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第三章 波乱を含む、サマーバケーション(十四歳)

025 さようなら、ローミューラ城

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 部屋に戻ったルーカスを待ち構えていたのは、王族派の侍女を名乗る恰幅の良い中年女性、マージェリーだ。

「首尾は上々。リリアナと契約を結ぶ事に成功した」
「さすがでございます」
「これで二年後、僕とリリアナが婚約破壊をしたら、少なくとも母上は怒り狂うだろう」

 私を新たに用意した鉢植えに戻しながら、ルーカスが得意げにマージェリーに告げる。

「万事作戦通りに行かれたのですね」

 マージェリーが目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。そして手にした黒いジャケットとパンツをルーカスに渡す。

「作戦通り?」

 私は思わずつぶやく。

「目の上のたんこぶである僕の婚約が思い通りになった母上は、安堵から隙だらけになるはずだってこと。それに何よりあと二年。僕はこの国から煩わしい干渉はされないで済む」
「そういうことか」

 確かに今度十六歳となるルーカスに対し、悪い虫がつかないよう早めに婚約相手を決めておきたい。そう願う親心はわからなくもない。そしてそれを煩わしく思うルーカスの気持ちは、先程の周囲の態度からすると当たり前のように思えた。

「二年後、悲劇は繰り返されるというわけですね」

 私は感慨深げな顔で呟いたマージェリーの言葉に顔を顰める。

 二年後、ルーカスはリリアナと婚約破棄する。そしてその選択をしたルーカスは国外追放となるかも知れないということだろうか。

(それはどうでもいいけど)

 今話題に出た、繰り返される悲劇とは、私の父と母のことだろう。

「父さん、母さんのことは、悲劇なんかじゃないわ」

 私は鉢植えから抗議の声をあげる。

「そうだね。君のご両親にとっては悲劇なんかじゃない」

 ルーカスは私の肩を持つと、マージェリーに視線を移す。

「僕は彼女を祖先の墓に案内したのち、そのままフェアリーテイル魔法学校に帰ろうと思う。だからマージェリー、君は父上と母上にそのことを上手く伝えてくれないか」
「もうお戻りに?」

 意外だといった顔で、ルーカスに確認するマージェリー。

 確かに事前にルーカスから聞かされていた感じだと、三日ほど滞在する予定だったはずだ。

「僕はもう少しこのままでいてほしいけど。でも彼女がとても不服そうだから。これ以上嫌われたくはないしね」

 ルーカスは私をチラリと見て、口元を緩める。

(なるほど)

 私に嫌われている自覚はあるらしい。

(でも迷惑な事はいっぱいあるけど、嫌いではないんだけど)

 いずれ復讐する相手だからこそ、あまり親しくなりたくないと思うだけ。

(いざという時、情が湧くのは困るから)

 だから本当は、適切な距離を置きたいとは思っている。

 けれどルーカスという人間を嫌悪しているかと言えば、そうでもない。多少強引なところは頂けないが、彼の境遇を知ったいま。全てを拒絶する気持ちになれないというのが、正直なところ。

(やだ。私ったら既にほだされかけてる?)

 自然と浮かんだ気持ちに驚愕し、小さく首を振った。

「かしこまりました。陛下と王妃様には学校より急に呼び出されたと、申し上げておきます」
「あぁ、よろしく頼むよ」

 ルーカスは片手をあげると、着替えをするのか足早に隣の部屋に消えて行く。

「ルシア様。こちらをどうぞ」

 マージェリーがミニチュアサイズのティーカップを私に差し出した。

「ありがとう」

 喉が渇いていた私は有り難くそれを受け取る。

不躾ぶしつけな質問なのですが、学校での殿下のご様子はどんな感じなのでしょう。下さった手紙を拝見する限り、とても充実していそうではあるのですが……」

 隣にいるルーカスを気にしている様子で、マージェリーが小声で私にたずねる。

「まぁ、普通ですかねぇ」

 私は普段のルーカスを頭に思い浮かべ、素直に答える。

「お友だちは」
「それなりにいるっぽいですよ」

 良くも悪くも、特段目立つ事のないルーカスはホワイト・ローズ科のキラキラしい王子連中とつるんでいるように思える。

(強いて言えば、私と付き合っているって、周囲に吹聴しまくっているけど)

 その件で困っているのは、親友のナターシャと私くらい。とは言え最近はナターシャもその状況を受け入れ楽しんでいる気がする。よって、わざわざマージェリーに告げ口するほどでもないと判断し、紅茶に口をつける。

「そうですか……少し安心しました。確かに殿下の表情を見れば、学校生活がどれだけ充実しているか。それが伝わってきますものね」

 マージェリーは安堵したような表情を浮かべると、隣の部屋へと続く扉を見つめた。

 その優しげな視線から、乳母であるという彼女は、実の母であるナタリアの代わりとなり、ルーカスに対し愛情をもって見守っているのだと感じた。

(少なくとも全員が彼の敵ではないってこと)

 それを知り、少しだけ安心する。

「魔力欠乏症なんて、そんなに騒ぐ事じゃないと思うのだけど」

 ルーカスが散々その事で馬鹿にされていた現場を目の当たりにしたせいか、思わずマージェリーに尋ねる。

 そもそも魔力欠乏症は魔力を使いすぎないこと。それさえ注意していれば、日常生活に支障をきたす事はないに等しいと言える病だ。

 それなのに、まるでその病気が呪われた物であるかのように扱うのはおかしいと私は思う。

「国の頂点に立つべく者には、皆過度な期待を勝手に抱くものです。ですから、一点のシミさえ国民は見過ごせないのでしょうね」
「だけど、王子だって一人の人よ?」

 私は父が母と私に向ける、慈しみ溢れる視線を脳裏に浮かべいい返す。

 父は素晴らしい人だが、一点の染みさえないと言えるほど、完璧であるようには思えない。

 寝坊をしかけることもあるし、料理だって、洗濯だって出来ない。ある意味母がいなければ生きていけないのでは?と疑う部分が多くある。

「えぇ。仰る通りです。フォレスター家は、我が国を守るクリスタルに触れられる唯一の方々。ですから余計に王族を神々しく思い、完璧を期待してしまうのでしょうね」

 マージェリーが悲しげな視線のまま、頬を緩める。

「そのクリスタルなんだけど」

 尋ねようとした所にタイミング悪く邪魔が入る。

「お待たせ」

 続き部屋への扉が開き、黒いコートを羽織るルーカスが現れた。
 ここに来た時の格好に戻ったようだ。

 ルーカスが登場した事により、マージェリーとの会話はタイムリミットを迎えてしまう。
 その結果私は、彼女に尋ねたかった魔力欠乏症より、よりセンシティブそうな問題。グール化について詳しく聞くチャンスを失う。

「僕も紅茶を一杯もらおうかな」

 ルーカスの言葉に驚く。
 何故ならグールは肉しか食べられないはずだからだ。

(あ、でも液体は別?)

 人は一日に大体二リットル強、水分摂取した方がいいと言われている。
 流石に肉からその水分を全て取るのは無理そうだ。

 となると、グールだろうと、水分はわりと何でも行けるのかも知れない。

「かしこまりました。すぐに新しいものを」
「いや、冷めててもいい。すぐに出発したいから」

 ルーカスの言葉にマージェリーは少し寂しそうな顔になると、すぐさま紅茶の用意を始める。

(グールか……)

 この国で一体何が起きているのか。
 それを知るためにはグールという種族について、もう少し調べる必要がありそうだ。

(今年の夏休みの課題はそれね)

 残りの夏休みを過ごす、暇つぶしとなるものを発見した私は、美味しそうに紅茶を飲む、ルーカスをぼんやり眺める。

 いつもはホワイト・ローズの生徒を示す真っ白な制服に見慣れているせいか、黒いスーツ姿のルーカスは何処か変な感じだ。そう思い彼をまじまじ眺めていると。

「僕に見惚れてる?」

 いつも通り。
 ポジティブすぎるルーカスの言葉が飛んできた。

「ありえないわ」
「ふーん、まぁいいや。深く追求しないでおくよ」

 ルーカスはあっさり引き下がると、私の手から小さなティーカップをつまみ取り、マージェリーに手渡す。

「あぁ、本当に名残惜しいけど」

 ルーカスは右手に杖を召喚し、植木鉢に入る私をそっと取り出すと床の上に置いた。
 そして小さく呪文を呟き、杖の先を私に向ける。

 すると私の体を白い煙が包み込み、ルーカスによってかけられた変身魔法がサツと解けた。
 視界が一気に高い位置となり、今まで巨大に思えていた備え付けの家具が小さく感じる。

「ふぅ」

 久しぶりに感じる生身の体。
 欠損等していないか確認したのち、無事であることにホッとした私は、その場で大きく伸びをする。

「行こうか」

 ルーカスはチラリと時計を確認し、私に声をかける。その声に頷きで返すとルーカス私の手を取った。

「ちょっと」
「じゃ、後はよろしく」

 私が発する不服の声を完全に無視したルーカスは、マージェリーに声をかけながらバルコニーに続く窓を大きく開ける。

 外から流れ込む新鮮な空気。それに混じる潮の香り。今更ではあるがこの王城が意外にも港に近いのかも知れないと私は気付く。

「じゃあ、行ってくる」

 マージェリーの方へ振り返るルーカス。
 それに応えるように、マージェリーは胸に手をあて頭を下げた。その姿に見送られながら、ルーカスは突如白いバルコニーの手すりに足をかける。

「えっ、まさか」

(飛び降りるつもり?)

 私は慌てて自分に浮遊魔法をかけようとするも、ルーカスに杖を召喚する利き手である右手を強く引かれ、バルコニーから身を乗り出す羽目になる。

「今度は、大丈夫だよ。成長した僕を信じて」

 ルーカスは優しく微笑むと、私の手をひいたまま夜空に向かってジャンプする。

「きゃっ!」

 突然訪れた浮遊感に、反射的に声をあげルーカスの首にしがみつく。そしてすぐに、暗闇に紛れるように空を浮く黒いグリフォンの姿が目に入る。

「エルマー!!」
「キュイーン」

 私の呼びかけに応えるように、エルマーが大きく羽ばたく。そして落下するルーカスと私は、エルマーの背に乱暴気味に迎えいれられた。

「エルマー、ありがとう」

 私の前に乗るルーカスがエルマーに礼を告げる。

「まさかエルマーを待機させていたの?」
「まぁね。僕はグール以外には、わりと好かれるんだ」

 私を振り返り、自信ありげに口にするルーカスに呆れた視線を向ける。

(何よそれ)

 私はため息をつきながら、鞍についた皮の取っ手をしっかりと握りしめたのであった。
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