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修道女、デートする
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その植物園は無料で開放されているので、若い男女の逢引の場所としては定番だ。
今も複数のカップルや夫婦が手をつないで散策していて、色とりどりのクリスマスローズが咲き乱れるトウヒの小道を、親密そうに寄り添いながら歩いている。
針葉樹の独特のにおいがする森は美しく整備されていて、小道の先にはガラス張りの温室が見える。そこには温かい時期に咲く花が年中咲いているので、見学者には人気だ。
街はずれの立地にもかかわらず植物園が人気の理由はもう一つあって、温室から花を盗もうとする不心得者に対処するため、武装した警備が常駐しているのだ。主に現役を続けることが難しくなった騎士や冒険者などで組織されていて、公爵家の下部組織として運営されているのもまた安心感を抱かせるひとつだろう。
メイラはその警備担当者の中に、見覚えのある顔を見つけた。
記憶の中に在るよりも老け込み、背中も丸くなっているが、若い頃はさぞ女性からもてただろう整った容貌をしていて、何より見覚えのある琥珀色の瞳が当の本人なのだと告げていた。
メイラはすぐに気まずい思いで顔を俯けたが、相手は彼女にまったく気づかなかった。
気難しそうな顔に作られた笑みを張り付けて、すれ違ったメイラたちに礼をする仕草はどこか草臥れている。
「……どうした?」
少し離れてから、陛下が問いかけてきた。
メイラは、ぎゅっとその腕にしがみつきながら、さりげなく背後の男性を振り返った。
もとは栗色の髪だったが、白髪が混じり銀髪に近い色合いになっている。かつては見上げるほどの巨漢だと思っていたが、それは幼子の目線のものだったらしい。
「……昔に」
陛下の鋭い目が、小道を遠ざかっていく背中を一瞥する。
「子供の頃に少し」
あの男性はハーデス公爵家に仕える騎士で、父がリゼルの街に来た際の屋敷の警備を主にしていた。
幼いメイラ相手でも、容赦なく仕事を遂行する人だった。命令だからと真夜中に屋敷から放り出されたことが何度かある。
今思えば、リゼルの街から修道院は近いので、ただ家に帰せと指示されたのだろう。10歳に満たない幼子だったので、通いなれた道であろうと夜道はひどく恐ろしく感じられたものだが。
「クリスティーナ・ホーキンズと名乗っていた、リヒター提督に例の指輪を渡した女性の父親です」
握られた手に、少し力がこもった。
「クリスは商家に養女に出たのだと言っていました」
「……そうか」
真夜中に放逐される以上のことをされた覚えはないが、娘のクリスからひどく目の敵にされていたので、彼女とよく似た容貌のその父親のことも苦手だった。
「足を悪くされたのでしょうか」
遠ざかっていくその足取りはゆっくりで、素人目にも左足が上手く動かないのだとわかる。
「義足だろうな」
「……」
メイラはもう一度だけ、かつて恐ろしいと思っていた騎士の後姿を見送った。
騎士にとって、四肢の一部を失うことは致命的だろう。身体の一部を失い、あれだけ溺愛していた娘も失くし……さぞ辛い思いをしているに違いない。
メイラはぎゅっと陛下の手を握り返し、去っていく背中から目を逸らした。
「温室は年間を通して春先の気温が保たれているので、マントを着ていては暑いと思います」
あちらもメイラなどに気の毒がられても嫌だろうと、ことさらに話を別の方向に向ける。
せっかく陛下と美しい園内を歩いているというのに、余計なことを考えて暗い顔をするべきではない。ことさらにこやかに笑みを浮かべ、歩幅を合わせて歩いてくれる夫に身を寄せると、宥めるように手の甲を撫でられた。
「何代か前の皇后さまのお名前を付けられたバラもありますよ。咲いていればいいのですが」
引きずる足と、その背中の悲哀が、どうしても脳裏から離れなくて。
陛下に促され、温室内のベンチに腰を下ろしながら、こんなささやかな感情も隠せない自身をひどく情けないと思った。
「疲れてはいないか?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
互いの指を絡ませ合いながら並んで座って、目前で咲き誇る深紅の薔薇をじっと見つめた。
無意識のうちにため息が零れた。
かつてはあんなにも堂々と屈強な体躯を誇り、美しい妻子と騎士としての身分……まさに順風満帆な人生だっただろうに。
ふと、温室のガラスの向こう側に、城の尖塔の崩れた部分が見えた。
幸いにも死者は出なかったと聞くが、あれだけの災禍だ、あの人のように四肢を失った者もいるのかもしれない。
「ハロルドさま」
「なんだ?」
「黒竜の素材は……あっ、申し訳ございません」
無意識の考えが声に出てしまい、メイラは慌てて口を閉ざした。
素材を売った代金のいくらかを、負傷者の補償に当てて欲しいと言おうとして、ただ逃げ回っていただけの人間に口を挟む権利などないと首を振る。
「なんだ、欲しいものでもできたか?」
ふわり、と植物系の香のにおいがした。
「ならば可愛らしく強請ってみせよ」
至近距離に寄せられた朱金色の髪が視界を塞ぎ、慌てて上げた顔を待っていたかのように唇が塞がれた。
「……どうした? 強請らんのか?」
触れるだけの短い口づけ。
それだけでも呼吸を忘れ、凍り付いてしまっているのに、低い甘い囁き声と共に、ふうと呼気が耳朶に落とされる。
こんな明るい昼間に、しかも少なくない入園者が周囲にいる状況で!
あわあわと震える唇を割って、分厚い舌が侵入してくる。
首の後ろに回った陛下の手に力がこもり、更に深く交わろうと角度を変えようとする気配を察し、メイラは霧散しかけていた理性をかき集めその胸板を押した。
「こ、このようなところで!」
「そなたが愛いのが悪い」
「まって、待ってください!!」
今日の服装は街娘風のワンピースで、いつものようなコルセットをつけていない。動きやすさ優先で選んだのだが、布地が薄い分触れられている手の感覚がよりリアルに伝わってくる。
「……っ」
もちろん脱がされているわけでも、裾から手を突っ込まれているわけでもない。しかし、弱点である腰を大きな手で掴まれ、ざわりと鳥肌が立つような触れ方をされている。
上げそうになる悲鳴を飲み込み、なんとかその悪戯をやめさせようと身じろぐと、耳元で低音の含み笑いがした。
「疾く白状せよ」
「ハロルドさま!」
「人払いをさせたほうがよいか?」
「……あっ」
濡れたものが首筋を這い、ちくり、と鋭い痛みがした。
舐められ、しかも口づけの跡を残されたのだと気づくまでに数秒かかった。
今も複数のカップルや夫婦が手をつないで散策していて、色とりどりのクリスマスローズが咲き乱れるトウヒの小道を、親密そうに寄り添いながら歩いている。
針葉樹の独特のにおいがする森は美しく整備されていて、小道の先にはガラス張りの温室が見える。そこには温かい時期に咲く花が年中咲いているので、見学者には人気だ。
街はずれの立地にもかかわらず植物園が人気の理由はもう一つあって、温室から花を盗もうとする不心得者に対処するため、武装した警備が常駐しているのだ。主に現役を続けることが難しくなった騎士や冒険者などで組織されていて、公爵家の下部組織として運営されているのもまた安心感を抱かせるひとつだろう。
メイラはその警備担当者の中に、見覚えのある顔を見つけた。
記憶の中に在るよりも老け込み、背中も丸くなっているが、若い頃はさぞ女性からもてただろう整った容貌をしていて、何より見覚えのある琥珀色の瞳が当の本人なのだと告げていた。
メイラはすぐに気まずい思いで顔を俯けたが、相手は彼女にまったく気づかなかった。
気難しそうな顔に作られた笑みを張り付けて、すれ違ったメイラたちに礼をする仕草はどこか草臥れている。
「……どうした?」
少し離れてから、陛下が問いかけてきた。
メイラは、ぎゅっとその腕にしがみつきながら、さりげなく背後の男性を振り返った。
もとは栗色の髪だったが、白髪が混じり銀髪に近い色合いになっている。かつては見上げるほどの巨漢だと思っていたが、それは幼子の目線のものだったらしい。
「……昔に」
陛下の鋭い目が、小道を遠ざかっていく背中を一瞥する。
「子供の頃に少し」
あの男性はハーデス公爵家に仕える騎士で、父がリゼルの街に来た際の屋敷の警備を主にしていた。
幼いメイラ相手でも、容赦なく仕事を遂行する人だった。命令だからと真夜中に屋敷から放り出されたことが何度かある。
今思えば、リゼルの街から修道院は近いので、ただ家に帰せと指示されたのだろう。10歳に満たない幼子だったので、通いなれた道であろうと夜道はひどく恐ろしく感じられたものだが。
「クリスティーナ・ホーキンズと名乗っていた、リヒター提督に例の指輪を渡した女性の父親です」
握られた手に、少し力がこもった。
「クリスは商家に養女に出たのだと言っていました」
「……そうか」
真夜中に放逐される以上のことをされた覚えはないが、娘のクリスからひどく目の敵にされていたので、彼女とよく似た容貌のその父親のことも苦手だった。
「足を悪くされたのでしょうか」
遠ざかっていくその足取りはゆっくりで、素人目にも左足が上手く動かないのだとわかる。
「義足だろうな」
「……」
メイラはもう一度だけ、かつて恐ろしいと思っていた騎士の後姿を見送った。
騎士にとって、四肢の一部を失うことは致命的だろう。身体の一部を失い、あれだけ溺愛していた娘も失くし……さぞ辛い思いをしているに違いない。
メイラはぎゅっと陛下の手を握り返し、去っていく背中から目を逸らした。
「温室は年間を通して春先の気温が保たれているので、マントを着ていては暑いと思います」
あちらもメイラなどに気の毒がられても嫌だろうと、ことさらに話を別の方向に向ける。
せっかく陛下と美しい園内を歩いているというのに、余計なことを考えて暗い顔をするべきではない。ことさらにこやかに笑みを浮かべ、歩幅を合わせて歩いてくれる夫に身を寄せると、宥めるように手の甲を撫でられた。
「何代か前の皇后さまのお名前を付けられたバラもありますよ。咲いていればいいのですが」
引きずる足と、その背中の悲哀が、どうしても脳裏から離れなくて。
陛下に促され、温室内のベンチに腰を下ろしながら、こんなささやかな感情も隠せない自身をひどく情けないと思った。
「疲れてはいないか?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
互いの指を絡ませ合いながら並んで座って、目前で咲き誇る深紅の薔薇をじっと見つめた。
無意識のうちにため息が零れた。
かつてはあんなにも堂々と屈強な体躯を誇り、美しい妻子と騎士としての身分……まさに順風満帆な人生だっただろうに。
ふと、温室のガラスの向こう側に、城の尖塔の崩れた部分が見えた。
幸いにも死者は出なかったと聞くが、あれだけの災禍だ、あの人のように四肢を失った者もいるのかもしれない。
「ハロルドさま」
「なんだ?」
「黒竜の素材は……あっ、申し訳ございません」
無意識の考えが声に出てしまい、メイラは慌てて口を閉ざした。
素材を売った代金のいくらかを、負傷者の補償に当てて欲しいと言おうとして、ただ逃げ回っていただけの人間に口を挟む権利などないと首を振る。
「なんだ、欲しいものでもできたか?」
ふわり、と植物系の香のにおいがした。
「ならば可愛らしく強請ってみせよ」
至近距離に寄せられた朱金色の髪が視界を塞ぎ、慌てて上げた顔を待っていたかのように唇が塞がれた。
「……どうした? 強請らんのか?」
触れるだけの短い口づけ。
それだけでも呼吸を忘れ、凍り付いてしまっているのに、低い甘い囁き声と共に、ふうと呼気が耳朶に落とされる。
こんな明るい昼間に、しかも少なくない入園者が周囲にいる状況で!
あわあわと震える唇を割って、分厚い舌が侵入してくる。
首の後ろに回った陛下の手に力がこもり、更に深く交わろうと角度を変えようとする気配を察し、メイラは霧散しかけていた理性をかき集めその胸板を押した。
「こ、このようなところで!」
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「まって、待ってください!!」
今日の服装は街娘風のワンピースで、いつものようなコルセットをつけていない。動きやすさ優先で選んだのだが、布地が薄い分触れられている手の感覚がよりリアルに伝わってくる。
「……っ」
もちろん脱がされているわけでも、裾から手を突っ込まれているわけでもない。しかし、弱点である腰を大きな手で掴まれ、ざわりと鳥肌が立つような触れ方をされている。
上げそうになる悲鳴を飲み込み、なんとかその悪戯をやめさせようと身じろぐと、耳元で低音の含み笑いがした。
「疾く白状せよ」
「ハロルドさま!」
「人払いをさせたほうがよいか?」
「……あっ」
濡れたものが首筋を這い、ちくり、と鋭い痛みがした。
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