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第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)
092 波乱の結婚式8
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ルーカスが、BGを打たれ化け物と化した。そして、ランドルフはルーカスによって八つ裂きにされ、その命を呆気なく散らした。
辺りに血の匂いが充満する中。
私達はモリアティーニ侯爵を守るよう周囲を固め、地獄のような光景を前に立ちすくむ。
「陛下ッ!!」
「嘘だろ……」
「何でだよ」
「何でこんな事に」
一瞬の出来事に、驚き立ちすくんでいた、黒い騎士服姿の近衛兵たちから次々に声が上がる。その声を耳にしながら私は思う。
「なんてこと……」
長年恨みを抱えていた復讐相手の一人は、私が手を下す事なく死んでしまった。虚しさを感じながら、私は目の前に広がる光景を見つめる。
「グオォォオ!!」
ルーカスは再度、雄叫びを上げる。
「陛下!!」
「くそっ!よくも!!」
ルーカスに憎悪の目を向ける近衛騎士。
「待て。ルーカス殿下に剣先を向けるだなんて、不敬じゃないのか?」
「確かに。ランドルフ陛下を失った今、俺達が仕える主はあの方だ」
「しかし、ランドルフ陛下を……」
主を失った近衛兵達が、戸惑いの声をあげる。
「元に戻す方法はないのか!」
モリアティーニ侯爵が声を荒らげ、ハーヴィストン侯爵に尋ねる。
「この戦いを終わらせるたった一つの方法。それは最後まで生き残ること」
恍惚の表情を浮かべ、ルーカスを見つめるハーヴィストン侯爵は言葉を続ける。
「殿下はもはや、理性を失い兵器と化した。生き延びたくば、人間を喰らいたくば、戦え!!」
司令塔となる主を失い、戸惑う近衛騎士達にハーヴィストン侯爵が声高らかに告げた。
「よ、よし。やってやる!!」
「生き延びてやる!」
「ランドルフ陛下の仇をとってやる」
指示待ちに慣れているせいか。それとも目の前で今なお起きる惨事に、思考を停止させてしまっているのか、近衛騎士たちがしっかりと剣を握り直す。そして次々と覚悟を決めた顔をし、ルーカスに立ち向かっていく。
「グアァア!」
ルーカスが切りつけられてもなお、強靭な腕を振り下ろし、何人もの騎士を吹き飛ばしていく。
「ぐわぁああ!」
「ぎゃあぁあ!」
近衛兵は剣を手にし応戦するが、怒り狂うルーカスの前には無力だった。
「何してんだ!!早く行けよ!」
「お前が行けばいいだろう!?」
「無理だって!あいつ、強いぞ!」
「逃げろー!!」
恐怖に耐えかね、逃げ出す者もいる有様だ。
「私たちはどうしますか?」
ロドニールがモリアティーニ侯爵にたずねる。
「理性を失い、化け物と呼ばれる彼らも私達と同じ人間だ。いつも通り、武器を持たぬ市民を優先的にこの場から救い出すのじゃ」
「はっ。ではアクスの班と、アルミンの班は広場の市民を。エイデンの班はモリアティーニ侯を安全な場所へ。ルーカスは私とルシア少佐で引き付けておく」
儀礼的に称号をつけられた私と違い、その階級に伴う能力を持つロドニールが、仲間に指示を出す。
「了解!」
「ラージャー」
「任せてくれ」
解放軍の仲間たちは、散り散りとなり、市民の救出に向かう。
「きゃー」
「共食いだわ!!」
「早く逃げないと」
「襲われる」
広場にいる民衆の中からも、理性を失ったグールに襲われる人々の悲鳴が上がる。
「おいっ!!早く逃げろ」
「あぁ……駄目だ」
「無理だ、あれはもう人じゃない」
「おい!誰か止めてくれ!」
次々と倒れていく近衛兵に、他の兵士たちは怯えた表情を見せる。
(あぁ、これが私が望んでいた結果なんだ)
父と母を追い出した国に住まう者達が絶望に打ちひしがれ、苦しみながら死んでいく。私が長年追い求めてきた光景が、今まさに目の前に広がっている。
(でもどうして)
ずっと望んでいた光景を前に、私の心は思ったより晴れない。
もっと苦しめばいいと思っていた。
もっと罰を受ければいいと願っていた。
それなのに何故だろう。今私の中にあるのは、どこか虚しさを覚える気持ちだ。
私はいつでも攻撃出来るよう杖を構えつつ、密かに無気力な気持ちに襲われていた。
「キャアァアア!」
「やめてぇえ!」
「助けてー」
私の目の前では、凶暴な眼差しをしたグールに襲われた人々が、必死に逃げ惑っている。
「こんな事なら、出来損ないのままでいてくれれば良いものを」
一人の近衛兵が剣を構え、ルーカスの前に立ち塞がった。その声を皮切りに、今まで躊躇した様子であった、騎士達が一斉に武器を構え、ルーカスに攻撃を仕掛けた。
「グルルルゥウ」
ルーカスはその攻撃を避ける事もせず、正面から受ける。攻撃を食らってもなお、怯むことなく、襲ってくる兵士達を次々となぎ倒していく。辺りには、累々と黒い騎士服を着た死体が転がっていく。
為す術もないとはこの事だ。
そしてついに、その時は訪れる。
「グゥ……」
襲い来る近衛兵を皆殺しにし、その死体を貪り食っていたルーカスが低い唸り声を上げ、ゆっくりと顔を動かした。そして、血で染まる口元を片手で拭うと、新たな目標を定めたかのように、ピタリと動きを止める。
ルーカスの視線の先を辿ると、そこにいたのはハーヴィストン侯爵だった。彼を守ろうとする騎士は、皆やられてしまったのか、リリアナの腕を掴み、こちらに背を向け逃げ出そうとしている。
「グオォオオォオ!!」
ルーカスが許さないといった感じで雄叫びをあげる。
「ひっ!!」
ハーヴィストン侯爵は腰を抜かし、その場にへたり込む。そして、恐怖のあまり失禁してしまったのか、足元に水溜まりが出来上がる。
「や、やめろ。た、食べるならば、娘を」
震える声で懇願するハーヴィストン侯爵。
「嫌よ!離してよ!」
掴まれた腕を振り払おうともがくが、思うように力が入らないのか、リリアナは父親の手から逃れられない。
(さいてい)
リリアナの事は好きではない。けれど、娘を餌に差し出そうとする、非情な父を持った事だけは、同情せざるを得ないと思った。
「グオォォ!」
ルーカスは、勢いよく跳躍し、二人の元へ迫る。リリアナはハーヴィストン侯爵に抱きつき、迫りくる死の恐怖に目を瞑っている。
「ヒィッ!」
「いやぁああ!」
私は咄嵯の判断で、魔法を発動させる。
「ライトニングレイ!」
私の杖の先から、光の矢が一直線にルーカスの足元に向かって放たれた。
「グアァア!」
私の魔法がルーカスの足元を掠める。
「た、助かった」
「勘違いしないで。あなたを助けた訳じゃないわ。ルーカスをこれ以上殺人鬼にしたくないだけよ」
安堵の声を上げる、ハーヴィストン侯爵に私は冷たく言い放つ。
本当はこんな奴、どうなってもいい。けれど、ローミュラー王国が目の前で、崩壊していく様を眺めていても、ちっともスッキリしないのだ。
(それは、私が直接手を下してないからだ)
私がくすぶる気持ちになるのは、多分それだ。
つまり、私が手を下すためには、理性を失い殺戮を繰り返すルーカスをこのまま野放しにするわけにもいかないというわけで。
「私が復讐する人が、一人残らずいなくなるのは勘弁よ」
「あなたって人は、本当に」
ポツリと呟く私の言葉に、ロドニールが反応した。
「本当になに?」
私は意地悪くたずねる。
「困った人で、そしてやっぱり不思議な魅力に溢れている」
思いのほか、褒められてしまい、私は恥ずかしくなる。
「……ありがとう」
誤魔化すように礼を言うと、再び杖を構える。
「ふはは、ははははは」
突然、気が狂ったように、笑い出すハーヴィストン侯爵。
「とうとう気がふれたの?」
気味が悪くなり、思わず尋ねる。
「この国は滅びる。どうせ殺されるならば、貴様らも道連れにしてやる。ここで殿下に共に食い殺されるんだ!はははははは!!」
狂気に満ちた瞳で高らかに笑うハーヴィストン侯爵。
「お、お父様?」
聞き捨てならない単語に、リリアナが目を見開き、すかさず問い詰める。
「お前も一緒に死んでもらうぞ!!」
ハーヴィストン侯爵は懐に手を入れると、中から小さな小瓶を取り出した。
「くっ、まさか」
モリアティーニ侯爵が眉をしかめる。しかし私にはハーヴィストン侯爵が手にした小瓶。その中身について、さっぱり見当がつかない。
「疫病の再来だ。しかもこれは改良版。この液を浴びた者は、必ずやグールとなる。そして私達と同じように、人を喰らいたい気持ちを邪魔される、その苦しさを味わうがいい!!」
「え、そういうこと?」
私が驚きの声をあげると共に、ハーヴィストン侯爵は手にした小瓶を、私たちに向かって投げつけた。
「やばいってば!!」
私は咄嵯に、その小瓶に向け杖を振る。放物線を描き宙を舞う小瓶は、その場でピタリと停止した。
「ぎりぎりセーフ」
私が安堵したのも束の間。ルーカスが素早く動き、私の前に立ち塞がった。
「なに!?」
ルーカスの行動に驚く私。そんな私の前で、彼は腕を上げた。
「ち、ちょっと、ルーカス。落ち着いて」
私は宙に浮いた状態の、怪しい薬の存在に困り果てる。
私が魔力を途切れさせれば、瓶は地面に落ちて割れてしまうからだ。
「グォオオオォオ!!」
ルーカスが大きく吠えた瞬間、私に向かって容赦なく太い腕が振り下ろされた。
「危ない!」
「えっ?」
突然、ロドニールに突き飛ばされ、私は尻餅をつく。
「フロー」
劇薬である小瓶が地面に叩き付けられる寸前、モリアティーニ侯爵の声が響く。
「あぶな」
間一髪といったところ。私は劇薬がモリアティーニ侯爵の手に渡り、ホッとする。
「うっ」
ロドニールの悲鳴が聞こえ、慌ててそちらに顔を向ける。
「え」
私の目の前に、赤い宝石が飛び散る姿が飛び込んでくる。そして、突如私の視界を埋めたキラキラと輝く宝石は、ピチャリと音を立て私の顔に張り付いた。
「ロドニール?」
私が呟くと同時に、真っ二つに裂けた体が、地面に倒れる。
「え、何?」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然とする。
「ええと……」
とりあえず自分の頬を手で撫でた。それから自分の手のひらを確認し、真っ赤に染まっている事を理解する。
まるでそれは人の血のような、色をしている。
「そんな」
恐る恐る視線を上げ、ロドニールの姿を確認する。
「何かの間違いよ」
私は自分に言い聞かせる。しかし先程まで私をずっと気にかけてくれていた、優しいロドニールの姿はどこにもない。
私の視界に入るのはむしゃむしゃと、本能のまま人を喰らうルーカスの姿。彼の前に、餌としてあるのは、この世の悲惨なものを全て思い浮かべても、言葉に出来ないほど、変わり果てた姿の青年だ。
「嘘……」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然と立ち尽くす。
「グガァアアッ!!」
ルーカスが歓喜の雄叫びをあげ、口元に笑みを浮かべる。
「ルーカス、やめて」
ルーカスは私の言葉など耳に入っていないのか、再び肉をむさぼり食う。むしゃむしゃと、ただひたすらロドニールだったはずの物体を本能のまま、食べている。
ルーカスの手が、そして口の周りが、真っ赤な血で染まっている。
「こんなの、こんなことって」
私は目の前で起こっている光景を受け入れる事が出来ず、頭を振った。
「グルルルル」
ルーカスは口に入れていた体の骨を投げ捨てると、新しい獲物を探そうとしているのか、辺りをゆっくりと見回し、私と目が合った。
(嘘よ)
そう自分に言い聞かせるものの、ルーカスの口元から滴り落ちる血液を見て、そして自分の頬を拭った手のひらについた真っ赤な血を確認し、私はようやく理解する。
(ロドニールが死んじゃった)
「あぁああぁああぁ」
私の口から、言葉にならない声が出る。
ルーカスはそんな私に喉を鳴らし、近付いてくる。
「いやぁああ!」
私はこれ以上ないくらい最悪な絶望感に耐えきれず、大声で叫ぶのであった。
辺りに血の匂いが充満する中。
私達はモリアティーニ侯爵を守るよう周囲を固め、地獄のような光景を前に立ちすくむ。
「陛下ッ!!」
「嘘だろ……」
「何でだよ」
「何でこんな事に」
一瞬の出来事に、驚き立ちすくんでいた、黒い騎士服姿の近衛兵たちから次々に声が上がる。その声を耳にしながら私は思う。
「なんてこと……」
長年恨みを抱えていた復讐相手の一人は、私が手を下す事なく死んでしまった。虚しさを感じながら、私は目の前に広がる光景を見つめる。
「グオォォオ!!」
ルーカスは再度、雄叫びを上げる。
「陛下!!」
「くそっ!よくも!!」
ルーカスに憎悪の目を向ける近衛騎士。
「待て。ルーカス殿下に剣先を向けるだなんて、不敬じゃないのか?」
「確かに。ランドルフ陛下を失った今、俺達が仕える主はあの方だ」
「しかし、ランドルフ陛下を……」
主を失った近衛兵達が、戸惑いの声をあげる。
「元に戻す方法はないのか!」
モリアティーニ侯爵が声を荒らげ、ハーヴィストン侯爵に尋ねる。
「この戦いを終わらせるたった一つの方法。それは最後まで生き残ること」
恍惚の表情を浮かべ、ルーカスを見つめるハーヴィストン侯爵は言葉を続ける。
「殿下はもはや、理性を失い兵器と化した。生き延びたくば、人間を喰らいたくば、戦え!!」
司令塔となる主を失い、戸惑う近衛騎士達にハーヴィストン侯爵が声高らかに告げた。
「よ、よし。やってやる!!」
「生き延びてやる!」
「ランドルフ陛下の仇をとってやる」
指示待ちに慣れているせいか。それとも目の前で今なお起きる惨事に、思考を停止させてしまっているのか、近衛騎士たちがしっかりと剣を握り直す。そして次々と覚悟を決めた顔をし、ルーカスに立ち向かっていく。
「グアァア!」
ルーカスが切りつけられてもなお、強靭な腕を振り下ろし、何人もの騎士を吹き飛ばしていく。
「ぐわぁああ!」
「ぎゃあぁあ!」
近衛兵は剣を手にし応戦するが、怒り狂うルーカスの前には無力だった。
「何してんだ!!早く行けよ!」
「お前が行けばいいだろう!?」
「無理だって!あいつ、強いぞ!」
「逃げろー!!」
恐怖に耐えかね、逃げ出す者もいる有様だ。
「私たちはどうしますか?」
ロドニールがモリアティーニ侯爵にたずねる。
「理性を失い、化け物と呼ばれる彼らも私達と同じ人間だ。いつも通り、武器を持たぬ市民を優先的にこの場から救い出すのじゃ」
「はっ。ではアクスの班と、アルミンの班は広場の市民を。エイデンの班はモリアティーニ侯を安全な場所へ。ルーカスは私とルシア少佐で引き付けておく」
儀礼的に称号をつけられた私と違い、その階級に伴う能力を持つロドニールが、仲間に指示を出す。
「了解!」
「ラージャー」
「任せてくれ」
解放軍の仲間たちは、散り散りとなり、市民の救出に向かう。
「きゃー」
「共食いだわ!!」
「早く逃げないと」
「襲われる」
広場にいる民衆の中からも、理性を失ったグールに襲われる人々の悲鳴が上がる。
「おいっ!!早く逃げろ」
「あぁ……駄目だ」
「無理だ、あれはもう人じゃない」
「おい!誰か止めてくれ!」
次々と倒れていく近衛兵に、他の兵士たちは怯えた表情を見せる。
(あぁ、これが私が望んでいた結果なんだ)
父と母を追い出した国に住まう者達が絶望に打ちひしがれ、苦しみながら死んでいく。私が長年追い求めてきた光景が、今まさに目の前に広がっている。
(でもどうして)
ずっと望んでいた光景を前に、私の心は思ったより晴れない。
もっと苦しめばいいと思っていた。
もっと罰を受ければいいと願っていた。
それなのに何故だろう。今私の中にあるのは、どこか虚しさを覚える気持ちだ。
私はいつでも攻撃出来るよう杖を構えつつ、密かに無気力な気持ちに襲われていた。
「キャアァアア!」
「やめてぇえ!」
「助けてー」
私の目の前では、凶暴な眼差しをしたグールに襲われた人々が、必死に逃げ惑っている。
「こんな事なら、出来損ないのままでいてくれれば良いものを」
一人の近衛兵が剣を構え、ルーカスの前に立ち塞がった。その声を皮切りに、今まで躊躇した様子であった、騎士達が一斉に武器を構え、ルーカスに攻撃を仕掛けた。
「グルルルゥウ」
ルーカスはその攻撃を避ける事もせず、正面から受ける。攻撃を食らってもなお、怯むことなく、襲ってくる兵士達を次々となぎ倒していく。辺りには、累々と黒い騎士服を着た死体が転がっていく。
為す術もないとはこの事だ。
そしてついに、その時は訪れる。
「グゥ……」
襲い来る近衛兵を皆殺しにし、その死体を貪り食っていたルーカスが低い唸り声を上げ、ゆっくりと顔を動かした。そして、血で染まる口元を片手で拭うと、新たな目標を定めたかのように、ピタリと動きを止める。
ルーカスの視線の先を辿ると、そこにいたのはハーヴィストン侯爵だった。彼を守ろうとする騎士は、皆やられてしまったのか、リリアナの腕を掴み、こちらに背を向け逃げ出そうとしている。
「グオォオオォオ!!」
ルーカスが許さないといった感じで雄叫びをあげる。
「ひっ!!」
ハーヴィストン侯爵は腰を抜かし、その場にへたり込む。そして、恐怖のあまり失禁してしまったのか、足元に水溜まりが出来上がる。
「や、やめろ。た、食べるならば、娘を」
震える声で懇願するハーヴィストン侯爵。
「嫌よ!離してよ!」
掴まれた腕を振り払おうともがくが、思うように力が入らないのか、リリアナは父親の手から逃れられない。
(さいてい)
リリアナの事は好きではない。けれど、娘を餌に差し出そうとする、非情な父を持った事だけは、同情せざるを得ないと思った。
「グオォォ!」
ルーカスは、勢いよく跳躍し、二人の元へ迫る。リリアナはハーヴィストン侯爵に抱きつき、迫りくる死の恐怖に目を瞑っている。
「ヒィッ!」
「いやぁああ!」
私は咄嵯の判断で、魔法を発動させる。
「ライトニングレイ!」
私の杖の先から、光の矢が一直線にルーカスの足元に向かって放たれた。
「グアァア!」
私の魔法がルーカスの足元を掠める。
「た、助かった」
「勘違いしないで。あなたを助けた訳じゃないわ。ルーカスをこれ以上殺人鬼にしたくないだけよ」
安堵の声を上げる、ハーヴィストン侯爵に私は冷たく言い放つ。
本当はこんな奴、どうなってもいい。けれど、ローミュラー王国が目の前で、崩壊していく様を眺めていても、ちっともスッキリしないのだ。
(それは、私が直接手を下してないからだ)
私がくすぶる気持ちになるのは、多分それだ。
つまり、私が手を下すためには、理性を失い殺戮を繰り返すルーカスをこのまま野放しにするわけにもいかないというわけで。
「私が復讐する人が、一人残らずいなくなるのは勘弁よ」
「あなたって人は、本当に」
ポツリと呟く私の言葉に、ロドニールが反応した。
「本当になに?」
私は意地悪くたずねる。
「困った人で、そしてやっぱり不思議な魅力に溢れている」
思いのほか、褒められてしまい、私は恥ずかしくなる。
「……ありがとう」
誤魔化すように礼を言うと、再び杖を構える。
「ふはは、ははははは」
突然、気が狂ったように、笑い出すハーヴィストン侯爵。
「とうとう気がふれたの?」
気味が悪くなり、思わず尋ねる。
「この国は滅びる。どうせ殺されるならば、貴様らも道連れにしてやる。ここで殿下に共に食い殺されるんだ!はははははは!!」
狂気に満ちた瞳で高らかに笑うハーヴィストン侯爵。
「お、お父様?」
聞き捨てならない単語に、リリアナが目を見開き、すかさず問い詰める。
「お前も一緒に死んでもらうぞ!!」
ハーヴィストン侯爵は懐に手を入れると、中から小さな小瓶を取り出した。
「くっ、まさか」
モリアティーニ侯爵が眉をしかめる。しかし私にはハーヴィストン侯爵が手にした小瓶。その中身について、さっぱり見当がつかない。
「疫病の再来だ。しかもこれは改良版。この液を浴びた者は、必ずやグールとなる。そして私達と同じように、人を喰らいたい気持ちを邪魔される、その苦しさを味わうがいい!!」
「え、そういうこと?」
私が驚きの声をあげると共に、ハーヴィストン侯爵は手にした小瓶を、私たちに向かって投げつけた。
「やばいってば!!」
私は咄嵯に、その小瓶に向け杖を振る。放物線を描き宙を舞う小瓶は、その場でピタリと停止した。
「ぎりぎりセーフ」
私が安堵したのも束の間。ルーカスが素早く動き、私の前に立ち塞がった。
「なに!?」
ルーカスの行動に驚く私。そんな私の前で、彼は腕を上げた。
「ち、ちょっと、ルーカス。落ち着いて」
私は宙に浮いた状態の、怪しい薬の存在に困り果てる。
私が魔力を途切れさせれば、瓶は地面に落ちて割れてしまうからだ。
「グォオオオォオ!!」
ルーカスが大きく吠えた瞬間、私に向かって容赦なく太い腕が振り下ろされた。
「危ない!」
「えっ?」
突然、ロドニールに突き飛ばされ、私は尻餅をつく。
「フロー」
劇薬である小瓶が地面に叩き付けられる寸前、モリアティーニ侯爵の声が響く。
「あぶな」
間一髪といったところ。私は劇薬がモリアティーニ侯爵の手に渡り、ホッとする。
「うっ」
ロドニールの悲鳴が聞こえ、慌ててそちらに顔を向ける。
「え」
私の目の前に、赤い宝石が飛び散る姿が飛び込んでくる。そして、突如私の視界を埋めたキラキラと輝く宝石は、ピチャリと音を立て私の顔に張り付いた。
「ロドニール?」
私が呟くと同時に、真っ二つに裂けた体が、地面に倒れる。
「え、何?」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然とする。
「ええと……」
とりあえず自分の頬を手で撫でた。それから自分の手のひらを確認し、真っ赤に染まっている事を理解する。
まるでそれは人の血のような、色をしている。
「そんな」
恐る恐る視線を上げ、ロドニールの姿を確認する。
「何かの間違いよ」
私は自分に言い聞かせる。しかし先程まで私をずっと気にかけてくれていた、優しいロドニールの姿はどこにもない。
私の視界に入るのはむしゃむしゃと、本能のまま人を喰らうルーカスの姿。彼の前に、餌としてあるのは、この世の悲惨なものを全て思い浮かべても、言葉に出来ないほど、変わり果てた姿の青年だ。
「嘘……」
私は、目の前で起こった出来事を信じられず、呆然と立ち尽くす。
「グガァアアッ!!」
ルーカスが歓喜の雄叫びをあげ、口元に笑みを浮かべる。
「ルーカス、やめて」
ルーカスは私の言葉など耳に入っていないのか、再び肉をむさぼり食う。むしゃむしゃと、ただひたすらロドニールだったはずの物体を本能のまま、食べている。
ルーカスの手が、そして口の周りが、真っ赤な血で染まっている。
「こんなの、こんなことって」
私は目の前で起こっている光景を受け入れる事が出来ず、頭を振った。
「グルルルル」
ルーカスは口に入れていた体の骨を投げ捨てると、新しい獲物を探そうとしているのか、辺りをゆっくりと見回し、私と目が合った。
(嘘よ)
そう自分に言い聞かせるものの、ルーカスの口元から滴り落ちる血液を見て、そして自分の頬を拭った手のひらについた真っ赤な血を確認し、私はようやく理解する。
(ロドニールが死んじゃった)
「あぁああぁああぁ」
私の口から、言葉にならない声が出る。
ルーカスはそんな私に喉を鳴らし、近付いてくる。
「いやぁああ!」
私はこれ以上ないくらい最悪な絶望感に耐えきれず、大声で叫ぶのであった。
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