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㉓「希のアパート」

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㉓「希のアパート」
 19時8分のサンダーバードに乗り込んだ。新大阪には21時44分着の予定だ。健は、ワンカップを5本買いこみ、希は缶ビール1本を渡された。赤玉本店で飲んだ3杯の升酒が効いたのか、金沢駅を出ると、ビールを半分も飲まないうちに、健の肩に頭をもたげ希は寝息をたて始めた。

 「希ちゃん、希ちゃん、もう起きや。新大阪に着くで。あと、何回も携帯なってたで。きちんとチェックしときや。降りる前に、よだれも拭いときや。女の子がよだれの跡つけてたらかっこ悪いで…。」
と健に起こされた。
「あぁ、おはよう…、もう大阪に着いてしもたん?せっかく夢の中で健さんと「唐麺焼き」食べながらビール飲んでたのに…。もうちょっと食べたかったな…。じゅるっ!あー、後、携帯のチェックやね。」
 希は、ハンカチで口元に垂れたよだれを拭くと、携帯を取り出した。メールの受信ボタンを押したとたん、希は悲鳴を上げた。周りの席の客が一斉に振り返った。

 「きゃーっ!ほんまー!「世羅きのこ園」の「松きのこ」やてー!何ですと―!」
席から立ちあがって、狂喜乱舞する希を健は必死で押さえつけ、席に座らせた。希は席についてもぴょんぴょんと跳ねながら、ガラケーの画面を見続けている。何度もスワイプして、健の顔の前に携帯の画面を突きつけ、尋ねた。
「健さん、「松きのこ」って食べたことある?」
 携帯上部の画面には、「松茸」のようなきのこが並んでいる写真が映し出されている。健は、一瞬考え込んで
「「松茸」やなくて、「松きのこ」?うーん、聞いたことないなぁ。せやから、食べたことも無いと思うわ。」

 希がどや顔で、健にうんちくを垂れ始めた。
「「松きのこ」っていうのは、我が世羅町が世界に誇るきのこで、「松茸」の「香り」に「椎茸」の「旨味」っていうスーパーフードやねん!「世羅きのこ園」ってとこで人工栽培に成功したから、「松茸」みたいに見つかるか見つかれへんかわからんもんを探す手間がかからへんのと、汚れや虫食いが少ないから「松茸」と比べたら、かなり安い!それに、人工栽培やから、年中安定して食べられんねんで!
 健さんほどの「食道楽くいどうらく」でも食べたことがないもんがあんねんな!ケラケラケラ。」
 楽しそうに笑う希が、「写真付きのメールが来ただけでそんなにうれしいもんなんか?」といぶしがる健を見て、50%増しのどや顔で、
「写真だけではそんなに喜べへんよ!お母さんが、「松きのこ」を今日着で送ってくれてんねん。帰ったら、アパートに届いてるってことやねん!あー、想像するだけで、もうよだれが止まらへん!じゅるじゅるじゅる。」

 嬉しそうに、天井を見上げて想像している希の笑顔を見つめて健も笑顔になった。(希ちゃんの顔見てるだけでも、「松きのこ」の美味しさが伝わってくるような気がするな…。)そこで、発した希の言葉は、健の予想の斜め上のものだった。
「健さん、うちに寄っていってよ!いつもごちそうになってるお礼に、今日は私が健さんに「松きのこ」をごちそうするわ!なっ、寄って行って!」
と健の手を握って懇願した。車内音声で、「まもなく新大阪駅に到着したします。お降りの方はお忘れ物の無いように~」とアナウンスがかかった。

 新大阪で乗り換え、希のアパートの最寄り駅で降り、途中のコンビニで希は、「ビールと日本酒買ってくるわな!今日は、私の奢りやからね!」と言い、店に飛び込んでいった。コンビニ袋の中には、ビール、カップ酒に加えて本バターと天ぷら油が入っていた。
 2階建てのアパートの隅の部屋の前に置かれたプラスティックのケースに入った段ボール箱を取り出すと、ドアのカギを開け健を招き入れた。
「ようこそ、いらっしゃい!この部屋に男の人で入るんは健さんが初めてやねんで!って、昨日の夜も送ってもろてたか。ケラケラケラ。昨日は、私の記憶がないから、改めて、「最初の男の人」として入ってな。今日は、私が腕を振るうから、お客さんとしてゆっくりしていってや。」
 健は部屋の中央に置かれた小さなちゃぶ台の前に座ると、希は缶ビールと冷やしたグラスを健に差し出して、段ボール箱も置いた。

 宅配便の送り状には世羅町の実家の住所と希の母親の名前が書かれている。希はガムテープを剥がすと中から緑のプラかごを取り出した。ヒバと一緒に松茸と同じ形の「松きのこ」が6本入っていた。本物の松茸なら2万円は下らない代物だと健は思った。「松きのこ」のパッケージとは別にスダチが3個添えられている。希は籠に巻かれたラップ材に、「プスリ」と穴をあけると持ち上げて、鼻を近づけた。
「あぁぁぁぁぁ、幸せの香りがする。健さんもこの香りを嗅いでみて。一日、ラップにくるまれてた濃縮された香りを嗅ぐにはこれが一番なんよ!」
と言い、パッケージを健に手渡した。健は、希と同じようにあけた穴に鼻を近づけゆっくりと香りを楽しんだ。
「希ちゃん、ホンマ、松茸と同じ香りやな!6本分の「松きのこ」とヒノキの葉の濃縮された香りが最高や…。ちょっと、次はカップ酒を「チン」してくれるか。これは、絶対に日本酒やろ!」
「じゃあ、健さんの飲みかけのビールは私がもらうわな。日本酒はすぐレンジでチンするわな。しばらく香りを楽しんどいてな。私は、料理の準備するわ。」



 希はエプロンをかけ、健の日本酒を熱燗にする準備をすると、米をとぎ、人参を細切りにし、添えのスダチを半切りにした。冷蔵庫から卵と冷水を取り出すと、小麦粉を溶き、手鍋にサラダ油を注ぎ火にかけた。
 アルミホイルを引き出し、舟形を2つ作りひとつには本バターをカットして入れた。
「健さん、ご飯はちょっと時間かかるから、先に醤油味の「ホイル焼き」と「ホイルバター蒸し」を作るわな。これはトースターで5分でできるから、まずはそれでお酒飲んでて。それから天ぷらあげるわな。これは、私が自分で作った「抹茶塩」で食べてな!めっちゃええ香りで鼻の穴が3倍に広がるで!じゃあ、先に4本預かるわな。2本は直接、香りを楽しんでて!」
と言うとパッケージのラップを剥がし、2本の「松きのこ」を健に手渡し、レンジが終わったカップ酒をちゃぶ台に置いた。




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