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第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)

094 波乱の結婚式10

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 あちこちで助けを求める叫び声が響く中、ルーカスは倒れ、地面に寝転がっている。

 間違いない。彼にトドメを刺したのは私だ。

 私は自分が長らく求めていた、念願の「ルーカスに復讐」という項目を果たしたというのに、なぜか虚しさを感じていた。

 自分がこの先どう生きていくのか。この戦いに生き残る意味はあるのか。

 私は自分に問いかけ、その答えが思いつかず気力が抜けきった状態で、地面に横たわるルーカスを見つめていた。

 ルーカスの体からは、黒いモヤが立ち上り、空へと消えていく。そして黒いモヤが放出された彼の体は、化け物から元の姿へと徐々じょじょに姿を取り戻す。

 力なく横たわる彼の顔は、以前よりずっとやつれているように見える。けれど鼻筋が通り、均整きんせいの取れた端正たんせいな顔立ちは、私の知るルーカスそのものだ。残念ながら深い夜空にちりばめられた星のように輝く、綺麗な紫色の瞳は固く閉じられており、今は確認する事が出来ない。

 天高く上る太陽が彼の身体を優しく照らし、しかばねと化した彼の姿をより一層儚くはかな見せている。風が吹き、血の交じる匂いが鼻にまとわりつく中、横たわるルーカスの黒髪が優しく揺れた。

 周りでは戦闘音が響き渡り、人々が未だ命を奪い合っている。しかし私にとって今、目に映る光景はただ一つ。地面に倒れているルーカスの姿だけだった。

(ロドニールも、ルーカスも死んじゃった)

 私は自分の手を見下ろす。そこには赤い血がベッタリと付いている。

「……っ」

 吐き気がする。気持ちが悪い。頭が痛い。目眩めまいがする。息苦しい。心が張り裂けそうで胸が苦しい。

「うっ……」

 涙が頬を流れる。後悔しても遅い。私はルーカスをこの手で殺した。
 ジワジワと自分のした事を実感し、私の瞳から涙が溢れ出す。

「グールを殺しても、何も思わないはずなのに」

 どうしてルーカスを殺してしまった事に対し、こんなにも耐え難い気持ちになるのだろう。

「なんでよ」

 かすれたれた声と共に、自分の荒い鼓動と、乱れた呼吸が耳に届く。

 そして、その音にまぎれ。

「ル、シア……」

 私を呼ぶ、聞こえるはずのない、ルーカスの声がした。

「ルーカ……ス?」

 信じられない思いで、私は地面に横たわるルーカスを見つめる。すると、ぼんやりとこちらを見つめる、紫色の瞳と目が合った。

「もう、復讐、完了って、ことで、いい?」

 息も絶え絶えに、しかし彼らしい言葉をつむぐルーカス。顔色が悪く、息も荒い。それでもまだ、彼は生きていた。私は涙を流しながら何度も首を縦に振る。

「うん、いいよ、もう、いい」
「そっか……。よか、った……」

 安心しきった表情を浮かべ、目を閉じたルーカスは力尽きたように眠る。
 彼の手はこちらに伸び、あとちょっとで私の足に触れる瞬間、ぱたりと床に落ちた。

「ルーカス!!」

 まさかと思い、私は慌ててルーカスのそばにしゃがみ込む。そして心臓に手をあて、彼の鼓動を確かめる。どくん、どくんと波打つ音が手のひらから伝わる。

「よかった、生きてる」

 私は泣きじゃくりながら膝をつき、静かに彼を抱きしめた。

「まだ終わっていないぞ!」

 突然、頭上から声が聞こえた。ハッとして顔を上げると、ハーヴィストン侯爵が私に向かって剣を振り上げていた。

「きゃっ」

 反射的に私はハーヴィストン侯爵に手をかざし、魔法障壁しょうへきを展開する。杖を持たず発動したせいで、手のひらがジンと痛んだ。

「なんだと!?」

 私とルーカスを守るように展開した障壁に、ハーヴィストン侯爵が勢いよく振り下ろした剣が当たる。その衝撃で彼の体は跳ね返り、後方へと弾き飛ばす。

「くっ、姑息こそく真似まねを」

 ハーヴィストン侯爵が剣を地面に突き立て、私を睨みつける。そんな彼の背後には、未だ戦う解放軍の姿があった。勿論その中には年老いてなお、眼光がんこうするどくグールに杖を向けるモリアティーニ侯爵の姿もある。

(戦いはまだ続いている)

 敵はまだいるのだ。

「死ぬわけにはいかない」

 奇跡的にルーカスが生きていた。
 だからこの奇跡を私は守り抜く。

 私はルーカスをかばい、よろめきながらも立ち上がる。

「お前には利用価値がある、それを私たちのために使えば、殿下にBGを投与とうよする事をやめてやろう」

 ハーヴィストン侯がこちらに接近しながら、諦めの悪い言葉を口にする。
 しかし私は決して降伏こうふくするつもりはない。ルーカスを守るために戦うことを決めたばかりなのだから。

「残念だけど、私はあなたたちの手下にはならないわ」

 私がそう告げると、ハーヴィストン侯爵は怒りの形相ぎょうそうを見せた。

「ならば、ここで死ね!そしてあの世で、自分のおろかさをのろえ!!」

 ハーヴィストン侯爵が剣を大きく振りかぶったのと同時に、私は呪文をとなえる。

「アーススロー!」

 今まさに、私とルーカスを切り裂こうとする、ハーヴィストン侯爵の足下あしもとに土属性魔法の攻撃を放った。

「なっ」

 突如とつじょとして、ハーヴィストン侯爵が踏みしめる大地が、大きく揺らぐ。それにより体勢を崩した彼のすき見逃みのがさず、私は素早く次の魔法を放つ。

「アイスニードル!」

 氷柱つらら状の鋭いとげが次々と地面から飛び出し、ハーヴィストン侯爵の体に突き刺さる。

「ぐあっ」

 彼の体には無数の穴が空き、そこから一気に血が吹き出した。

「くそ……何故だ、どうして……」

 致命傷を負い、倒れ込むハーヴィストン侯爵は悔しげな表情を浮かべる。散々さんざん人々を苦しめたわりに、あっけない最期さいごだ。

「それはね、私を誘拐した罰よ」

 私が復讐を一つ果たした瞬間だ。

「誘拐、だ、と?」

 ハーヴィストン侯爵は苦しそうに顔をゆがめながら、私のほうを向く。

「ヒントは、ピンクの花をつけた、可憐かれんなマンドラゴラよ」
「まさか……、お前……っ」

 私はハーヴィストン侯爵が目を見開いたのを確認し、ニヤリと微笑む。

「そしてこれは、人々を苦しめた分だから」

 トドメを刺すべく、魔法を発動させる。

「プロミネンス!」
「ぐあああぁっ」

 ハーヴィストン侯爵の体は一瞬で炎に包まれ、やがて動かなくなった。その姿をながめる私の心に、罪悪感はない。むしろ「やってやった」という達成感だった。

「やつは、死んだのか」

 燃え盛る炎を見つめる私に、背後から声がかかる。

「はい、わりと呆気あっけなく」
「そうか……」

 命を燃やしたハーヴィストン侯爵を見つめたまま、答える私の隣にモリアティーニ侯爵が並び立つ。

「これで、我々は勝利出来るだろう。礼を言うぞ」

 モリアティーニ侯爵の言葉に、私は首を横に振る。

「いえ、私は自分の意思で戦っただけです。それに私は、ハーヴィストン侯爵がルーカスにしたことを許せなかっただけですから」
「……そうか」
「他のグールは」
「全て倒した。残るは……こやつだけだ」
「……」

 私は視線を落とし、地面に横たわるルーカスを見つめる。苦痛を味わったまま。そんなふうに顔を歪め倒れている、彼の胸は小さく上下している。それは彼が生きている証拠だ。

「BGを一度でも投与された者は、人の味を忘れられん」

 そこで一旦言葉を切ったモリアティーニ侯爵が、ルーカスに向かって歩き出す。そしてルーカスの脇に膝を折りしゃがみ込む。それから彼は、脈を確かめるように、ルーカスの首元に指先で触れた。

「お主は、こやつをどうするのじゃ」
「生かします」

 私は即答する。

「生かすのは、地獄じゃぞ」
「わかっています」

 確かにルーカスは今後「食べたい」という欲求にあらがいながら生きる事になる。それがどれくらいつらい事なのか、私にはわからない。

「もし、また人を襲うような事があれば、わしらはこやつを殺さねばならぬ」

 厳しい表情で言い放つモリアティーニ侯爵。しかし私は、それに対する答えを持っていた。

「トドメをさせなかったのは私です。だから私が彼の人生に責任を持ちます」
「そうか」

 モリアティーニ侯爵は目を細めた後、ゆっくりと立ち上がった。

「この場の後始末は、わしらに任せておきなさい。お主は殿下……もはや殿下ではないか」

 モリアティーニ侯爵が苦笑し、ルーカスを一瞥いちべつした後、私に微笑む。

「彼を私の屋敷に。お主たちの到着をマージェリーが待っておる」

 モリアティーニ侯爵の口から懐かしい名前が飛び出し、ルーカスの乳母うばだという、恰幅かっぷくの良い女性を思い出す。

「ありがとうございます」
「今後、お主は忙しくなるじゃろう。休める時に、彼と共に休んでおくといい」
「はい」

 私は力強く返事をする。そしてルーカスのそばで膝をつく。

「ルーカス、もう大丈夫よ。全部終わったわ」

 呼びかけると、彼のまぶたが震え、ゆっくりと開く。

「……シア」

 紫の瞳が私を映すと、彼は安心しきった表情を浮かべた。

「無理しないで。モリアティーニ候が休んでいていいって」

 柄にもなく優しく告げ、私はルーカスを背負い、立ち上がる。

 こうして私たちの戦争。グール対人間の戦いは、この日終戦を迎えたのであった。
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