をついた後、くしゅんと前触れもなくくしゃみが出た。
「やだ、私を恨む人が噂してるのかも」
私は鼻を擦りながら、顔をしかめる。
私は人と変わらないグールを、星の数ほど殺した。だから私を恨む人も多い。けれど、私は与えられた仕事をしたまでだ。
(そもそも、戦争には明確な善悪はないもの)
味方につく側にとって、敵対する勢力が悪になる。それが本当に悪なのか、そんな事は深くは考えない。攻撃されるから、仕返すのだ。
「いっそ、ルーカスに食べられて死ねたら楽なのにって思うけど」
それは逃げる事だから、きっと誰も許してくれない。
「それに私は、ルーカスを生かしてしまったし。その責任をとらなきゃいけないんだよね」
私は人間だ。だから人を食べたいという欲望を抑える、グールの気持ちがわからない。けれど人を合法的に食べること。そのためにグールたちは戦争を起こしたくらいなのだから、「人を食べたい」という欲求は、相当な、抑えきれないものなのだろう。
現にルーカスは今苦しんでいる。
私がトドメを刺す事をためらい、生かす事を選んでしまったルーカスはこの先、その欲望と戦っていかなければならない。
「今はね、BGの離脱作用で苦しむ時間が少し減ったの。苦しそうだけど、まだ化け物にはなっていないし、大丈夫みたい。でも、いつか限界が来ると思う。その時、今度こそ彼は私を食べるかもしれないわ」
もし食べなかったとしても、その先に待っているものは、理性を失い化け物になること。それほどまでに、彼の身体はBGに汚染されていたのである。
私はルーカスを生かしておいた事で、確実に彼を追い詰めている。
「だけど、自分勝手だけど、私はルーカスが生きてくれていて良かったと思ってる」
相槌すら打たない、無言を貫き通す、ロドニールの墓石。私はその前にしゃがみこみ、迫りくる現実から逃げるように、語りかける。
最近本音を話せるのは、語らぬロドニールだけ。
戦争を終え、平和になった。
けれど、失った人は戻らない。
私は心にポッカリ穴が空いたように、寂しくて、悲しくて、とても虚しい気持ちを抱えている。
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そして、それから一週間後。
フォレスター家が王座に返り咲く事が、正式に議会で承認されたのであった。
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