36 / 126
第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)
036 謎の青年とマンドラゴラ2
しおりを挟む
シンと静まる温室内。もわっとした土の匂いが私の鼻を掠る。
「お前はこの学校の生徒ではない。何故なら」
ルーカスが自信有りげに発した言葉に対し、私は続く言葉を待っているという状況だ。
しかしルーカスは勿体ぶっているのか、一向に言葉を発しない。
「ええと、何故なら何なの?」
待ちきれず私は尋ねた。
「第一に不審な点として、お前の爪の間に付着している土の存在があげられるだろう」
(土が?)
私はジッと青年の指先を見つめる。
すると確かに黒ずんだ指先が何本か目視できた。
「彼は園芸部なのかも。それに魔法植物学の居残りとか」
私は「手に土が付くこと」のありきたりな可能性を指摘する。
「それはない。今日は園芸部の活動日ではないし、そもそも彼は園芸部ではない。園芸部員の僕が断言するのだから間違いない」
「え、ルーカスって園芸部なの?」
初耳だった私は素直に驚く。同時に、ルーカスが私に知らせてくれなかった。その事実がどうにも気に食わないと感じた。
「別に隠していたわけじゃないんだ。頼まれて仕方なく副部長を引き受けた感じで。今日会った時、君には報告しようと思ってさ」
「ふーん」
私が僅かに顔を歪めたのを察知したらしいルーカスは、自らをフォローするように慌てて付け足す。
「コホン」
仕切り直しとばかりわざとらしく咳をしたルーカスは続ける。
「君のもう一つの問い。魔法植物学の居残りの件だが、確かにその可能性は捨てきれない」
「だよね」
「けど、そもそもここは僕の為に与えられた温室だし、僕はこの男の立ち入りを許した覚えもない」
きっぱりと言い切るルーカス。
確かに彼の主張は間違っていない。ここは魔法植物学で優秀な成績を収めたルーカスの為に用意された特別な温室だからだ。しかもそういった理由があるからこそ、人目がないというただ一点の理由で、私は魔力を譲渡する場所に、ここを指定している。
何故なら、これ以上周囲にルーカスとの仲を勘違いされたくなかったからだ。
「以上の事から、彼がこの温室にいる正当な理由がない事を理解してくれたかな?」
「理解したわ。確かにこの場所に、この人がいるのはおかしい」
私はルーカスの主張を認める。
「それに何より、こいつがこの学校の生徒でないという、何よりの証拠があるんだよね」
「それは?」
すかさず尋ねる。
するとルーカスは青年に改めて向き合う。
「お前は僕とルシアが保護者公認で愛し合う仲だと言う事を知らなかった。しかもこの事は学校内で周知されている事実だ。だからよっぽどの事がない限りルシアに告白する愚弄な者はいない。しかしお前は堂々と彼女に告白をした。よってお前が犯人で間違いない」
「…………」
指摘したい部分は星の数ほどある。その多くを飲み込み、どうしても優先的に確かめておきたい事を私は口にした。
「犯人って、彼は何の犯人なの?」
「これだ」
ルーカスが指さす先にあるのは木の樽だ。しかも先程まで、ルーカスが力尽きたように横たわる側にあったもの。
「その樽がどうかしたの?」
問いかけながら樽の中を覗き込み、私は固まる。
樽の中にはマンドラゴラが入っていた。それも大量にだ。しかもマンドラゴラたちは皆、生気を奪われたように萎びた状態でぐったりとしており、まるで枯れ果てる寸前といった感じで横たわっている。
「酷い……」
「本当は君にこんな残酷なマンドラゴラ達の姿を見せたくはなかった。けれど僕の魔力が足りなくて。これでもマシになった状態なんだ」
悲痛な声と面持ちで、樽の中を覗き込むルーカス。
「こんな狭いところに詰め込まれていたら、そりゃ弱るわよ。でもどうしてこんな風に詰め込んだの?」
ルーカスが犯人だと断言した青年に問いかける。
「俺は何も知らない」
「嘘をつくな。お前はマンドラゴラを違法に売買しようとしていたんだな」
「えっ?」
思いもよらぬ理由が飛び出し、私は思わず驚きの声を上げる。
「違う、俺はそんな事を考えていない!」
青年が必死に否定するが、ルーカスは一切取り合うつもりはなさそうだ。
青年を睨みつけたまま、口を開く。
「マンドラゴラは指定危険植物に認定されている植物だ。だから危険植物取り扱い免許を持つ者の元でしか、扱う事が許可されない特別な植物。よって、通常では市場に流通する事がない」
ルーカスの説明に私は頷く。ルーカスがたった今語ったこと。それはすでに危険植物学の授業でしっかりと習っていた事だったからだ。
『もし嫌がらせの一つとして、今後マンドラゴラの使用を考えている場合。必ず、ホワイト・ローズ科のルーカス・アディントン君のように、国際的に有効である、危険植物取り扱い免許を取得してから行う事』
あの時先生がルーカスの名を出した事により、みんなのニヤニヤとした顔と視線が私に集中する羽目になった。
だから私は、恥ずかしい思いと共に、マンドラゴラが誰にでも扱える代物ではないこと。それをしっかりと記憶していたのである。
「マンドラゴラは古くから、呪術や錬金術の材料。そして鎮痛薬や鎮静薬、また手術の時の麻酔薬としても重宝されている植物だ」
(それに毒殺の材料としての需要も高い)
あえてなのか、それともブラック・ローズ科の生徒のみの常識なのか。ルーカスが省いた説明を私は心で補足する。
「しかしマンドラゴラは需要に対し、その入手性の難しさから高値で取引されており、中には偽物までもが密かに出回るようなこともある」
ルーカスの説明に私はふと、ローミュラー王国で誘拐された時の事を思い出す。
ハーヴィストン侯爵家の屋敷で、マンドラゴラに化けた私の処分に悩む面々。
(あの時確か)
燃やすべきだと主張するリリアナに対し、ハーヴィストン侯は金になるからと、手放すことを惜しんでいる素振りだった。
それはマンドラゴラが、ルーカスの言う通り、それなりに需要があると言う主張を裏付けている。
「お前は雇われか?」
ルーカスが黙り込む青年に問いかける。
「それとも、僕がマンドラゴラの違法管理の取り締まりや、保護活動に精を出していること。それを恨んでの反抗なのか?」
(それは違う気がする)
嫌がらせをするだけであれば、こんなに沢山のマンドラゴを樽に詰めたりしないと思った。
「これは明らかに、盗もうとしてるっぽい」
「僕もそう思う。悪いが見過ごせない」
杖をその手に召喚したルーカスは青年に一歩近づく。
「お前はこの学校の生徒ではない。それなのにこの温室に無断で入り、あまつさえ魔法植物であるマンドラゴラ達を違法な手段で売り捌こうとしていたんだろう?逃げ場はないぞ。認めろ」
「違う」
青年はルーカスの言葉を否定する。
そして突然、両手を大きく広げた。
「俺は無実だ!本当に何も知らない。そもそもこの温室だって今日初めて入ったばかりだし、俺にはここがどこだかもわからない」
「見え透いた嘘をつくな。ここは一般生徒が間違えて迷い込むことなどありえないし、ましてやマンドラゴラを持ち出すなんて事は絶対にできない。むしろそんな事、してはならない。観念しろ」
「くそっ」
青年は悪態をつくと懐に手を入れる。
そこから取り出したのはナイフだった。
「おい、まさかまた僕とやりあうつもりじゃないだろうな」
「うるさい、マンドラゴラを奪われた今、他に方法がないんだよ」
青年の目は本気だ。
「仕方ない」
呟きながらルーカスは杖を構える。
私もルーカスに倣い、いつでも攻撃できるよう召喚した杖を構える。
「君は下がってて」
ルーカスは青年を睨みつけたまま、私に命令する。
「でも、二対一の方が有利じゃない?」
「大丈夫だから。僕を信じて」
そう言って微笑むと、ルーカスは再び青年へと向き直る。
次の瞬間、ルーカスの魔力が一気に膨れ上がったような感覚を覚える。
「お前を拘束させてもらう」
呪文を唱えると同時にルーカスの足元に植物の根っこのようなものが現れ、それが一気に青年の方に向かって広がっていく。次の瞬間、青年の手にあったはずのナイフが消え失せており、同時に青年も地面に倒れ込む。
「うっ……」
地面に膝をつく青年の足には、まるでロープのようにぐるぐると根っこが巻き付いている。
「えっと……」
思いのほか鮮やかなルーカスの魔法捌きに、思わず呆然と立ち尽くす。
「彼の足に絡みついた根は、彼が動こうとする力を奪い取るんだ。例えどんなに素早く動ける人間であってもね」
いつの間にか奪い取ったらしいナイフを手に、得意げな表情を私に向けるルーカス。
どうやら彼は魔力欠乏症なだけで、魔法を扱う事にはむしろ長けた人物のようだ。
(復讐できるのだろうか……)
鮮やかな魔法捌きを目の当たりにした私の脳裏に、一抹の不安がよぎる。
「くそっ、何で俺が」
青年は悔しそうに、ガクリと項垂れた。
どうやら勝負はついたようだ。
「残念だけど、僕はこいつをニール先生の元へ連れていかなくちゃならなくなった。約束はまた明日でもいいかな?」
ルーカスが申し訳ないといった感じで私に告げる。
「かまわないけど、でも、マンドラゴラをこのまま放置しておいて大丈夫なの?」
私は、樽の中にぐったりとした様子で横たわるマンドラゴラが心配になって尋ねる。
「むしろ私がその人をニール先生の所に連れていこうか?」
(私が残るより、その方が良い気がするんだけど)
しかしルーカスは首を横に振って答えた。
「ダメだよルシア。こんな怪しい男と君を、二人きりになんて出来ない」
「でも……」
「君が心配してくれているのは分かる。だけどこの男の背後には、危険植物を違法で売買する大きな犯罪組織の影がちらついている状態だ。そうじゃなかったら、マンドラゴラをこんなに手際よく樽に詰めて運び出そうとする訳ないし。だからこいつは危険。君にもし何かあったら困るから、君には頼めないし、頼みたくはない」
「……分かったわ」
ルーカスの言わんとする事が理解できた私は、大人しく引き下がる事にした。
「ありがとうルシア。君がここにいてくれるだけでとても安心だ。マンドラゴラに関しては、既に応急処置はしておいたから、そうだな……」
ルーカスは少し考える素振りを見せた後、日当たりの良い壁際にズラリと並べられた鉢植えを指さした。
「出来たら、樽の中のマンドラゴラを、あそこに用意してある植木鉢に、植え替えておいてくれると助かるかも」
「……了解」
果たして私に上手く植え替えができるだろうかと、不安に思いつつ。
このままにしておくわけにもいかないしと、私はルーカスの指示を聞き入れる。
「じゃあ、僕はこいつの事を連れていくよ。ドラゴ大佐、こいつを運ぶのを手伝ってくれ」
ルーカスは当たり前のように、いつぞや大変お世話になった懐かしい名を口にする。
「ラージャ!!」
威勢の良い声と共に、壁際に沿って置かれた植木鉢の中からマンドラゴラが飛び出してきた。
「総員、六時の方向に整列!」
ルーカスによって魔法がかけられているのか、鉢植えから飛び出したマンドラゴラ達は光を帯び、茶色い迷彩服に身を包んでいく。
(何でここに!?)
浮かんだ疑問の答えを探る間もなく、彼らは目にも止まらぬ速さと、統率の取れた動きでルーカスの前に整列した。
「こちら光合成隊。揃って現地に到着」
「こちら葉緑素隊。こちらも全員、現地に到着しました」
報告の声が飛び交う中、ルーカスの前に綺麗に横並びとなった二列が出来上がる。
そして真ん中に立つのは、ひときわガタイの良いマンドラゴラ、ドラゴ大佐だ。
「一同、敬礼!」
ドラゴ大佐がハキハキとした声で告げる。
「ハッ!!」
ピシリと揃った掛け声の後、一斉にマンドラゴラ達がこめかみに手を当てる。
(相変わらず、漲る連帯感がすごいんだけど)
ポカンと間抜けな顔をする私。
するとそんな私に向かってドラゴ大佐が体を向けた。
「お久しぶりです、ルシア様」
「あ、その節は大変お世話になりました」
「お元気そうで何よりです」
「はい。それはもう、お陰様で」
ドラコ大佐に思わず頭を下げる。するとドラコ大佐は嬉しそうに目を細めた。
「ドラゴ大佐。悪いがこいつを、ニール先生の元に移送したいんだ」
「了解です。光合成班、葉緑素班。ただいまよりミッションを開始する!」
ドラゴ大佐が声高らかに告げると、他の隊員達が青年を一気に担ぎ上げる。
「うわ、何だこのマンドラゴラは!!」
焦った様子で、しかしなすがままといった青年。
「さて、それじゃあ僕も行ってくるよ」
ルーカスが満足そうな笑みを浮かべながら私に告げる。
「うん。わかった……。ルーカスも気をつけて」
「ああ」
ルーカスは嬉しそうに微笑むと、名残惜しそうな表情を一瞬したのち、私に背をむけた。
「マンドラゴラ部隊の各員に告ぐ。ただいまより凶悪犯の移送を開始する。目的地は植物学棟の教務室。途中には数多の困難が待ち受けているかも知れない。しかし、一人も欠ける事なく帰還できるよう、気を引き締め、任務に当たれ!」
ルーカスがマンドラゴラに声をかける。
「ラージャー!!」
「うぉぉぉぉぉ」
「やってやるぅぅぅ」
マンドラゴラ達の雄叫びが温室に響く。
どうやらルーカスの激励の声に指揮が上がった事は間違いなさそうだ。
マンドラゴラ達は嬉しそうに青年を担ぐ根っこの手に力こぶを作る。
「な、何なんだよ。これは悪夢か……」
青年の顔色は既に土色に近い青色だ。
「ワッショイ」
「ワッショイ」
「ワッショイ」
「ワッショイ」
先頭を歩くルーカスの後を、青年を担ぐマンドラゴラ部隊が謎の掛け声と共に追いかける。
(ま、大丈夫そ?)
呆気に取られてはいたものの、私にもルーカスから与えられた任務がある。
「さてと、頑張りますか」
私は一人、樽の中から萎びたマンドラゴラを取り出し始めたのであった。
「お前はこの学校の生徒ではない。何故なら」
ルーカスが自信有りげに発した言葉に対し、私は続く言葉を待っているという状況だ。
しかしルーカスは勿体ぶっているのか、一向に言葉を発しない。
「ええと、何故なら何なの?」
待ちきれず私は尋ねた。
「第一に不審な点として、お前の爪の間に付着している土の存在があげられるだろう」
(土が?)
私はジッと青年の指先を見つめる。
すると確かに黒ずんだ指先が何本か目視できた。
「彼は園芸部なのかも。それに魔法植物学の居残りとか」
私は「手に土が付くこと」のありきたりな可能性を指摘する。
「それはない。今日は園芸部の活動日ではないし、そもそも彼は園芸部ではない。園芸部員の僕が断言するのだから間違いない」
「え、ルーカスって園芸部なの?」
初耳だった私は素直に驚く。同時に、ルーカスが私に知らせてくれなかった。その事実がどうにも気に食わないと感じた。
「別に隠していたわけじゃないんだ。頼まれて仕方なく副部長を引き受けた感じで。今日会った時、君には報告しようと思ってさ」
「ふーん」
私が僅かに顔を歪めたのを察知したらしいルーカスは、自らをフォローするように慌てて付け足す。
「コホン」
仕切り直しとばかりわざとらしく咳をしたルーカスは続ける。
「君のもう一つの問い。魔法植物学の居残りの件だが、確かにその可能性は捨てきれない」
「だよね」
「けど、そもそもここは僕の為に与えられた温室だし、僕はこの男の立ち入りを許した覚えもない」
きっぱりと言い切るルーカス。
確かに彼の主張は間違っていない。ここは魔法植物学で優秀な成績を収めたルーカスの為に用意された特別な温室だからだ。しかもそういった理由があるからこそ、人目がないというただ一点の理由で、私は魔力を譲渡する場所に、ここを指定している。
何故なら、これ以上周囲にルーカスとの仲を勘違いされたくなかったからだ。
「以上の事から、彼がこの温室にいる正当な理由がない事を理解してくれたかな?」
「理解したわ。確かにこの場所に、この人がいるのはおかしい」
私はルーカスの主張を認める。
「それに何より、こいつがこの学校の生徒でないという、何よりの証拠があるんだよね」
「それは?」
すかさず尋ねる。
するとルーカスは青年に改めて向き合う。
「お前は僕とルシアが保護者公認で愛し合う仲だと言う事を知らなかった。しかもこの事は学校内で周知されている事実だ。だからよっぽどの事がない限りルシアに告白する愚弄な者はいない。しかしお前は堂々と彼女に告白をした。よってお前が犯人で間違いない」
「…………」
指摘したい部分は星の数ほどある。その多くを飲み込み、どうしても優先的に確かめておきたい事を私は口にした。
「犯人って、彼は何の犯人なの?」
「これだ」
ルーカスが指さす先にあるのは木の樽だ。しかも先程まで、ルーカスが力尽きたように横たわる側にあったもの。
「その樽がどうかしたの?」
問いかけながら樽の中を覗き込み、私は固まる。
樽の中にはマンドラゴラが入っていた。それも大量にだ。しかもマンドラゴラたちは皆、生気を奪われたように萎びた状態でぐったりとしており、まるで枯れ果てる寸前といった感じで横たわっている。
「酷い……」
「本当は君にこんな残酷なマンドラゴラ達の姿を見せたくはなかった。けれど僕の魔力が足りなくて。これでもマシになった状態なんだ」
悲痛な声と面持ちで、樽の中を覗き込むルーカス。
「こんな狭いところに詰め込まれていたら、そりゃ弱るわよ。でもどうしてこんな風に詰め込んだの?」
ルーカスが犯人だと断言した青年に問いかける。
「俺は何も知らない」
「嘘をつくな。お前はマンドラゴラを違法に売買しようとしていたんだな」
「えっ?」
思いもよらぬ理由が飛び出し、私は思わず驚きの声を上げる。
「違う、俺はそんな事を考えていない!」
青年が必死に否定するが、ルーカスは一切取り合うつもりはなさそうだ。
青年を睨みつけたまま、口を開く。
「マンドラゴラは指定危険植物に認定されている植物だ。だから危険植物取り扱い免許を持つ者の元でしか、扱う事が許可されない特別な植物。よって、通常では市場に流通する事がない」
ルーカスの説明に私は頷く。ルーカスがたった今語ったこと。それはすでに危険植物学の授業でしっかりと習っていた事だったからだ。
『もし嫌がらせの一つとして、今後マンドラゴラの使用を考えている場合。必ず、ホワイト・ローズ科のルーカス・アディントン君のように、国際的に有効である、危険植物取り扱い免許を取得してから行う事』
あの時先生がルーカスの名を出した事により、みんなのニヤニヤとした顔と視線が私に集中する羽目になった。
だから私は、恥ずかしい思いと共に、マンドラゴラが誰にでも扱える代物ではないこと。それをしっかりと記憶していたのである。
「マンドラゴラは古くから、呪術や錬金術の材料。そして鎮痛薬や鎮静薬、また手術の時の麻酔薬としても重宝されている植物だ」
(それに毒殺の材料としての需要も高い)
あえてなのか、それともブラック・ローズ科の生徒のみの常識なのか。ルーカスが省いた説明を私は心で補足する。
「しかしマンドラゴラは需要に対し、その入手性の難しさから高値で取引されており、中には偽物までもが密かに出回るようなこともある」
ルーカスの説明に私はふと、ローミュラー王国で誘拐された時の事を思い出す。
ハーヴィストン侯爵家の屋敷で、マンドラゴラに化けた私の処分に悩む面々。
(あの時確か)
燃やすべきだと主張するリリアナに対し、ハーヴィストン侯は金になるからと、手放すことを惜しんでいる素振りだった。
それはマンドラゴラが、ルーカスの言う通り、それなりに需要があると言う主張を裏付けている。
「お前は雇われか?」
ルーカスが黙り込む青年に問いかける。
「それとも、僕がマンドラゴラの違法管理の取り締まりや、保護活動に精を出していること。それを恨んでの反抗なのか?」
(それは違う気がする)
嫌がらせをするだけであれば、こんなに沢山のマンドラゴを樽に詰めたりしないと思った。
「これは明らかに、盗もうとしてるっぽい」
「僕もそう思う。悪いが見過ごせない」
杖をその手に召喚したルーカスは青年に一歩近づく。
「お前はこの学校の生徒ではない。それなのにこの温室に無断で入り、あまつさえ魔法植物であるマンドラゴラ達を違法な手段で売り捌こうとしていたんだろう?逃げ場はないぞ。認めろ」
「違う」
青年はルーカスの言葉を否定する。
そして突然、両手を大きく広げた。
「俺は無実だ!本当に何も知らない。そもそもこの温室だって今日初めて入ったばかりだし、俺にはここがどこだかもわからない」
「見え透いた嘘をつくな。ここは一般生徒が間違えて迷い込むことなどありえないし、ましてやマンドラゴラを持ち出すなんて事は絶対にできない。むしろそんな事、してはならない。観念しろ」
「くそっ」
青年は悪態をつくと懐に手を入れる。
そこから取り出したのはナイフだった。
「おい、まさかまた僕とやりあうつもりじゃないだろうな」
「うるさい、マンドラゴラを奪われた今、他に方法がないんだよ」
青年の目は本気だ。
「仕方ない」
呟きながらルーカスは杖を構える。
私もルーカスに倣い、いつでも攻撃できるよう召喚した杖を構える。
「君は下がってて」
ルーカスは青年を睨みつけたまま、私に命令する。
「でも、二対一の方が有利じゃない?」
「大丈夫だから。僕を信じて」
そう言って微笑むと、ルーカスは再び青年へと向き直る。
次の瞬間、ルーカスの魔力が一気に膨れ上がったような感覚を覚える。
「お前を拘束させてもらう」
呪文を唱えると同時にルーカスの足元に植物の根っこのようなものが現れ、それが一気に青年の方に向かって広がっていく。次の瞬間、青年の手にあったはずのナイフが消え失せており、同時に青年も地面に倒れ込む。
「うっ……」
地面に膝をつく青年の足には、まるでロープのようにぐるぐると根っこが巻き付いている。
「えっと……」
思いのほか鮮やかなルーカスの魔法捌きに、思わず呆然と立ち尽くす。
「彼の足に絡みついた根は、彼が動こうとする力を奪い取るんだ。例えどんなに素早く動ける人間であってもね」
いつの間にか奪い取ったらしいナイフを手に、得意げな表情を私に向けるルーカス。
どうやら彼は魔力欠乏症なだけで、魔法を扱う事にはむしろ長けた人物のようだ。
(復讐できるのだろうか……)
鮮やかな魔法捌きを目の当たりにした私の脳裏に、一抹の不安がよぎる。
「くそっ、何で俺が」
青年は悔しそうに、ガクリと項垂れた。
どうやら勝負はついたようだ。
「残念だけど、僕はこいつをニール先生の元へ連れていかなくちゃならなくなった。約束はまた明日でもいいかな?」
ルーカスが申し訳ないといった感じで私に告げる。
「かまわないけど、でも、マンドラゴラをこのまま放置しておいて大丈夫なの?」
私は、樽の中にぐったりとした様子で横たわるマンドラゴラが心配になって尋ねる。
「むしろ私がその人をニール先生の所に連れていこうか?」
(私が残るより、その方が良い気がするんだけど)
しかしルーカスは首を横に振って答えた。
「ダメだよルシア。こんな怪しい男と君を、二人きりになんて出来ない」
「でも……」
「君が心配してくれているのは分かる。だけどこの男の背後には、危険植物を違法で売買する大きな犯罪組織の影がちらついている状態だ。そうじゃなかったら、マンドラゴラをこんなに手際よく樽に詰めて運び出そうとする訳ないし。だからこいつは危険。君にもし何かあったら困るから、君には頼めないし、頼みたくはない」
「……分かったわ」
ルーカスの言わんとする事が理解できた私は、大人しく引き下がる事にした。
「ありがとうルシア。君がここにいてくれるだけでとても安心だ。マンドラゴラに関しては、既に応急処置はしておいたから、そうだな……」
ルーカスは少し考える素振りを見せた後、日当たりの良い壁際にズラリと並べられた鉢植えを指さした。
「出来たら、樽の中のマンドラゴラを、あそこに用意してある植木鉢に、植え替えておいてくれると助かるかも」
「……了解」
果たして私に上手く植え替えができるだろうかと、不安に思いつつ。
このままにしておくわけにもいかないしと、私はルーカスの指示を聞き入れる。
「じゃあ、僕はこいつの事を連れていくよ。ドラゴ大佐、こいつを運ぶのを手伝ってくれ」
ルーカスは当たり前のように、いつぞや大変お世話になった懐かしい名を口にする。
「ラージャ!!」
威勢の良い声と共に、壁際に沿って置かれた植木鉢の中からマンドラゴラが飛び出してきた。
「総員、六時の方向に整列!」
ルーカスによって魔法がかけられているのか、鉢植えから飛び出したマンドラゴラ達は光を帯び、茶色い迷彩服に身を包んでいく。
(何でここに!?)
浮かんだ疑問の答えを探る間もなく、彼らは目にも止まらぬ速さと、統率の取れた動きでルーカスの前に整列した。
「こちら光合成隊。揃って現地に到着」
「こちら葉緑素隊。こちらも全員、現地に到着しました」
報告の声が飛び交う中、ルーカスの前に綺麗に横並びとなった二列が出来上がる。
そして真ん中に立つのは、ひときわガタイの良いマンドラゴラ、ドラゴ大佐だ。
「一同、敬礼!」
ドラゴ大佐がハキハキとした声で告げる。
「ハッ!!」
ピシリと揃った掛け声の後、一斉にマンドラゴラ達がこめかみに手を当てる。
(相変わらず、漲る連帯感がすごいんだけど)
ポカンと間抜けな顔をする私。
するとそんな私に向かってドラゴ大佐が体を向けた。
「お久しぶりです、ルシア様」
「あ、その節は大変お世話になりました」
「お元気そうで何よりです」
「はい。それはもう、お陰様で」
ドラコ大佐に思わず頭を下げる。するとドラコ大佐は嬉しそうに目を細めた。
「ドラゴ大佐。悪いがこいつを、ニール先生の元に移送したいんだ」
「了解です。光合成班、葉緑素班。ただいまよりミッションを開始する!」
ドラゴ大佐が声高らかに告げると、他の隊員達が青年を一気に担ぎ上げる。
「うわ、何だこのマンドラゴラは!!」
焦った様子で、しかしなすがままといった青年。
「さて、それじゃあ僕も行ってくるよ」
ルーカスが満足そうな笑みを浮かべながら私に告げる。
「うん。わかった……。ルーカスも気をつけて」
「ああ」
ルーカスは嬉しそうに微笑むと、名残惜しそうな表情を一瞬したのち、私に背をむけた。
「マンドラゴラ部隊の各員に告ぐ。ただいまより凶悪犯の移送を開始する。目的地は植物学棟の教務室。途中には数多の困難が待ち受けているかも知れない。しかし、一人も欠ける事なく帰還できるよう、気を引き締め、任務に当たれ!」
ルーカスがマンドラゴラに声をかける。
「ラージャー!!」
「うぉぉぉぉぉ」
「やってやるぅぅぅ」
マンドラゴラ達の雄叫びが温室に響く。
どうやらルーカスの激励の声に指揮が上がった事は間違いなさそうだ。
マンドラゴラ達は嬉しそうに青年を担ぐ根っこの手に力こぶを作る。
「な、何なんだよ。これは悪夢か……」
青年の顔色は既に土色に近い青色だ。
「ワッショイ」
「ワッショイ」
「ワッショイ」
「ワッショイ」
先頭を歩くルーカスの後を、青年を担ぐマンドラゴラ部隊が謎の掛け声と共に追いかける。
(ま、大丈夫そ?)
呆気に取られてはいたものの、私にもルーカスから与えられた任務がある。
「さてと、頑張りますか」
私は一人、樽の中から萎びたマンドラゴラを取り出し始めたのであった。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
もう愛は冷めているのですが?
希猫 ゆうみ
恋愛
「真実の愛を見つけたから駆け落ちするよ。さよなら」
伯爵令嬢エスターは結婚式当日、婚約者のルシアンに無残にも捨てられてしまう。
3年後。
父を亡くしたエスターは令嬢ながらウィンダム伯領の領地経営を任されていた。
ある日、金髪碧眼の美形司祭マクミランがエスターを訪ねてきて言った。
「ルシアン・アトウッドの居場所を教えてください」
「え……?」
国王の命令によりエスターの元婚約者を探しているとのこと。
忘れたはずの愛しさに突き動かされ、マクミラン司祭と共にルシアンを探すエスター。
しかしルシアンとの再会で心優しいエスターの愛はついに冷め切り、完全に凍り付く。
「助けてくれエスター!僕を愛しているから探してくれたんだろう!?」
「いいえ。あなたへの愛はもう冷めています」
やがて悲しみはエスターを真実の愛へと導いていく……
◇ ◇ ◇
完結いたしました!ありがとうございました!
誤字報告のご協力にも心から感謝申し上げます。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
婚約者様にお子様ができてから、私は……
希猫 ゆうみ
恋愛
アスガルド王国の姫君のダンス教師である私には婚約者がいる。
王室騎士団に所属する伯爵令息ヴィクターだ。しかしある日、突然、ヴィクターは子持ちになった。
神官と女奴隷の間に生まれた〝罪の子〟である私が姫君の教師に抜擢されたのは奇跡であり、貴族に求婚されたのはあり得ない程の幸運だった。
だから、我儘は言えない……
結婚し、養母となることを受け入れるべき……
自分にそう言い聞かせた時、代わりに怒ってくれる人がいた。
姫君の語学教師である伯爵令嬢スカーレイだった。
「勝手です。この子の、女としての幸せはどうなるのです?」
〝罪の子〟の象徴である深紅の瞳。
〝罪の子〟を片時も忘れさせない〝ルビー〟という名前。
冷遇される私をスカーレイは〝スノウ〟と呼び、いつも庇護してくれた。
私は子持ちの婚約者と結婚し、ダンス教師スノウの人生を生きる。
スカーレイの傍で生きていく人生ならば〝スノウ〟は幸せだった。
併し、これが恐ろしい復讐劇の始まりだった。
そしてアスガルド王国を勝利へと導いた国軍から若き中尉ジェイドが送り込まれる。
ジェイドが〝スノウ〟と出会ったその時、全ての歯車が狂い始め───……
(※R15の残酷描写を含む回には話数の後に「※」を付けます。タグにも適用しました。苦手な方は自衛の程よろしくお願いいたします)
(※『王女様、それは酷すぎませんか?』関連作ですが、時系列と国が異なる為それぞれ単品としてお読み頂けます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる