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修道女、デートする
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恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
メイラは燃えるように熱い頬を俯かせながら、一回り以上も身体の大きな陛下の影に隠れようとする。しかしいくら小柄だとはいえ、人ひとりが存在を消すほどのサイズになれるわけがなく、ぎゅっと絡められた指を見下ろしながら、人々の視線から逃れるように俯いていた。
かつて修道女だった頃、若い男女が手を繋ぎ、寄り添いながら歩く様はよく見かけた。愛し合う彼らのそんな姿をうらやましく感じたことがないとは言わない。しかし、幼子の頃は見てはいけない大人の世界だと目を逸らし、大きくなってからは己には縁のない事だと見ないふりをし続けた。
それが今、糊でくっつけたように指を絡ませ、ぴったりと寄り添いながら夫と歩いている。時折握ったその手を唇に持っていかれると、ふわりと幸せな気持ちになると同時に、いちゃつき過ぎだと恥ずかしくてたまらくなる。
しかし、文句を言おうにも視線が合うたびに微笑みを返され、結構な頻度で指に口づけを落とされるものだから、結局はどうすることもできずにされるがままだ。
「まずはどこへ行く? カフェで紅茶でもどうだろう」
返事は喉に引っかかって出てこなかった。
とにかく周囲からの生暖かい視線が気になって仕方がない。
この視線をなんとかするには、どこかの店に入るのが一番いいのだろうが、恐れ多くも陛下の口に安全とは断定できないものを入れるわけにはいかない。
飲食は駄目だと本人もわかっているだろうに、カフェに気が進まないとみてとるや、屋台に目をつけ近づこうとするものだから、きっと今頃陛下の護衛は胃を痛くしているのではあるまいか。
「今朝は早くから疲れただろう? どこかに座って休憩しないか」
そもそもこんなに不特定多数の人間が溢れかえる場所で、長居して大丈夫なのだろうか。
助けを求めて赤毛の近衛騎士を振り返ろうとしたが、「メルシェイラ」と低く名前を呼ばれて護衛は無視するようにと言い聞かされたことを思い出した。
目立たないようについているのに、護衛対象がそちらを気にするそぶりをすれば、敵に余計な情報を与えてしまいかねないからだ。
「他所の男に目を向けるな。今は私とのデート中だろう?」
デート!! まさか陛下の口からそんな台詞が出るとは思ってもいなかった。
再び頬を染めたメイラに、陛下は上機嫌そうに笑う。
「そうだ、ギルドに寄っても構わないだろうか。預けてある素材を引き取りに行きたい」
「素材ですか?」
「黒竜の鱗や牙はアクセサリーに加工しても一級品だ」
黒竜、と聞いてドクリと心臓が嫌な鼓動を刻んだ。
あの恐怖を思い出し、舞い上がっていた気持ちが一気に醒める。
そうだ、こんなに浮かれている場合ではなかった。幸いにも死者はいなかったようだが、瓦礫に潰され手足を折ったり、欠損してしまった使用人もいるらしいのだ。
痛みに苦しんでいる人々がいるのに、こんなに暢気にしていていいのだろうか。
「すまぬ。思い出させたな」
表情を曇らせたメイラを見下ろして、陛下はつないでいないほうの手で、そっと頬を撫でた。
「やはりそのあたりでお茶でも飲もう」
「いえ!」
自由時間に一緒に過ごしてくれようとする陛下のお気持ちがうれしい。せめてメイラができるのは、可能な限り陛下の安全が配慮できる環境だ。下手な小さな店に入って警備に難が出来てはいけない。
ギルドは大丈夫だろうか。あそこはもっと不特定多数が出入りするのだ。良識のある腕利きも多いから、最悪の場合は助けが期待できる場所ではあるが……。
かつて故郷のリゼルにあるギルドの支部で、生活の足しにするために薬草などを採取し売っていた。今は会員証などは手元にないが、一応は下位ランクながらも資格を有しているのでギルドについてはそこそこ知っている。
「ギルドに参りましょう」
二、三心当たりのある高ランク冒険者を思い浮かべながら、メイラはぎゅっと夫の大きな手を握った。
見上げる夫の背丈は大きくて、丁度日差しが逆光になって表情まではよく見えない。
眩しく感じて目を瞬かせながらも笑って見せると、陛下もまた笑みを返してくれた。
「ここをまっすぐに進んで右に曲がったところですよ」
「ギルドへ行ったことがあるのか?」
「ええ。薬草の納品に何回か。子供連れでしたので長居はできませんでしたが。この街のギルド会館はなかなか大きくて、隣接する商店にはいろいろと珍しい本や魔道具がそろっているんですよ」
リゼルよりもこの街で薬草を下ろす方が多少は高く売れ、依頼が出ている場合は行き帰りの手間を引いても黒字になるので、年に何回かは港町ザガンとここタロスに通った。
もちろん目的はそれだけではなく、寄付のお願いやバザーの為の用品集めもかねてで、今思えば大変ではあったがやりがいのある楽しい毎日だった。
「ハロルドさまはこの街は初めてでしょう? 観光できる場所を多少は知っていますので、後で案内いたします」
「それは楽しみだ」
今、メイラは少し裕福な商家の女性風の服装をしている。地味なメイラが着飾ったところで、それほど周囲からの注目を浴びることはないが、陛下はその黒づくめの服装もあいまってものすごく目立っている。
ぱっと見ただけで貴族とわかるような豪華な服を着ているわけでもないし、所属を主張している騎士服だというわけでもない。ごく一般的な、例えるなら街中を歩く冒険者あるいはどこかに雇われた警護担当者とでもいった雰囲気の服装で、特徴的なのは全身がほぼ黒いということと、隠すつもりもなさそうな見事な朱金色の髪だ。
黒づくめは他にいないわけではないが、あの朱金色の髪は目立つ。赤毛というには高貴なその色合いは、一度でも陛下のご尊顔を拝したことがあれば、すぐにもご身分を察知できるものだ。
現に、周囲からの視線がすごいことになっている。タロス城があんなことになったので、下級貴族だけではなく高位貴族も街のほうに宿泊所を移しているからだ。
お忍びというにはあまりにも堂々としていて、気づかれても構わないと思っているのだろう、髪色も顔も隠す様子はない。
メイラは、何故がものすごく慣れている風の陛下のその様子に、改めて不安になってきた。
もしこうやってお忍びで出かけるのが常態なのであれば、それを好機とお命を狙ってくる者もいるのではないか。メイラが思いつくのだから、護衛たちもそのことはよくわかっているだろうが……
「あそこだな」
うだうだと考えているうちに、冒険者ギルドの特徴のある建物が見えてきた。どの街でも一目でそうとわかる看板を掲げ、大勢の体格のいい者たちが出入りしているのですぐにわかる。
国家を通り越して世界中にネットワークを広げるこのギルドの信頼性は高い。一見無頼者の集団のようにも見えるが、ギルドの力がきわめて強力なので、その抑止力も相当に強く、見た目ほどに彼らを畏れる必要はない。
例えば彼らが何らかの犯罪行為を犯した場合、国家がそれを裁くより先に、ギルドからの制裁が入る。具体的にその制裁がどういうものかはよく知らない。ただ、ギルドランクが下がるという最もよく聞く処分であっても、彼らにとってはかなり堪えるものであるらしい。
「……いい加減にしなさいっ!」
ギルドの入り口に足を踏み入れた瞬間、キンキンと響く女性の声がした。
メイラに向けられたものではないのに、なぜか首をすくめてしまう威圧的な物言いだった。
「母上!」
「あなたは黙っていなさい!! いいですか、ハインズ伯爵家に泥を塗ったのですから文句を言わずにすぐに領地に戻るのです。貴女のせいで御家になにかあればどう責任をとるつもりですか!!」
ハインズ伯爵家。
体格の良い冒険者による人だかりが分厚くて、騒ぎの主の方までは見てとれなかったが、聞こえてきたのは間違えようもなく、聞き覚えのある家名だった。
メイラは燃えるように熱い頬を俯かせながら、一回り以上も身体の大きな陛下の影に隠れようとする。しかしいくら小柄だとはいえ、人ひとりが存在を消すほどのサイズになれるわけがなく、ぎゅっと絡められた指を見下ろしながら、人々の視線から逃れるように俯いていた。
かつて修道女だった頃、若い男女が手を繋ぎ、寄り添いながら歩く様はよく見かけた。愛し合う彼らのそんな姿をうらやましく感じたことがないとは言わない。しかし、幼子の頃は見てはいけない大人の世界だと目を逸らし、大きくなってからは己には縁のない事だと見ないふりをし続けた。
それが今、糊でくっつけたように指を絡ませ、ぴったりと寄り添いながら夫と歩いている。時折握ったその手を唇に持っていかれると、ふわりと幸せな気持ちになると同時に、いちゃつき過ぎだと恥ずかしくてたまらくなる。
しかし、文句を言おうにも視線が合うたびに微笑みを返され、結構な頻度で指に口づけを落とされるものだから、結局はどうすることもできずにされるがままだ。
「まずはどこへ行く? カフェで紅茶でもどうだろう」
返事は喉に引っかかって出てこなかった。
とにかく周囲からの生暖かい視線が気になって仕方がない。
この視線をなんとかするには、どこかの店に入るのが一番いいのだろうが、恐れ多くも陛下の口に安全とは断定できないものを入れるわけにはいかない。
飲食は駄目だと本人もわかっているだろうに、カフェに気が進まないとみてとるや、屋台に目をつけ近づこうとするものだから、きっと今頃陛下の護衛は胃を痛くしているのではあるまいか。
「今朝は早くから疲れただろう? どこかに座って休憩しないか」
そもそもこんなに不特定多数の人間が溢れかえる場所で、長居して大丈夫なのだろうか。
助けを求めて赤毛の近衛騎士を振り返ろうとしたが、「メルシェイラ」と低く名前を呼ばれて護衛は無視するようにと言い聞かされたことを思い出した。
目立たないようについているのに、護衛対象がそちらを気にするそぶりをすれば、敵に余計な情報を与えてしまいかねないからだ。
「他所の男に目を向けるな。今は私とのデート中だろう?」
デート!! まさか陛下の口からそんな台詞が出るとは思ってもいなかった。
再び頬を染めたメイラに、陛下は上機嫌そうに笑う。
「そうだ、ギルドに寄っても構わないだろうか。預けてある素材を引き取りに行きたい」
「素材ですか?」
「黒竜の鱗や牙はアクセサリーに加工しても一級品だ」
黒竜、と聞いてドクリと心臓が嫌な鼓動を刻んだ。
あの恐怖を思い出し、舞い上がっていた気持ちが一気に醒める。
そうだ、こんなに浮かれている場合ではなかった。幸いにも死者はいなかったようだが、瓦礫に潰され手足を折ったり、欠損してしまった使用人もいるらしいのだ。
痛みに苦しんでいる人々がいるのに、こんなに暢気にしていていいのだろうか。
「すまぬ。思い出させたな」
表情を曇らせたメイラを見下ろして、陛下はつないでいないほうの手で、そっと頬を撫でた。
「やはりそのあたりでお茶でも飲もう」
「いえ!」
自由時間に一緒に過ごしてくれようとする陛下のお気持ちがうれしい。せめてメイラができるのは、可能な限り陛下の安全が配慮できる環境だ。下手な小さな店に入って警備に難が出来てはいけない。
ギルドは大丈夫だろうか。あそこはもっと不特定多数が出入りするのだ。良識のある腕利きも多いから、最悪の場合は助けが期待できる場所ではあるが……。
かつて故郷のリゼルにあるギルドの支部で、生活の足しにするために薬草などを採取し売っていた。今は会員証などは手元にないが、一応は下位ランクながらも資格を有しているのでギルドについてはそこそこ知っている。
「ギルドに参りましょう」
二、三心当たりのある高ランク冒険者を思い浮かべながら、メイラはぎゅっと夫の大きな手を握った。
見上げる夫の背丈は大きくて、丁度日差しが逆光になって表情まではよく見えない。
眩しく感じて目を瞬かせながらも笑って見せると、陛下もまた笑みを返してくれた。
「ここをまっすぐに進んで右に曲がったところですよ」
「ギルドへ行ったことがあるのか?」
「ええ。薬草の納品に何回か。子供連れでしたので長居はできませんでしたが。この街のギルド会館はなかなか大きくて、隣接する商店にはいろいろと珍しい本や魔道具がそろっているんですよ」
リゼルよりもこの街で薬草を下ろす方が多少は高く売れ、依頼が出ている場合は行き帰りの手間を引いても黒字になるので、年に何回かは港町ザガンとここタロスに通った。
もちろん目的はそれだけではなく、寄付のお願いやバザーの為の用品集めもかねてで、今思えば大変ではあったがやりがいのある楽しい毎日だった。
「ハロルドさまはこの街は初めてでしょう? 観光できる場所を多少は知っていますので、後で案内いたします」
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今、メイラは少し裕福な商家の女性風の服装をしている。地味なメイラが着飾ったところで、それほど周囲からの注目を浴びることはないが、陛下はその黒づくめの服装もあいまってものすごく目立っている。
ぱっと見ただけで貴族とわかるような豪華な服を着ているわけでもないし、所属を主張している騎士服だというわけでもない。ごく一般的な、例えるなら街中を歩く冒険者あるいはどこかに雇われた警護担当者とでもいった雰囲気の服装で、特徴的なのは全身がほぼ黒いということと、隠すつもりもなさそうな見事な朱金色の髪だ。
黒づくめは他にいないわけではないが、あの朱金色の髪は目立つ。赤毛というには高貴なその色合いは、一度でも陛下のご尊顔を拝したことがあれば、すぐにもご身分を察知できるものだ。
現に、周囲からの視線がすごいことになっている。タロス城があんなことになったので、下級貴族だけではなく高位貴族も街のほうに宿泊所を移しているからだ。
お忍びというにはあまりにも堂々としていて、気づかれても構わないと思っているのだろう、髪色も顔も隠す様子はない。
メイラは、何故がものすごく慣れている風の陛下のその様子に、改めて不安になってきた。
もしこうやってお忍びで出かけるのが常態なのであれば、それを好機とお命を狙ってくる者もいるのではないか。メイラが思いつくのだから、護衛たちもそのことはよくわかっているだろうが……
「あそこだな」
うだうだと考えているうちに、冒険者ギルドの特徴のある建物が見えてきた。どの街でも一目でそうとわかる看板を掲げ、大勢の体格のいい者たちが出入りしているのですぐにわかる。
国家を通り越して世界中にネットワークを広げるこのギルドの信頼性は高い。一見無頼者の集団のようにも見えるが、ギルドの力がきわめて強力なので、その抑止力も相当に強く、見た目ほどに彼らを畏れる必要はない。
例えば彼らが何らかの犯罪行為を犯した場合、国家がそれを裁くより先に、ギルドからの制裁が入る。具体的にその制裁がどういうものかはよく知らない。ただ、ギルドランクが下がるという最もよく聞く処分であっても、彼らにとってはかなり堪えるものであるらしい。
「……いい加減にしなさいっ!」
ギルドの入り口に足を踏み入れた瞬間、キンキンと響く女性の声がした。
メイラに向けられたものではないのに、なぜか首をすくめてしまう威圧的な物言いだった。
「母上!」
「あなたは黙っていなさい!! いいですか、ハインズ伯爵家に泥を塗ったのですから文句を言わずにすぐに領地に戻るのです。貴女のせいで御家になにかあればどう責任をとるつもりですか!!」
ハインズ伯爵家。
体格の良い冒険者による人だかりが分厚くて、騒ぎの主の方までは見てとれなかったが、聞こえてきたのは間違えようもなく、聞き覚えのある家名だった。
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